第弐怪 八妖郷第四舎

 賑やかな騒音が耳に入る。


 江戸時代のような古風な建物に赤い提灯がかかり、空は常に夜が続く場所。なのにどんちゃん騒ぎは勢いを増し、様々な怪異が入り乱れたように闊歩していた。

 串焼きの屋台に着物を売る店、2階から遊女のような人物がこちらを覗く。道行く人々....人....なのか?

 私の前を歩くのは角の生えた人物に3頭身ほどしかない一つ目の少年、明らかに人外の毛玉に空中を漂う提灯のお化け....

 あまりにも非現実すぎる光景に開いた口が塞がらない。


 目の前を歩くのは明らかに人外の“何か”。一言で言えば....“妖怪”だろう。


 何故私は今こんな場所にいるのか?なぜこんなことになってしまったのか?

 遡ること数分前....




***




 祖母の言葉を信じて山道を登る。まだ春先とはいえ、流石に山道を登るのはキツイ。


 目的地は境常神社と呼ばれる古びた場所。“願いの叶う場所”という都市伝説はあるが、場所が場所なだけに人が来ないことでも有名だ。

 亡叉町にある大きな山の中腹からさらに外れた道の先にある長い階段、そこを登った先にあるのが目的地の神社。ヘトヘトになりながらもゆっくりと登っていく。


「はぁ....はぁ....」


 息も切れ、足が段々と痛くなってくる。途中、階段の踊り場で座って休憩をはさんだ。


「きつい....なんでお祖母ちゃんはこんな場所を指定したの....!」


 祖母の手紙に書かれていた境常神社まではまだ半分、ここからの道のりも長い。祖母への不満は溜まるが、私は知っている。祖母はふざけ半分であんなことを書く人間じゃないと。だからこそ私は信じることにしたし、こうして絶賛山登り中なのだ。

 かれこれ2時間ほどかけて家から階段の半分まで来た。後少し....

 そう考え、ある程度休憩した後に再び歩きだした。


「はぁ....はぁ....ようやく着いた....」


 息を切らし、ようやく神社に辿り着いた。生まれてからこの街で暮らしてきた私だが、この場所に来るのは初めてだ。噂よりも寂れて見える。

 聞いていた通り古ぼけた社とその後方にある御神木が特徴の場所だった。人っ子一人いる気配はなく、その場所を管理している神主もいないようだ。

 確か社の裏の神木だったはず....と右回りでその神木に向かう。社の横を通り抜けた先にある御神木、その前にポツンと置いてある小さな社がそこにはあった。


 噂で聞いてた通りの場所だ。後は手順を踏むだけ。

 ゆっくりと社の扉を開ける。中にあったのは小さな地蔵と同じサイズの賽銭箱。それを取りだして丁寧に下に置く。そして5円玉を取り出して賽銭箱に入れた。そして1礼1拍手をして願いを思い浮かべる。


(願い....え~っと....)


 悩んだ末、ふと昨日麗華に言われた言葉を思い出す。


 『ほら、3組の夜叉神君と恋仲になりたいとか願ってくれば?』


 本気で惚れた以上、こんな感じでお願いするのはすごく癪だが、神頼みをしてみてもいいかもしれないと改めて願う。


(永輝と....恋人になりたい!)


 強く願って目を開ける。気づけば10分以上も願っていた。

 だが、目を開けても変化はない。ただ風に吹かれた木々が揺れるだけだった。やはり噂は真実ではなかったようだ。だとすると、何故お祖母ちゃんは私をこの場所へ....?

 疑問が疑問を呼んだが、残念ながら答えは出てこない。

 一応ルールを守らなければと最後の2礼をし、賽銭箱と地蔵を社の中へ戻す。


 結局よく分からなかったが、帰ろうとしてクルリと踵を返す。

 その瞬間ー


『其方の願い、聞き届けた』


「え?」


 急に聞こえた謎の声に疑問符を浮かべる。唐突に起こった現象過ぎて全く反応が出来なかった。振り向いた瞬間....




 ガシッ!!!




 と何者かに腕を掴まれる。それを自覚した瞬間に両腕、両足、そして口元を掴まれた。


(何これ....?!何....これ....!!!!)


 身動きが取れず、ジタバタともがくが振りほどけない。そのまま空中にふわりと持ち上げられる。

 恐怖に染まりながらも社の方を見ると、開いた扉の奥で渦巻く漆黒から真っ黒な手が伸びていた。その手が私を締め上げている。

 「むーーーーっ!!」と叫んで抵抗するが、私の力では脱出ができない。どれだけ抗っても無駄だった。私は抵抗もできず、黒い手に攫われて飲み込まれていく。


 私の意識は、そこで途絶えた。




***




 ワイワイガヤガヤと音がする。

 私、死んだのかな....真っ暗な空間で独りぼっち。まだやりたいこともしたいこともあったのに....


 ー---ちゃん


 え?誰かの声がしたような....


 ー---うちゃん


 誰だろう....?聞いたことない声だ。

 そこで思乃は瞼を開けることに気づく。どうやら死んだようでは無さそうだと目を開ける。そして目の前の光景を見て絶句した。


「何....これ....?!」


 そこは無数の提灯が飛び回り、闇夜の世界を否定するかのようなどんちゃん騒ぎの街だった。無数の店が並ぶ商店街のような場所。映画のような光景に呆然とする。さらにそこにいるのは....


(何あの人たち....角?獣耳?尻尾....ほ、骨?!)


 白い獣耳の犬が直立して着物着て話している。他にも鎧を着た骸骨が人と話していたり、狸が荷物を運んでいたりした。

 有名な妖怪ものの映画のようなこの光景に唖然としてしまう。どう考えてもこの状況は異常だ。どうやら私は迷い込んでしまったらしい。


「お嬢ちゃん!聞いてるのかい?」


「わっ!びっくりした!」


 目の前にいたのは猫だった。しかも2本足で立って荷物を運んでいるではないか!


「猫が喋ってる??!」


「にゃっ!!失礼だにゃあ....と思ったらお嬢ちゃん現世あっちの人かい」


 そりゃ驚くはずだと猫は納得する。現世で猫は立たないのだから当然だろう。


「あの....ここはどこなの?」


「もう少しで協会の案内人が来るから、もうちょっと待ってな。団子食うか?」


 そう言って3色団子を差し出してくる。猫さんのキラキラした目を見て断り切れなかった思乃はその団子を受け取った。


 こうして現在に戻る。

 今私は猫さんに渡された団子を頬張りながらキョロキョロと周囲を見回していた。あまりにも非現実、だが確かに目の前にある光景に動揺を隠せない。あっ、お団子美味しい。


「にしてもお嬢ちゃん、こんな場所まで何の用だい?」


「いや、それが私にも分からなくて....」


「何だいそりゃ」


 猫さんは多少素っ気ないが、私のことを気にかけてくれているのがわかる。店先で団子を頬張っている人間の私にお茶を出してくれた。

 やはり子の妖怪だらけの世界では人間の私が珍しいのか、通り過ぎて行く妖怪から視線を感じる。残念ながら同じ人間を見つけることはできず、少し居心地が悪かった。


 すると、目の前で誰かが止まる。足音が止まったのに気づいた私は、視線を地面から上に上げる。すると、目の前にいたのはスーツ姿の男性だった。


「ようこそ、あなたが迷い人ですね」


 私の目の前に立った男性は黒のスーツに赤いネクタイ、ネクタイと同じ赤い髪が特徴の人物。外見上は他の妖怪とは違い人間っぽい....あ、2本の角がある。

 額から生えた2本の角が、彼が人間ではないことを証明していた。


「あ、はい....」


「どうぞこちらへ。ご案内します」


 そう言うと男性はスタスタと歩いて行ってしまう。


「え、あ、ちょっと待って!猫さん、お団子ありがとうございます!」


「おう、行ってきな!」


 猫さんにお礼を言い、歩いて行った男性を追いかける。


「あの....」


「はい、何でしょうか」


 男性に追いついて話しかける。彼は笑ってはいるが、淡々と答える様子に人間味は感じない。


「ここはどこなんですか?それに、あなたは....?」


「ああ、申し遅れました。私は八妖郷協会第4舎営業部所属の“鬼童きどう”と申します。この場所は願いと欲望の渦巻く場所、『怪裏界:八妖郷第四舎“妖商店街マーケット”』です」


「八....妖郷?怪裏界?まーけっと....???」


「ええ、というより知っていて来られたのでは?」


「いえ、全く....」


 この場所に来たのは祖母の手紙でここに来るよう書かれていたから。この場所がどんな場所で、一体何があるのかは私も知らなかった。境常神社の噂話も、結局何がどうなって願いが叶うのかは語られていない。


「そうですか。では、この場所について説明します」


 鬼童と名乗った男性は周囲を見回しながら説明していく。


「この場所は八妖郷の中で一番のマーケット、多くの妖怪達で賑わう商業都市です。武器や防具、呪具に神具、衣類や飲食物まで何でも揃う場所。この怪裏界において、ここより優れた商業施設はありません。そういえば、今私たちがいるこの世界についてはどの程度ご存じで?」


「恥ずかしながら何も....」


「この世界は現世と常世の間にある世界、通称“怪裏界”。我々のような妖怪が住まう場所です。現世でもたびたび目撃されたりしてる妖怪たちは、この世界からやってきた者しかいません。常世は簡単に言えば生命の終着点。我々妖怪も現世の生物と原理は違えど生きている。生者は常世に住まうことが出来ない為、この世界が存在するのです」


「あの世とこの世の境目....ということですか?」


「そうです。我々妖怪が、現世から離れて暮らすための世界。それが怪裏界....と、着きましたよ」


 鬼童さんが目の前を指さす。そこで私が見た光景はあまりにも巨大な建物。和風の建築が立ち並ぶ場所とは対照的に、この建物だけやけに現代的だ。この世界に降り立った時から見えていた一番大きな建物。複雑な構造をした宮殿のような場所で、様々な形の建物がパズルのように組みこまれた形をしていた。


「ここが八妖郷協会第4舎支部です。個室にご案内するので、今しばらく付いてきてください」


 案内されたのは棚で囲まれた小さな個室だった。ファイルなどが保管されているその場所にある折り畳み式の机とパイプ椅子という、現世の会社でも使われているようなこじんまりとした会議部屋に若干の安心感を覚える。

 正直妖怪にじろじろと見られているのが恥ずかしかったため、こういった場所は実に落ち着く。


「さて、あなたの願いは“幼馴染と両思いになりたい”....でしたよね?永輝さんというのですか」


「え、何故そのことを....!?」


「なぜも何も、あなたがそれを願ったからこの世界に来れたのです。”裏界の扉”から”願望のかいな”に連れられてここまで来たのでしょう?あれは触れた生命体の思いや記憶を読み取る妖怪の一種です。それを利用して、あの扉をくぐってこちらの世界に来た生命から情報を抜き取るんです」


「それって無断で勝手に....?」


「ええ。ですからあなたが毎晩彼のことを思いながらベッドの上で悶えてることも知って....」


「わぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!やめてぇぇええええ!!すとっぷ!!すとっぷです!!!!!!!!」


 はぁー....はぁー....と息を切らす。そんな誰にも知られていない秘密までバレているとは....

 でもでも、恋する乙女なんです!決して!やましいことは!!してない!!!!


「それで、私をここに連れてきた目的はなんですか?」


「現世からこの世界に来られる人は自分の“願い”を叶えるためにやってきます。つまり、我々はあなた方に願いを叶えるための商品を売り、あなた方は願いを叶える。その代償として、人間から対価を貰う。この場所で行われるのは商売です。だから裏界の扉の先はこの場所、マーケットに繋がっているのです」


「対価....」


「ええ。ですが大したものは貰いませんよ。そうですね....今丁度思乃さん以外のお客様がいます。見ていかれますか?」


 それはつまり、商売風景を見せてくれるということか。まだ何が起こるか分からない以上、情報は多いだけいい。そう考え、私は2つ返事で答えた。

 鬼童は手元から何やら端末のような物を取り出して起動する。すると、プロジェクションマピングの様に空中にウィンドウが出現し、とある映像を映した。


「なんでこういうところだけハイテク....?」


「取り入れられるものは取り入れて行かないとですよ。じゃなければ、出入り口にセンサー付きの扉とか、建物内にエレベーターなんてあるはずないでしょう?」


 そう言われると、現代技術がわんさか盛り込まれている建物だ。この程度で今更驚くとは自分でもびっくりだ。


「ほら、これは別室の監視カメラの映像です。右にいるのがあなたと同じ迷い人」


 画面の中にいたのは鬼童と同じスーツ姿の女性。こちらも案の定額に角が生えている。そして右にいるのは....


「えっ?!」


 よく目にする金の長髪、そして思乃と同じ学校の制服を着た女子生徒。永輝に恋をし、幼馴染として永輝の側にいる思乃を嫌う同じクラスの女子生徒。


「坂本....さん....?!」


 思乃にとっても苦手なギャルが、そこにはいた。

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