第壱怪 祖母の手紙

 朝。眩しい太陽、電車の通る音、街の喧騒。世界は今日も平和だ。

 学校までの通学路をのんびりと歩く女子生徒。はい、私です。


 ....と、自己紹介がまだでしたね。


 私の名前は聡里さとり思乃しの。この春高校に入学したばかりの現役女子高生です。年齢は15歳、3サイズは....さすがに秘密で。

 外見も普通、身長も普通、友達もそこそこいて成績は少しいい。運動はそこまで得意じゃないけど、人並みには動けます。いわゆる普通の女子高生ってやつですね。


 家庭環境は....今の私は1人です。つい1ヶ月ほど前に唯一の家族であった祖母が大往生しました。高校入学前の出来事ですが。

 両親は交通事故で亡くなったらしい。というのも、当時の私は幼くて祖母以外の家族を知らないのだ。先日の祖母の葬式で、初めて叔父夫婦に会っているほどに家族構成を知らない。

 叔父夫婦に引き取ってもらうという選択肢があったのだが、祖母から受け継いだ遺産と家を使ってこの街で暮らすことを私は選んだ。


 悲しい気持ちはあるが、高校生になってまだ数日。スタートから気持ちを落としてはいけないと、今は前を向いて暮らしている。


(それにしても....温かくなったなぁ。もう春だもんね)


 そんなことを思いながら通学路を歩く思乃。

 黒い腰元まで届く長い髪に同じく黒の瞳。日本人特有のその姿は“大和撫子”という言葉が一番しっくりくる。本人は普通と言っているが、モデルのようなスラリとした体形に大きすぎず小さすぎずの胸が張りだしている。決していいとこの生まれではないのだが、所作の一つ一つからお嬢様のような雰囲気を醸し出していることから異性はおろか同性からのアプローチもすごい。

 だが、彼女は決してそんな完璧な人間ではない。皆が思い描いているのは幻想であり、外見や行動から判断するとそういう人間に見えるというだけだ。


 しばらくすると、思乃の通う学校が見えてくる。


 この街は“亡叉町なきまたちょう”という街だ。別名『妖怪都市:亡叉』とも呼ばれる。名前に“亡くなる”という言葉が入っているため不吉な街に思われがちだが、微塵もそんなことはない。むしろ事件の発生件数で言えば全国で見ても下から数えた方が早いだろう。

 とある県のとある市の中にある亡叉町。隣の街との繋がりのある1部分を除いて周囲をぐるりと山で囲まれたこの街では、全国各地から妖怪の集まる場所として有名だ。


 この街には有名な噂があった。その噂こそが、この街の妖怪伝説を後押しする原因ともなっている。

 この街の駅とは反対側の山沿いの道。その道は坂になっており、頂上からは街を一望できるスポットが存在する。複数整備されたその山の道の中で一番暗い道、周囲が木々で隠され、ポツンと存在するその道の先に噂の場所はあった。

 10分ほど登った先にある傾斜の強い石段。先の見えないその石段の先にある“とある神社”が件の場所だ。

 その神社は古びた社と木々に囲まれた殺風景な場所。お守りなどの販売店は無く、あるのは石畳沿いにある2匹の狛犬の像のみ。そして、社の背後に存在する一際大きい樹がその存在感を放っていた。


 その神社の名は“境常神社さかとこしんじゃ”。神主が一人で切り盛りしている古びた神社である。

 ではなぜそんな神社が有名なのかと言えば、真っ先に上がるのはその噂の“結論”だろう。その結論は簡単。ただ一言で言えば....


 “どんな願いでも叶えられる”ということだ。




***




 昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。

 ワイワイガヤガヤと生徒達は弁当やら菓子パンやらを出して談笑し、一部の生徒は購買めがけて猛ダッシュで出ていった。

 思乃は一人自作の弁当を取り出す。すると、ふと誰かが自分の前の席に座った。


「思乃ー!昼食べよ」


 紹介すると、彼女は親友の雪女麗華ゆきめれいか。茶髪をポニーテールでまとめ、他の女子が嫉妬するくらいの大きな果物が2つもついてる。そうです、2


 と思うものの、彼女のそれは確かに大きい。16歳とは思えないプロポーションをしていた。

 だが、そんなことよりも気になったのは名前だろう。


 “雪女”と書いて“ゆきめ”と読むのは妖怪伝説の根強いこの土地ならではの名前だ。他にも“河童かわらし”さんや“塗壁ぬりかべ”さんなんかも存在する。


 弁当を広げ始めた麗華だが、動くたびに椅子の上でゆっさゆっさと揺れるそのけしからん肉の塊にイラァ....となる。もちろん麗華はそんなこと気づいてないし、そのことでいじられるのももう慣れたと言わんばかりに揺らす。


「そのけしからん胸を揺らすの止めてもらっていいですかね麗華サン??」


「うわ、語尾に行くにつれトーンが吹雪になったね。最後の言い方おかしいし」


 うわー、うわーと言いながらも持ってきた弁当から卵焼きを取り出して頬張る。美味しそうに食べてるのを見たら自分も何かを食べたくなったので、自分の弁当箱から照り焼きチキンを取り出して頬張った。タレから完璧な自信作だと我ながら思う。


「そういえば思乃、昨日の心霊特集見た?この街のこと紹介されてたね」


「そうだね。まあでも、あんな番組に似たようなのならこの街ならしょっちゅうやってるし....」


「いやいや、紹介されてたのが凄いんだって。だってあの“噂の神社”だよ?」


 噂の神社....どう考えても境常神社のことだろう。となれば噂とは当然“願いの叶う祠”の話。神社自体にも叶いやすいとの噂はあるが、そちらは合格祈願とかの話だ。テレビで紹介されるような内容じゃない。


「デマでしょ?噂は有名だし、みんな知ってるのに叶った人は一人もいないじゃん」


「まあそうなんだけどね....でもさ、憧れない?なんでも願いが叶うんだよ?」


 乙女のように目をキラキラと輝かせながら言う麗華。憧れるには憧れるが、叶わないならデマだろう。そんなものに構ってる暇はないと弁当の続きを食べ始めた。

 次はプチトマトだ。新鮮で美味い。


「思乃はまたそうやって信じようとしない~。....思乃もその神社で叶えてもらえば素直になるんじゃないの?ほら、3組の夜叉神君と恋仲になりたいとか願ってくれば?」


 ゴフッ!!!!....ゲホッ....ゲホッ....今なんて言ったこの人!?


「ちょ、人のデリケートな部分を的確にえぐってこないでよ!?」


「だって本当の事じゃん。昔から一途な幼馴染だこと。高校一緒でよかったね~?」


 にやにや笑いでこちらを煽る麗華。あまりにもむかついたので何度もチョップを食らわせた。


「えっ、ちょ、痛い痛い!思乃!?痛いって!ごめん、謝るから....無言でチョップするの止めてぇ!」


 涙目になりながらも手は止まらない思乃。恋の話ともなれば女子にとってはデリケートな話題だ。何がきっかけで関係にひびが入るかわかったもんじゃない。だからこそ信頼している麗華にしか話さなかったのだが....

 がやがやとしている教室とはいえ、こんな場所で話されては誰が聞いてるかわからない。女子の中には思乃の存在をよく思っていないグループもあるようで、そういう人に聞かれるのは面倒くさいから黙ってたのに!とチョップがぽかぽかと殴る行為に変わった。


 夜刀神永輝やとがみえいきは思乃の幼馴染である。


 家が隣で、昔から一緒にいた少年だ。家族ぐるみ....と言っても、永輝の両親が家を空けていることが多く私の家に転がり込んで来ていただけだが。昔から仲が良く、祖母も彼のことを気に入っていた。


 背も高く、黒髪に整った顔の現代風イケメンに育っていく彼。もちろん永輝に近づく女は多かったが、そんな中でも思乃のことは大切な友達と思ってくれてるようだ。思乃は面食いではないが、細かい所に気づくその性格と爽やかなルックスは思乃の心を掴むのには十分だった。


「大体、永輝は私なんかとは釣り合わないよ。彼にとって私は友達だから」


(そんなことないと思うけどなぁ....早よくっつけよ)


 チューとパックのイチゴミルクを吸いながらそう思う麗華。この2人に挟まれるというのは意外と大変なのだ。

 その後は普通に談笑して昼休みが終わる。だが、思乃の頭の中には先ほどの麗華の言葉が離れなかった。


『ほら、3組の夜叉神君と恋仲になりたいとか願ってくれば?』


『高校一緒でよかったね~?』


(余計なお世話です!....でも、このままじゃもやもやするだけ....)


 この関係性のまま青春が終わってしまうのは絶対に嫌だ。本当に願いが叶うのなら....

 そこまで考えて、「いやいや!」と首を振る。どこまで行っても所詮は噂話。都市伝説に過ぎないのだ。あるはずのない希望を背負って山道を登るよりも、他にやるべきことは沢山ある!

 まだ祖母の遺品整理が終わっていない。2人で暮らしているにはあまりにも広い日本家屋の中には、祖母がしまっていたものが沢山ある。それらを整理しなくては。


 授業終了のチャイムが鳴り、鞄を持って外に出ようとする。麗華に「また明日」と別れを告げ、寄り道もせずまっすぐ帰る。今日の整理場所は屋敷の奥にある祖母の部屋だ。寝室ではなく、もう一つの部屋の方。

 家に帰り、戸締りをする。2人でも広かった家は更に広く感じてしまい、少し寂しくなった。だが「やらなければ終わらない!」と自分を鼓舞し、祖母の部屋に入る。襖を開くと、主のいない静かな空間がそこにはあった。

 1時間ほど捨てるものと残しておくものを整理していると、たまたま手に取った日記帳から何かが落ちる。足元に落ちたそれは封筒だった。宛先もなく、封もしていない。だが中からカサリと音がするため何かは入っている。これは....紙?


 どうせ整理するのだ。確認してみようと中の紙を取り出す。2つに折りたたまれたそれは手紙だった。大好きだった祖母の字で書かれた手紙の宛先は私。祖母が亡くなる前に私に書いた手紙だった。


(おばあちゃん....)


 そう思い書いてある文字を追いかけていく。


『思乃へ。この手紙が見つかったということはアタシはもうそこにはいないんだね。なに、悲しがる必要はないよ。思乃は強い子だから、アタシが死んだことも乗り越えられるはずだ。両親も同じように強い子達だった。だから大丈夫。』


 そこに書かれていたのは私へお激励。きっと、お祖母ちゃんが私を安心させるために書いたものだろう。


『遺産や家に関してはアンタの叔父と話し合いなさい。でも、振り分けに関してはアンタに多く入るようにしてある。この家も、お金も、自分の為に使いなさい。』


 叔父と話した遺産ことについても詳しく書いてある。幸い、叔父は祖母と暮らすことを拒否して出ていったことを悔やんでいるらしく、相続や保証に関しては親身になってくれた。


『そして最後に、アンタには幸せになる資格がある。それと同時に、アンタには大きな使命がある。』


 うん....?この辺りから少し内容が怪しくなってきた。祖母はこんなことを書くような人間じゃない。大きな使命....?


『アンタは行かなきゃいけない。詳しくは言えないけど、アタシが思乃に言ってやれることはこれくらいしかないんだよ。死んだアタシの言うことを信じるも信じないも自由だ。でも....』


 少し空欄があり、その下に続きが書かれている。


『もしも思乃がアタシの言うことを信じるのなら、この場所に行きなさい。信じないのなら、家を売ってこの街から出ていくように。自分を守るために、お祖母ちゃんからの最後のお願いだよ』


 意味が分からない。行かなきゃいけないって何....?それに、信じないのなら家を売って街から出て行け?どういうこと?

 だが、この街で暮らすことを選んだ以上は従わないわけにはいかない。そこに記載されていた場所は....


「境常神社....」


 願いが叶うと言われている都市伝説のある神社。なぜ祖母はこの場所に行かせようとする....?

 どれだけ考えても結論は出ない。祖母が伝えたいこと、祖母の言いたいことが全く理解できないのだ。幸せにしてくださいとでもお参りさせる気か.....?


「でも、この街で暮らすことを選んだ以上は従わないと....なのかな?」


 祖母は嘘をついたことがない。私は、祖母が伝えたいことは分からずともそれに従うべきだと判断した。


「手順は、“裏手の御神木にある小さな社を開け、賽銭箱に5円玉を入れる”→“正規の『2礼2拍手1礼』とは逆の手順、逆の回数を行う”。『2礼1拍手1礼』でやれってことかな?そして最後に“願い事をした後に社の扉を閉じる”....それだけ?」


 こんなやり方聞いたこともない。だが、実際にやってみる他ないだろう。何が起こるかは分からないが、多分大丈夫!

 幸いにも明日は休みだ。休日であればいつ出ても問題ない。

 私は祖母の手紙をしまい、その真意を確かめるべく明日の準備に取り掛かったのだった。

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