怪裏界マーケットプレイス~八妖郷怪戦奇譚~

妃桜 綾華

プロローグ

 皆さんは、こんな噂をご存じだろうか?


 オカルト話が跋扈する現代、色んな妄想と想像が混濁した世界でも非科学的なものというのは人の心をつかむもので、昔から存在する『トイレの花子さん』や『二宮金次郎』といった七不思議は勿論、『テケテケ』や『八尺様』といったオカルト話は絶えず人に語り継がれます。

 意味の分からないもというものは人の心を動かすものです。ホラー路線の噂話だけではなく、海外の『チュパカブラ』や『ビッグフット』と言ったUMAも有名ですね。


 結局人は謎を求めて噂を流します。それが“真実”であれ“嘘”であれ、そういった話は皆の心に残るものです。

 大人になった時に、「子供の頃こういう話されたなぁ」とか「怖かった体験をした」といった記憶は残り続け、絶えず何百年もこうして人々を楽しませる“娯楽”として残ってきました。


 さて、脱線した話を戻して本題に入りましょう。

 私の住む“亡叉町なきまたちょう”にも、そういった噂話があります。古くから妖怪との繋がりの強い街として、心霊好きにはたまらない街で有名です。


 妖怪信仰の強いこの街では、日本全国津々浦々の妖怪たちが集まる場所として様々な町おこしがなされてきました。河童に人魚、くだんにのっぺら坊などの本や伝承がこの街にはたくさん存在します。

 とある県の都市の一角にあるこの亡叉町にはパワースポットがあるのです。として有名なその場所には、大きな御神木と古ぼけてなお存在感のあるお社が特徴的です。

 こういう街だからこそ、その妖怪伝説発祥の神社はパワースポットとして知られることになり、この街の噂話はその神社に由来するものです。


 では、以上のことを踏まえてもう一度あなたに問いましょう。




『あなたは、こんな噂をご存じだろうか?』




***




 夕方、日も傾いて既に人は帰路についている時間だろう。

 学校帰りに石段を上る少年は息を荒くし、夏に差し掛かる直前ということもあってか額から汗が止まらない。


 街を一望できる坂の中腹にその石階段はあった。この坂を登るだけでもかなり苦労するのに、そのうえ先の見えない石階段だ。参拝者が途方に暮れることも多い。

 最寄りの駅から見える山沿いの坂、徒歩5分で着くその坂を上ること10分で入り口が見える。さらにそこから石階段を上らなくてはその神社にはたどり着けない。


 だが、そんな途方もない石階段を少年は1歩1歩上っていく。


 10分ほど歩いた時、その視界に鳥居が見えた。

 どこにでもある真っ赤な鳥居。だが、少年はその鳥居がゴールであると理解していた。


「あった....!」


 授業が終わって、真っすぐこの場所を目指した。今すぐこんな生活を終わらせたくて、そんな願いを叶えたくてこの場所に来た。

 “願いの叶う神社”そんなものに引かれてやってきたわけではない。

 彼の目的はそれとはだ。


 急いで階段を駆けあがり、鳥居をくぐる。

 その神社は古ぼけた社が正面にあり、お札やおみくじの販売所なんかは存在しない。鳥居から社に伸びた石畳と、そのサイドに置いてある狛犬の像が2つ。どこにでもある普通の神社。そんな印象を持たせる場所だった。

 だが、それ以上にこの場所を特別に見せているのは社の背後に存在する御神木。社の両側から裏手に回れば、御神木まで行くことができる。少年は社を通り過ぎてそのまま御神木に向かった。


 山の中腹にあることもあり周囲は木々に囲まれていた。風が吹くたびにざわざわと気が揺れ、葉が擦れる音がする。

 少年の目的は御神木の下にある小さなお社だった。

 賽銭箱も設置されており、誰が何のために設置したのかがわからないこの小さな社こそ、少年の目的。


 小さなお地蔵が中には入っており、中を開けることは一般人でも可能だ。だが、お参りが終われば。これは守らなければいけない“絶対のルール”だ。


 人形しか入らなさそうなサイズのそのお社に近づく少年。社の扉を開け、目の前のお賽銭箱に5円玉を放り投げる。

 1礼、1拍手をして願いを強く思い浮かべる。数十秒たっぷりとお祈りをささげた後、今度は2礼をして立ち上がる。

 2礼2拍手1礼の手順とは逆の行動。だが、これで噂通りのことはちゃんとやった。少年は立ち上がり、その社を眺める。だが、何も変化は起こらない。


 噂ではここから先のことは語られていない。その為どうすればいいのかわからなかったが、絶対ルールのお社の扉を閉めるべきだと考えて扉を閉める。

 どうすればわからないが、きっと後は何とかなるだろうと考えてその場を後にしようとする。


 そんな時だった。唐突に声が聞こえたのは。


『其方の願い....聞き届けた....』


「えっ!!?」


 バッと振り返るが、そこには誰もいない。タイミングよく風が吹いて幻聴でも聞いたのかと錯覚する。

 だが、少年はその声が幻聴では無いことをすぐに理解した。


 ギィ....ギィ....と風に煽られて動く社の扉。先ほど確実に閉めたはずの扉が開いていたのだ。

 それに、先ほどまであったはずの地蔵は消えており、そこにはが存在するだけだ。社の奥行すら見えないほどの漆黒がそこにはあった。


 彼は聞いた噂を思い出す。


『ねぇ、こんな噂知ってる?』


 黒い空間から何かが飛び出しそうにぐぐぐ....と張り出している。


『この街にある“願いの叶う神社”の裏にある御神木、そこの下にあるお社にね、』


 裂けるように飛び出してきたのは真っ黒な手。それも1本や2本ではない。10本以上の手が少年に襲い掛かった。


『お賽銭を入れて、2礼2拍手1礼と逆の回数と手順でお参りをする。そうするとね....』


 恐怖のあまり抵抗しようとするが、その手は手足に口を掴み、押さえてそのまま社に少年を引きづっていく。


『行けるらしいんだよ。妖怪が沢山いる真の“願いの叶う場所”へ』


 そして抵抗空しく少年は社に引きづりこまれた。バタンと閉じた社の扉に、置き去りにされた学校指定の鞄がパタンと倒れる。


『そこは妖怪が運営する商店街マーケット。どんな願いにも対応して商品を売ってくれる幻の場所』




 “怪離界マーケットプレイス”




 その後、少年の姿を見た者はいないという。

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