4-5




「宇野チーフはウンブラにいたとき〈ガラスドーム計画〉に携わってたって本当ですか?」

 NAGIA日本本部三階、職員食堂。

 宇野真希葉は箸を止め、向かいに座る今井を見た。

 宇野真希葉の本日の昼食はきつねうどんである。

「誰がそんなことを言ってた?」

「誰というか、小耳に挟んだと言いますか……」

 今井はもじもじと食べかけのカレーライスに視線を落とした。

 宇野真希葉は、今年に入ってNAGIA日本本部兵術局に配属されたが、それ以前はウンブラ財団にいた。ウンブラ財団からNAGIAへ転籍もしくは出向する者は少なくないが、異例の昇進の件もあり、また、父親がウンブラ財団日本支部の重役であるという事実もあって、様々な憶測が飛び交っているようだ。

〈煤〉の発生以来、いかに〈煤〉を避けて暮らすか、というのは人間の大きな課題のひとつとなった。

〈煤〉は非常に粒子が細かく、同時に、非常に量が多い。家にこもり外出を控えても、完全に〈煤〉をシャットアウトすることは難しい。防煤マスクを二十四時間三百六十五日着け続けるというのも現実的ではなく、防煤マスクが完璧というわけでもない。

 それに、〈煤〉が世界を覆って十年以上経つ。〈煤〉はもう、あらゆる水に溶けこみ、土に混ざり、作物に溜まり、作物を食べる家畜の体に溜まっている。

 もはや人間は、この地球上にいる限り、〈煤〉に触れずに生きることは不可能なのだ。

 ならば、外界から完全にシャットアウトされた街を、人工的に一からつくればいい――そんな計画が、権力者や富豪のあいだでひそかに進行している。

 人間の居住地をアクリルガラスのドームで一ミクロンの隙間もなく覆い、出入りするものは空気も水も埃さえもすべて完全に制御し、あるいはドーム内で循環させ、〈煤〉が一切入りこまないようにする。〈煤〉が混入しないクリーンな環境下で作物を育て、家畜を育て、人間が〈煤〉を経口摂取することは絶対にない。ドームはSAKaUによって二十四時間警護され、ウラグもアクガレも入ってこない。防煤マスクなど着けることなく、安心安全に、ガラスを透過してきた明るい陽の下を歩くことができる。その街に住むのは権力やカネを持っている者の特権であり、庶民は入ることすらできない――それこそが〈ガラスドーム計画〉だ。

 という噂が存在する。

〈煤〉が発生した初期の頃からある噂。

 都市伝説の類いである。

 ウンブラ財団やNAGIAならやっていてもおかしくない、と、少なくない人間がうっすら思っているからこそ、こんな噂が流れるのだ。

 個人や企業レベルで「〈煤〉をシャットアウトできる建築物」をつくる試みは世界各国どこでも見られるが、街ひとつをつくるという規模には至っていない。そのような巨大な計画は資金面でも技術面でも現実的ではないと考えられていた。まして「その街に住むのは権力やカネを持っている者の特権であり、庶民は入ることすらできない」などということになれば、批判は免れない。仮にそのようなものをつくったとしても、ドームに入れないことに不満を持った者たちが暴動を起こしてめちゃくちゃになって終わりだろう。

「携わっていない。というか、ガラスドーム計画なんて存在しない。……今井」

「はい」

「噂をいちいち鵜呑みにしないように」

「はい……」

 今井はちょっとうなだれた。

 付け合わせのサラダをつつきながら「でも、」と続ける。

「でも、いいですよね、防煤マスクをしなくても歩き回れる街があったら」

 今井はサラダの小鉢をつつき続けた。

 レタスの切れ端がうまく拾えないらしい。

「私の母方の祖父母は農家だったんですけど、農家さんって外に出ないわけにはいかないじゃないですか。生業を守るために、みんなに食料を届けるために、一生懸命働いてたら、あっという間に閾値を超えてしまって、ふたりともアクガレになってしまいました。もう十年も前のことですが。でもよく覚えてます。悲しかったから」

「……」

 うどんを食べ終わった宇野真希葉はお茶を飲んだ。

 職員食堂で無料提供されているお茶はいつも薄い。

「祖父母がどの程度の防煤対策をしていたかわかりませんし、その頃はまだ防煤マスクの質も今ほどよくはなかったそうですから、なんとも言えないところではあるんですが、ひとのために外に出なくてはならないひとたちが真っ先に犠牲になるのは、悲しいなと、なんとかできないかなと、そのとき思ったんです。それが、私がNAGIAに入った理由でもあるんですが」

 ようやくレタスの切れ端を拾い、ぱくりと口に運ぶ。

 この野菜のひと切れひと切れにも、きっと〈煤〉は含まれている。

「〈煤〉を根絶できるなら、それが一番です。でも、できないのだとしたら……やはり次善の策が必要です。具体的で実現可能性の高い策が」

 最後のほうはほとんど今井の独り言のようでもあった。

「ガラスドーム計画って夢物語でしょうか……」

 宇野真希葉はプラスチックのコップをそっとテーブルに置いた。「そうだね」

「……」

「だから、ガラスドーム計画なんかよりもっと優れた計画を立てるんだ、我々が」

 今井の表情がパッと明るくなる。

「そうですよね」

 昼食を食べ終えた宇野真希葉と今井は、揃って歯磨きをし、午後、SAKaU隊員二名と合流すると、地下一階へ向かった。

 地下一階に限り歩き回ることを許されているアストルム5・ベガは、個室にいた。彼に与えられた個室というのは、空き部屋を改良した手狭なもので、地下であるため窓もなく、照明が点いていてもなんとなく薄暗い。唯一の家具らしい家具であるベッドも、幅の狭い古いものだ。はっきり言って、独房のようだった。

 この陰気臭い個室の中で、ベガは壁に背を預け、ベッドに足を投げ出して座っていた。

 やはり靴を履いていない。裸足である。

 宇野真希葉と今井とSAKaU隊員二名、全四名がどかどか個室に入ってきても、ベガは顔も上げなかった。

 個室に入って開口一番、宇野真希葉が訊いた。

「Nシステムは知ってるか」

「自動車ナンバー自動読取装置」

 ベガは平然と答えた。

 宇野真希葉は頷いた。

「我々は都道府県警察に捜査協力を依頼し、Nシステムが収集したデータの提供も受けている。対象を絞って解析を続けていたところ、先日、首都高の出入口及び料金所でリゲルの姿を捉えた」

 今井がおそるおそるベガに近づき、タブレットを差し出す。

 ベガは座り直すとこれを受け取り、画面に目を落とした。

 夜間に撮影されたらしく、画像全体が暗いが、拡大しなくてもわかる程度には鮮明に、写っている。セダンの助手席に収まったリゲルが。

「運転しているのはおそらく擬態したアギトだろう。やはりいっしょに行動しているようだ」と宇野真希葉が続ける。

 運転席にいる者は、髪が長いのか、顔が隠れてよく見えない。

 ベガは無言で眉をひそめた。

「同時に取得した当該車両のナンバーを照会したところ、所有者が判明したが、彼は死体で発見されていた。リゲルかアギトに殺害され、車を奪われたらしい」

「……」

「リゲルとアギトは現在、都内にいると思われる。意味もなくNAGIA日本本部の管轄下に入ってきたりはしないだろう。近日中に何か仕掛けてくるはずだ。現在、総力を挙げて捜索し、アイラスにも出現場所を予測させているが、まだ居場所はわかっていない。だがいつでも出られるようにしておけ」

「わかった」とベガはタブレットを今井に突き返した。

 今井はこれをおっかなびっくり受け取った。

 宇野真希葉は短く呼びかけた。「ベガ」

「なんだ」

「さすがに今回は銷失を優先させることになるかもしれない――だから、今のうちに確認しておく。リゲルを銷失させられるか?」

「もちろん」

 ベガは間髪いれず答えた。

 その表情に嘘はないように見えた。

 瞳孔の周りが明るい色、虹彩のふちが濃い色――

 複雑な色彩を持つ瞳がぎらつく。

「おまえらや千々岩たちにさせるくらいなら俺がやる」

 宇野真希葉はひそかに感じ入っていた。

 なんて美しい生き物だろう。

 人間にはない美しさがある。美しさは力だ。彼から圧倒的な力強さを感じる。

 きっとリゲルも美しいのだろう。カペラもさぞ美しかったに違いない。

 これを廃棄しなければいけないなんて、なんてもったいない……

「話は終わりか?」

 宇野真希葉は静かに頷いた。「終わりだ」

 ベガは素早く立ち上がると、個室からすたすた出ていった。

 これを見送ったあと、今井が溜め息のように言った。

「アストルムって本当に人間みたいですね」

「そうだね」

「何をどうやったらあんなふうにできるんだろう。まったく想像がつきません。信太陽子甲一等官は何をしたんでしょうか。魔法でも使ったとしか思えない」



 ひと気のない廊下をずんずん進み、ベガはまっすぐ休憩スペースに向かった。

 相変わらずテレビつけっ放しの休憩スペースでは、千々岩三兄弟が、各自、ソファでだらだら寝そべっていた。

 ベガは千々岩の前に立ち、前置きもなく言った。

「地下二階にこっそり行くにはどうすればいいと思う?」

 地下二階ィ? と、千々岩は寝っ転がったまま応えた。

「なんでそんなこと訊くのだ」

「いいから考えて」

 千々岩は腹をぼりぼり掻きながらめんどくさそうに答えた。

「普通にエレベーターか階段で行けばいいのだ」

「今この階には俺がうろついてるからエレベーターは設定が変えられてて、専用の物理キーがないと地下一階にはカゴが止まらないしドアも開かないようになってる。避難階段も防火ドアがロックされててそもそも行けない。知ってるくせに」

「そう言われたらそうだったかもなのだ」

「その他に方法はないか? こっそり行く方法だ」

 千々岩は「そりゃあ」と言いかけて、何かに気づき、プイとそっぽを向いた。

「知ってたとしてもなんでおまえに教えなきゃいけないのだ」

「知らないんだ?」

「知ってるのだ! 知ってるけど言わないだけなのだ」

「やっぱり知らないんだな。NAGIAに長くいるって言うわりに……」

 千々岩はパッと身を起こした。

「嫌な言い方なのだ! 挑発してるのだ! 挑発したら我が言うと思ってるのだ!」

「言わないのか?」

「こっちなのだ!」

 千々岩は立ち上がるなり、ぷりぷり怒りながら歩きだした。

 ベガはそのあとについていった。

「NAGIA日本の本部ともなれば、襲撃の可能性が常にあるのだ。殲滅派の中には、ここを攻撃すれば人間へのダメージになると考える安直なやつがいるので。実際、本部は何度かウラグからの襲撃を受けていて、まあいずれもすぐに鎮圧してるらしいが、もしものときに備えて避難経路は通常の建築物より多く用意されてるのだ」

「よく知ってるな」

「NAGIA職員はしょっちゅう避難訓練してるのだ。我らも付き合わされたことあるのだ」

 長い廊下を進む。職員もあまり来ないようなエリアなので照明が落とされており、人感センサーで点くフットライトが都度行く手を照らすばかりだ。どこまで行っても薄暗い廊下に、ベガと千々岩のぺたぺたという足音が響く。

 監視カメラは要所要所に設置されているが、とりあえず気にしない。

 どうせリアルタイムで見ている者はいない。

 見咎められたら、そのときはそのときだ。

 そうして辿り着いたのは、廊下の突き当たりにある部屋。

 ベガの個室と同じく、現在使用されていない部屋のようだったが、よく見れば、ドアの上部に、緑と白のピクトグラムで描かれた避難口誘導標識が貼ってある。

 千々岩がドアを開ける。鍵がかかっていない。

 人感センサーで照明が白々しく点く。

 何もない狭い部屋だった。隅にスタッキングチェアがひと山あるだけだ。

 千々岩は先に部屋に入ると、ひざまずいて床を手でさぐり始めた。すぐに何かを見つけ、一平米ほどあるフロアパネルを浮かせ、開く。パネルの下には、深さ数十センチのくぼみがあり、底に頑丈そうなハッチが取り付けられていた。

 千々岩はジャーンと腕を広げた。

「人間どもの悪あがき、緊急避難ハッチなのだ!」

「なるほど」

 ベガも床に膝をつき、ハッチを覗きこんだ。

 非常用であるため鍵などはかかっておらず、簡単に開けられそうだ。レバーを引けば折りたたみ式の梯子も降りるらしい。

 行ける……

「だが地下二階なんかに行って何するのだ?」と千々岩が横から声をかけた。「地下二階には何もないのだ。倉庫と駐車場くらいのもんなのだ――アッ、もしかして、駐車場から逃げるのだ? やめとくのだ~! すぐバレるのだ!」

「違う」

「じゃあなんなのだ」

「アイラスと音声でやり取りする」

「アイラスぅ?」

「この地下一階では、アイラスと音声でやりとりできない。そもそもマイクもスピーカーも敷設されていない。アイラスを必要とするような機能がこの階にないからだ。この階で呼びかけてもアイラスは返事しない。だが地下二階ならできる。駐車場があるからな」

「アイラスと地下二階でおしゃべりしたいってことなのだ?」

「まあそうだ。訊きたいことがあってな。訊きたいことだけ訊いたら、バレる前に戻る」

 すると千々岩は、わはは!と笑いながら自分の腹をぽこぽこ叩いた。

「それって無理なのだ」

「どうして」

「アイラスは誰とでもおしゃべりするわけじゃないのだ。声紋認証されるNAGIAのアカウントがないとダメなのだ」

「俺には反応する」

「ハア?」

「俺と、カペラとリゲルには、アイラスへのアクセス権が付与された上級アカウントがある。俺たちは造出されてからずっとNAGIAの施設内で生活してたからな、アイラスの認証は不可欠だったんだ。それに、俺たちは存在自体が機密だから、そこそこセキュリティが強い。俺が声をかければ、アイラスは何にも優先させて俺を認識するだろう。アカウントがまだ生きてれば」

「アカウント削除されてたらどうするのだ」

「そのときは俺の頭が二千度で焼かれるだけだ」

 ハ~、と千々岩は天井を仰いだ。

「そこまでしてアイラスに何を訊きたいのだ?」

「……」

 ベガは床に座ると、くぼみの中に足をぶらりと下ろした。

 ちょっとくつろいだふうにして、言う。

「俺ばかり教えるのもつまらない。おまえも教えろ」

「何を教えるのだ」

「ここで何してる?」

「ハア?」

「なぜNAGIAに協力してるんだ」

「以前言ったのだ。我らは賢いので!」

「そういうのはいいから――おまえらみたいに自分でものを考えて行動できるウラグが、大した理由もなくNAGIAの言いなりになってるとは思えないんだよな。何か意図があるんだろ。それを知りたい」

「なんで急に知りたいのだ」

「これが最後かもしれないから」

 と、Bxパックが埋められた右のこめかみをつつく。

 千々岩は「ウ~ン」と唸り、腕組みした。

 そして言った。

「人間とその叡智を学んでいるのだ」

 ハッチを挟んでベガの真向かいに座り、ベガと同じように、くぼみの中に足をぶらりと下ろす。

「人間は滅びるべきなのだ。〈煤の王〉がそれを望んでいるので。だが、人間は数がめちゃくちゃ多いのだ。そしてめちゃくちゃ小賢しいのだ。大人数が寄って集って、道具を使って攻撃し防御し、傷を治療する、どんな困難に直面してもいずれ攻略法を見つけ、対応してくる、それがとにかく厄介なのだ。ウラグだって数は多いし小賢しいけど、人間にはまだまだ及ばないのだ。人間を一体一体殺していってもキリがない、いつまで経っても終わらないのだ。ウラグには人間を効率よく殺す方法が必要で、そのためには人間をもっとよく知る必要があるのだ。

 だから我らはここに来たのだ。この〈煤〉の時代、人間の叡智がもっとも集結しているのはこのNAGIAだと思ったので。人間を滅ぼすための糧になるなら、我らはいくらでも献身するのだ。〈煤の王〉の支配の礎になれることは喜びなのだ。そして、これは我らにしかできないことなのだ。我らは賢いので!」

 ベガは足をぶらぶらさせながら「ふうん」と首を傾げた。

「おまえ、殲滅派なんだな」

「その呼び方だせえので好かんのだが、まあそういうことになるのだ」

「殲滅するべき人間にコキ使われて、苦痛じゃないのか」

「全然。これは意味のあることなので!」

「賢いやつだ」

「ずっとそう言ってるのだ!」

「特別指定媒棲新生物に指定されたのも納得だ」

「なんなのだ、褒めても何も出ないのだ!」

 千々岩は足をバタバタさせた。

 ベガはいたって真面目に言った。

「本当にそう思ってるんだ」

 くぼみはそう深いものではない。足を少し伸ばせばすぐハッチに届く。

 裸足でハッチのふちを撫でながら、ベガは続けた。

「俺は〈煤の王〉を止めるためにつくられたのに、その役目を果たすこともなく、誰の役に立つわけでもなく、外の世界を知ることもないまま、靴も与えられないくらいてきとうに扱われ、閉じこめられて、廃棄されるのも時間の問題だ。目的を持って生きてるおまえらは立派だよ」

 目を上げ、ちょっと皮肉っぽく言う。

「ま、おまえらウラグにしてみたら、〈煤の王〉を止めるために生まれた俺たちなんか、いなくなったほうがいいんだろうけど」

「わはは! それって被害妄想なのだ!」

「……」

「で、そんなおまえはアイラスに何を訊くのだ」

 ベガはニッと笑った。

 最後の抵抗のように。

「信太陽子はどこにいるのか」



 ハッチを開けると、ベガは腕の力だけでハッチからぶら下がった。折りたたみ式の梯子は使わないことにした。下ろしたときに大きな音がしたらまずいので。

 地下一階と同じく、人感センサーで照明が点く。やはり何もないがらんとした部屋だ。

 手を放し、地下二階の床に着地する。

 何も起こらない。

 そろりと歩き、ドアを開け、廊下に顔を出す。

 誰もいない。

 ただ、駐車場が近くにあるため、かすかな空気の流れは感じる。

 ベガは、廊下に出るのとほぼ同時に、認証ワードを口にした。

「アイラス、〈マルコムは死んでいる〉」

『ベガ、確認しました』

 アイラスの機械音声が即座に反応した。

 アカウントが生きている。

 とりあえず第一関門突破か。

 ベガは、落ち着いて、しかし簡潔に言った。手早く済ませたい。

「アイラス、問い合わせをしたい」

『どうぞ』

「信太陽子はどこにいる?」

『信太陽子甲一等官の所在は不明です』

「NAGIAは把握してないのか?」

『情報がありません』

「ウンブラなら把握してるか?」

『情報がありません』

「じゃあ、それはいい」

 ベガはあっさり切り替えた。

 実は、信太陽子の所在なんてアイラスも知らないだろう、と思っていたからだ。

 本当に訊きたかったことは、これだ。

「アイラス、〈アストルム廃棄スキーム〉が発動されたのはなぜだ?」

 人工知能は冷静に即答した。

『〈魔法使い〉が予言したためです』

「え?」

『〈魔法使い〉が、アストルムシリーズでは〈煤の王〉を止めることはできないと予言しました。そのため信太陽子甲一等官によって〈アストルム廃棄スキーム〉は発動されました』

 明快に答えたあとアイラスは行儀よく黙りこみ、あたりは静かになった。

 まほうつかいが……と呟いて、ベガはその場に立ち尽くした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る