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 しょっちゅう千々岩三兄弟が連れ立ってやってきて、ベガと共にテレビを観た。

 連中も暇しているらしい。

 NAGIA日本本部、地下一階の休憩スペースである。

 テレビを観るくらいしかすることがないが、しかし、テレビを観るのも飽きてきた。そもそも面白い番組がない。テレビ局に番組をつくる力自体がなくなっているようで、放送しているものといえば、ニュースや天気予報の他には、再放送の古いドラマやアニメ、テレビショッピング、可愛い動物の動画集、そのくらいだ。

 ときどき、カラビンカの歌声。

 プルウィス製薬がテレビCMでカラビンカの曲を使っているのだ。これがまたいい曲だった。同じCMがくり返し流れたが、不思議と聴き飽きることはなく、何度でも新鮮な気持ちで聴けた。

 CMが明け、明るい照明も空々しいテレビショッピングが始まった。

 ベガは何気なくペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。

 隣のソファに座ってベガをジーッと見ていた九々庭が「ヘンなの」と言った。

 続けて百々縄が「ヘンなの」と言い、千々岩も「ヘンなの」と言った。

 ここまで言われては黙っていることは難しかった。

「何が」

 千々岩が言った。「水飲んでるのだ」

「水くらい飲むだろ」

「ウラグは飲食しないのだ。〈煤〉があれば生きていけるので」

 ベガは目をぱちくりさせてから、頷いた。

「そうか。そうだったな」

 忘れていた。ウラグは水を飲まない。

 千々岩はベガの向かいのソファに移動すると、腕組みした。

「シッポもあるからウラグに近いのかと思ってたが、どうもおまえらアストルムってのは、ウラグとは違った理屈でできてるようなのだ」

「……」

「ウラグは、人間に近づくために人間に擬態するのだ。だが、結局のところ完璧に人間の真似をすることは難しくて、どうしてもぎこちなくなるのだ。まばたきなんかは意識しないとできないし、その不自然さからウラグだってバレることもあるのだ。だから我らは、上手に擬態する努力はやめたのだ。無駄な努力なので」

 そう言って、ずんぐりむっくりした腹をポン!と叩く。

 それからベガを指差した。

「でもおまえは、見た目は破綻なく人間で、自然にまばたきするし、自然に表情を作るのだ。あまりにも人間に近い、近すぎてヘンな感じするのだ。そういう意味で、アストルムってのは不気味なのだ。信太陽子は何をしたのだ?」

「蛙の目玉、蝙蝠の羽、蜥蜴の尻尾、毒草の根……」

 ベガは突然、呪文を唱えるように呟いた。

 ペットボトルの蓋をぎゅっと閉める。

「魔女は効能がありそうなものをいっしょくたにして、魔法の鍋で煮こむんだって」

「ハア?」

「俺たちも効能がありそうなもののごった煮ってことだ」

 と言って、ベガは掌で自分を指した。

「俺はアストルム5だ」

「ハア」

「カペラはアストルム6、リゲルはアストルム7だ」

「ハア。それがなんなのだ」

「アストルムの1から4はどうしたと思う?」

 千々岩はポカンと天井を見た。「そういえば聞いたことないのだ」

「信太陽子がアストルム造出を開始したのは二〇〇五年からだ」

「九年も前なのだ!」

「最初に造出されたアストルム1・シリウスは、いきなり大成功だったらしい。賢く従順で、どんなウラグよりも強靭で、マッキベンスケールも二万を軽く超えていた。これなら〈煤の王〉も止められるかもしれないと期待された。だが、実戦投入はおろか、表に出されることもなかった」

「なぜなのだ」

「寿命が短かった。造出後数日で自壊が始まり、三ヶ月足らずで銷失した」

 わあー!

 テレビから歓声が上がった。

 ベガはテーブルの上にあったリモコンを手に取り、電源をオフにした。

 休憩スペースがしんとなり、ベガの声がよく響く。

「シリウスそのものの出来はよかったから、シリウスを改良していく形でアストルム造出は続けられた。カノープス、リギルケント、アルクトゥルス……アストルムは次々と造出され、みんな、出来はよかったらしい。だがいずれも四ヶ月以上生きることはなかった。混ぜ物が多いアストルムを馴染ませ安定させる何かが足りなかったんだ」

 ベガはペットボトルをテーブルに置き、ソファに背を預けた。

 古びたソファが軋んだ音を立てた。

「そして二〇一一年末、信太陽子はアストルムを安定させるため〈何か〉を混ぜた」

「ナニカってなんなのだ」

「わからない」

「なんでわからないのだ」

「アストルムのレシピは信太陽子にとって最大の機密だ。知るわけない」

 千々岩だけでなく、百々縄も九々庭もじっと話を聞いていた。

 こんなに長く詳細に自分のことを誰かに話すのは、初めてだな、と気づく。

 そして、これで最後だろう、とも。

「まあその〈何か〉のおかげで俺たちは――ベガとカペラとリゲルは、これまでになくうまく造出された。一年以上経っても自壊の兆候もなく、アストルム生存期間の記録を更新し続けてる。このままうまくいけば二十年はもつと言われてる」

「何を根拠に二十年なのだ」

「さあ」

 千々岩はウーンと唸りながら腕組みした。

「おまえが今しゃべったことは結構な機密なのだ」

「そうだな」

「我らに聞かせてよかったのだ?」

 ベガは肩をすくめた。

 ひどく人間的な仕草で。

「聞かれて困るやつはもういない。俺は廃棄になるし、アストルムが増えることもない。信太陽子だって何も言わないだろう」



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