第14話「7054番目のディルク」
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あのチーム編成会議の翌日、俺はガルドの住居としてティリアの部屋に設置された庭で正座をされられていた。
「お前は馬鹿か。なんだ、このチーム構成はっ!?」
正座している俺に文句を言ってくるのはAチームの担当となった四神、風神ティグレアさんだ。以前の巫女服は着ていないが、ボサボサだった髪はある程度整えられ、身なりは多少ちゃんとしている。化粧している様子はないが、元がいいのか少し整えただけで印象は変わる。垢抜けない印象は残っているが、美人の括りに入れても問題ないだろう。……まあ、現在進行形でその人に怒られてるわけだが。
周りにはAチームのメンバーである空龍、アレクサンダー、ガルド、サージェス、リーゼロッテの五人の姿もある。
一方、部屋の主であるティリアの姿はない。彼女は彼女でCチームの打ち合わせに出ているはずだ。俺たちが何故こんなところに集まっているのかといえば、ガルドの体格の問題が大きい。会議室借りても入らないのよ。
「お前自身、戦闘しかできないのに補助役がいねーじゃねーか! どんだけ攻撃重視なんだ」
ティグレアが怒鳴っているのは、当然今度のイベントのチーム分けに関してだ。担当チームが最下位になれば、とばっちりで奉仕活動が待っているのだから分からないでもない。
「いやその……ノリで」
「お前、ノリで生きてんのかよっ!?」
些細なミスでガルドのレベルに釣られて、そのあとは流れで。ブックの読み合わせが足りなかったんだ。
「……まあいい。お前はそのままそこに座ってろ」
「あ、はい。……あの、すいません。脚崩していいですかね。……地面に直座りだと小石とか当たって痛いんですけど」
「うっさいわっ! 罪人用の抱石も用意してやろうか」
「やめて! そういう事を言うと、本当に持って来ちゃう人がいるのっ!? サージェス君っ、それをしまいたまえ!」
ティグレアの言葉に反応して、無言で《 アイテム・ボックス 》から何かを取り出そうするサージェスを止める。
場に出されたら最後、ノリで使われてしまう可能性がある。ノリって怖いね。
「すいません。確かにリーダーほどの上級者なら、十露盤板ごときソファと変わりませんね。部屋に戻れば電気椅子もあるんですが」
思い留まり方が違う。俺をそんな上級者扱いしないでくれ。
ここは大人しく正座しておいたほうが無難だろう。……俺、クランマスター予定で特攻野郎Aチームのリーダーなんだけどな。
「くそ。クラン代表のチームだからトップ狙えるかなとか楽観してたらこれだ。しかも他のチームが歪かと思えば、ここ以外はすべてまともな構成ときてる。しかも、ガルドまでいる始末だ」
「え、ワシ、そんなマイナス材料扱い」
「一緒に過ごすのが嫌なんだよっ!? なんだこのチーム、おれへの嫌がらせか何かなのか。せっかく、珍しくじゃんけんに勝ったのに……」
神様が担当をじゃんけんで決めるなよと言いたいが、俺のほうが問題あるから何も言えない。本人からしてみたら、嫌がらせと言うのも分かる話だ。
「まあまあ風神様、リーダーはどんな状況だろうと手持ちの札だけでなんとかしてしまう益荒男です。このメンバーでも案外トップを狙えるかもしれませんよ」
「本当かよ……」
サージェスが『ですよね?』というしたり顔をこちらを見る。
え、無理じゃないかな。色々脳内シミュレーションしたけど、少なくとも実力を良く分かってる連中メインに考えたら勝てる要素が思いつかない。未知の部分が大きい連中に期待するしかないだろうが、それは他のチームも一緒だ。そうなるとウチの優位な点は戦闘力くらいだが、それも突出しているとまでは言い難い。
「この際トップなんて贅沢は言わねえから、ヴォルダルが担当するCチームだけには負けるなよ。最悪、三位でもいいからさ」
ラディーネのところの担当は地神ヴォルダルか。会った事はないが、あんまりティグレアと仲良さそうではないよな。そのCチームに負けるなっていう事は、最低限の目標はウチが三位、Cチーム四位のフィニッシュにする必要がある。
……さて、ここでCチームのメンバーをおさらいしてみよう。
チームC:ラディーネ、玄龍、ククリエール、キメラ、ティリアティエル、ボーグ
はい。見れば分かると思いますが、どのチームも二つくらい抱えてるはずの低レベル帯がククル一人しかいません。
索敵、後衛担当のラディーネ、純前衛らしい玄龍とキメラ、タンク兼回復役にティリア、換装して位置調整可能なボーグ。専門の罠対策役がいないとしても、ラディーネが強引に対応してしまうだろうし、少なくとも罠発見まではできる。最悪、ククルがずっと引き籠もってても問題ない構成だろう。
今考えてみるとアレだよな。先にキメラを確保してボーグを残したのは、自分のところ以外で運用が困難だから確保しやすいってのを狙ってるんだよな。逆の立場だったらキメラ取りに行くもの。
これを四位に落とすのはなかなかに厳しいのではないだろうか。むしろ優勝候補じゃね?
「これまでの経験からすると、リーダーがこのパターンに陥った場合はトップか最下位のどちらかです。むしろ三位は狙えないかと」
「どういう評価だ、そりゃ。何をどうしたらそんな事になるんだよ」
「多分、ロッテさんなら同意してもらえるんじゃないかと思いますがね」
「ちょっと、近くに寄らないで。……あなたと同意見なのは非っ常に遺憾だけれど、そんな気はするかな。どうせならトップだけを狙って、駄目なら玉砕ってほうが勝ち目はありそう」
二人とも良く分かってるな。それが俺のパターンだ。ロッテさんはあきらかに不満そうだが。
「……でも、最大の問題はチーム構成じゃなくて、危機感がない事だと思う。お兄ちゃん、別に負けてもいいと思ってるでしょ」
じっとりとした視線でロッテに見つめられた。責められてるわけでもないだろうが、確信を持って言っているのが分かる。というか、ティグレアさんの詰問するような視線が怖い。何かに目覚めてしまいそうだ。
「そ、そんな事はないぞ……だけど、これはあくまで空龍たちとの交流がメインであってな」
「はぁ。ほんと、逆境じゃないと駄目な感じだね。……えっと空龍さん? お兄ちゃんはこう言ってるけど、なにか言いたい事はないの?」
「交流なのは確かですが、姉として玄と銀に負けるのは嫌ですね。特にお馬鹿の銀には」
「馬鹿はお兄ちゃんもだと思うけど……。じゃあ、そっちのパンダ……アレクサンダーは?」
「奉仕活動は問題ありませんが、負けるのはちょっと。名目はなんであれ、全力で挑むのが冒険者の正しい姿ではないでしょうか」
アレクサンダーが冒険者として一番真っ当な事を言っている。……パンダなのに。
「……まあ、決まっちまったもんはしょうがねえ。どっちにしろ、このメンバーで勝ち拾いにいくしかないんだ。……渡辺綱も負ける気はないんだろ?」
「そりゃもう。当然じゃないですか、風神様。そろそろ脚崩していいっスか?」
「いまいち、やる気が感じられねえな……」
「なに、賞金の百万ではモチベーションに繋がらないという事だろう。勝ちたいと思うようなご褒美があればいいんじゃないか?」
なんか、静観していたガルドがもっともらしい事を言い出した。一体何を狙っているんだろうか。
「贅沢もんだな。この賞金、おれたちのポケットマネーから出すんだぞ。それで勝てるっていうなら個別に追加で出してもいいが……。本当に何か別に用意したほうがいいか? 別に個別報酬の規定があるわけでもないし、言ってみろ。金か?」
ティグレアは追加で賞金を出す事に文句はないらしい。勝てるなら別に飴を用意するのもやぶさかではないと。本気で負けたくないんですね、風神様。
「百万ぽっちならワシの取り分をやっても構わんが、意味がないだろう。そこでだ、見事一位になったら風神殿のディープキスをプレゼントというのはどうだ?」
え、マジで!? あんまりタイプじゃないけど、そんなご褒美もらえるの? 勝ったらノータイムでもらいに行くよ。
「アホかっ!? 金出した上に更に体張れってのかよ!」
「欲しいものを聞いたのはお前さんだろうに。それとも、亜神ともあろう存在がそんな報酬は用意できないと?」
「ガルドてめえ、このやろう!? これはまたおれがやり込められるパターンじゃねーか、ふざけんなっ! 死ね! その口を閉じろ!」
いつかのように、ティグレアは大岩に向かって蹴りをいれる。口や目がある顔面部分だ。
岩の表面に開いた口が閉じられ、そのまま黙るかと思ったら別のところに口ができた。……最初の口は確かに閉じたけど、それでいいのかよ。
「まあ聞け。しかしこれは男性体の化身である他の四神にはできない、いわば妙手だ。必要ないのにあえて体を張るという異端の戦術で相手チームを翻弄するのだ」
「くっ、言ってる事は無茶苦茶なのに、何故か正しい気がしてきた……」
ほんと口車に乗せられやすいな。逆に心配になってきたぞ。止めないけど。
「しかし、報酬だけでは弱いですね。以前、訓練を行った際は最下位が罰ゲームを行うという方式でやる気を煽りました。……そこで、一位なら風神様のキス、最下位なら私の所属するセミナーで今度開催する拷問ツアーにリーダーが参加、というのはどうでしょうか」
「やめてっ!?」
俺のトラウマの一つとして厳重に保管している悪夢が蘇ってしまう。というか、そんなツアーに出たくない。
「会員の中には同志であるリーダーの出席を期待している方もいますし、特別ゲスト待遇で歓迎しますが」
「いや、待遇の問題じゃないから。どうせゲスト待遇だと余計にハードになるんだろ!」
つーか、なんで会った事もない連中に同志扱いされてんだよ。
「セミナーがなんだか知らんが、反応を見る限り効果はありそうだ……って、おい、ちょっと待て。なんでキスが決定事項みたいになってるんだ?」
「罰もあったほうが効果はありそうだな。しかし、体を張るのは風神殿なのだから、罰ゲームも風神殿にメリットがあるものがいいだろう。本人から何か要望はないのか? ほれ、言ってみい」
「え……いや、その……そういえば、風花が渡辺のヌードデッサンをしてみたいって言ってたような……」
「では、それでいいだろう。一位ならキス、最下位ならツナのヌードモデルで決まりだ」
「……あれ?」
あれ? じゃねー! なんで勢いで丸め込まれてるんだよ!?
「なんでだよ。もうちょっと抵抗しろよ!」
「よし、ツナはちょっと黙っとれ」
「何を……むぐっ!?」
なんだ。突然口が岩のように重く……いや違う、俺の顔の下半分がいつの間にか石に覆われている。死角になっていて見えないが、ついでに下半身も動かない。
お前、スキル発動とかしてないだろ。なんでこんな事できるんだよっ!? くそ、これが上級ランクか。それとも精霊の力だとでもいうのか。
「では、ここは多数決といこう。この意見でいいと思う者は挙手をお願いする。あ、当事者のツナ以外でな。ワシは当然賛成だ」
「ちょっと待てっ!? なんだこの展開! お、おれは反対だからな」
待てよ、ティグレアっ! 賛成反対の意見を言うって事はそれを認めたって言ってるのと同じだぞ! 普通に参加するんじゃねーよ!
「ツアーは残念ですが、いいんじゃないでしょうか。賛成で」
「あんまりいい感じはしないけど、お兄ちゃんが嫌がってるって事は効果ありそう。……賛成で」
「……すでに半分じゃないですか。じゃあ、私も賛成で」
サージェス、ロッテ、更には駄目押しでアレクサンダーまで裏切りやがった。
「もう決まりっぽいけど、空龍さんもそれでいい?」
「その前にロッテさん。キスってなんですか?」
「……そこからなの?」
ロッテが空龍に説明をするが、そんな事は関係なく賛成多数で決定してしまった。……いや、強引に押し切られたというか。
「はあ、キスってそういうものですか。そんな事でいいなら、私もしましょうか?」
「え……そんな展開になるの?」
空龍による追加報酬の駄目押しでロッテを混乱させつつ、俺とティグレアの退路は防がれた。
……これ、問題にならないかな。事前に根回ししておいたほうが良さそうだ。
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「よし、じゃあ勝ちにいくぞ」
拘束を解かれた俺は意識を切り替えた。文句を言ってもどうせ覆らないのだから、ここは突発的に発生した役得を確保しにいこうと思う。
……ティグレアはまだ放心状態だが。
「現金だね、お兄ちゃん」
ロッテからジト目で見られているが、一応は本心である。……今日会ってからずっとジト目っスね、ロッテさん。
「正直、やる気がないって言われて自覚してた部分もあるからな。せめて勝負事として真摯に向き合いたいと思う。それに全力で挑むのが冒険者として正しい姿だと思うんだ」
「それ、さっき私が言ったセリフじゃないですか」
決してアレクサンダーのパクリではない。
罰ゲームのヌードデッサンもある意味ご褒美なのかもしれないが、これをご褒美と思ってしまうと色々問題ありそうなので回避したいと思う。もしもやる事になってしまったら、なんとか口八丁でガウルさんあたりを巻き込みたいところだ。嫁さん使って上手く誘導すればなんとか……。っていや、罰ゲームを履行する事は考えないでおこう。まずは勝利を目指すんだ。
元々、この集まりは顔合わせだけでなく、イベントに向けた作戦会議だ。対策を練るにはまず現状のまとめからだろう。
「とはいえ、可能な限り懸念点は払拭したい。最大の問題は罠対策だ。一応聞くが、この中で真っ当に罠対策できる奴はいるか?」
……初っ端から無反応である。
「かかるのは得意です」
「お前は参考にならん」
俺も人の事を言える立場ではないが、サージェスさんのそれはただの自爆だからな。
「アレクサンダーはある程度そういう技能はあるんだよな?」
「スキルはないですけど、下級程度なら時間があれば罠も鍵もなんとか解除できます。ただ、絶対的に経験不足ですね。ほとんどディルクさんに任せっ切りだったので」
やっぱりあいつ罠対応できるよな。……向いているかどうかは別にして、多分セラフィーナも。
「試した事すらないですけど、現時点じゃ無限回廊中層以降のものは文字通り手も足もでないんじゃないですかね。はっきり言って役に立つとは……」
「それでもないよりは遥かにマシだ。少なくともゼロじゃない」
最初から高難易度ってわけでもなく、低レベル帯に合わせたゾーンだって存在するんだから、意味がないなんて事はない。ウチのチームに限るなら、パンダの中ではアレクサンダーが一番助かる存在だ。
だが……確かに本人も言っているように、下級レベルの対策じゃマズイ。他に何かないのか?
「ロッテはそういう技能はないのか? ほら、[ 鮮血の城 ]トラップだらけだったわけだし、実は得意なんじゃないか?」
「設置はダンジョンの機能なんだけどね。……専門外だけど探知なら下級ランクの< 魔術士 >程度には。解除は無理」
「無限回廊浅層の攻略の時はどうしてるんだ?」
「宝箱も罠も全部無視。危なそうな床は極力飛ぶし、どうしようもない時は肉壁を突入させてるよ」
ゴブサーティワンが不憫過ぎる。
「ガルドはどうだ? 専門はタンクなのは分かるが、熟練者の経験で齧ってたりしないか?」
「探知、解除ともに一切スキルも適性もないな。細かい作業に向いてるようには見えんだろ」
そうね、さっきの拘束もすげえ大雑把だったしね。
「なに、下手に解除しようとするから面倒なんだ。大抵の罠はワシに効かんから、そのまま踏み潰してしまえばいい」
「……そりゃ頼もしいが、どの程度なら大丈夫なんだ? 地雷とか杭とか」
「最悪、核さえ無事なら粉々になっても問題ない。バラバラになった部分を食わにゃならんから、元に戻るのに時間はかかるがな。罠ごと食っちまうって手もあるぞ。鉱物であれば取り込める」
どんな生態してんだ。なんとも男らしい力任せの対策……と呼んでいいのか分からんが、やれない事もないと。なら、ロッテの探知が鍵になりそうだ。
「空龍は……。そもそも龍形態基準だと罠の対策なんて必要ないか」
「あの手の罠は無限回廊挑戦者の体格に依存するところがあるので、龍でもやはり対策は必要ですよ。お母様ほど大きくなると分かりませんが」
あれって自動的にサイズ調整されるのか。ガルドみたいな巨体に合わせた罠も存在すると。……俺たちが喰らったら一発アウトだな。
「ただ、私たち龍種はどうしてもその手の技能が苦手でして、ガルドさんのような強行策を取りがちです。私も対策は魔力感知型を無効化できる程度しか」
「無効化手段があるのか?」
「私に反応しないというだけなので、チームとしてはあまり意味はないかと。それに地雷などの接触型には無力です」
なるほど。魔力の流れが見えないって水凪さんが言ってたっけ。そういう体質で感知できないなら起動もしないと。
パーティで行動してて、空龍が素通りしたあとをついて行ったらボンッって事態もあるって事か。……単独行動するなら一つの手ではあるな。
「結論として、まったく対策できないってわけじゃないが、真っ当な攻略は不可能だな」
「ここは多少強引に行くしかないだろう。リーゼロッテが探知して、手間と時間が割に合っていればアレクサンダーが解除、駄目ならワシが踏み抜く。最悪の場合はサージェスが犠牲になると」
「いやあ、照れますね」
意味の分からんところで照れるなよ。
……強攻策もいいところだが、罠に関して対策方法がないってわけじゃない事が分かっただけでも御の字か。
「あとの問題はマッピングや回復だが、誰もスキル持ってないよな?」
……やはり無反応である。
罠対策は強硬手段のみ。体力は有り余ってるが、回復がない以上長期の攻略も困難。探知も最小限でモンスターとの戦闘回避も難しいと。一方、戦闘力はある。
「なら開き直ってハイリスク・ハイリターンの戦略だ。拠点から離れた高得点のモンスターを狩るぞ。余計な事は考えずにそれだけを狙う」
「……お前ら、本気か?」
復帰してきたティグレアが何か言ってるが、このメンバーならベターな戦略だろう。全員、特に反対意見はなさそうだ。他のチームも俺たちがそうすると読んでくるだろうが、やる事はシンプルだし同じ手は使い難いはず。なら、唯一の長所を武器にする。
「これしか手がねーんだよ。というわけで、モンスター討伐と罠で配点の差……は言えないか。加点行動の種類や目安も非公開なのか?」
「隠しているもの以外は問題ない。元々、おれがここに来たのも顔合わせっていうよりも質疑応答のためだからな。ちなみに、極秘情報を喋ったら減点の上で他チームにも情報が伝わるからデメリットしかない。……つまり、おれを誘導して喋らせるなよって事だ。特にガルド」
「はて?」
はて、じゃねーよ。この上、ビハインド抱えたままスタートってのは勘弁して欲しい。
「じゃあ、とりあえず担当としての意見を聞きたいんだが、俺たちの開き直り作戦に問題はあるか?」
「問題しかねーよ。確かに加点行動の中でモンスター撃破は高得点なほうだが、罠発見や解除もそれなりの得点だ。マッピングも探索率で結構な得点になるし、これには罠やフロアギミックの情報も含まれる。そんな中、戦闘のみで得点稼ぐのは無謀に近い。……あと、罠が原因で死んだ場合、通常よりも減点が大きくなるぞ」
「……なるほど、かかっても死ななければいいと」
「かかる前提で話を進めようとするな」
自分に都合良く解釈するから何を言っても無駄なのは承知だが、サージェスさんの発言を無視するわけにもいかない。こいつ、重要な場面なら自重してくれるが、今回みたいなイベントだと罠に特攻しに行ってもおかしくないのだ。未見の罠があったりしたらもっと危険である。
……正直、俺よりもサージェスのほうがテンションにムラがある気がするんだがな。いや、ムラというよりON、OFFか。
「宝箱は?」
「大体、罠と同じだ。宝箱の発見や解除、中身のアイテムもマップ情報に含まれて加点される。あとは、加点専用のボーナスアイテムがあるんだが、宝箱を開けないって事はそれも捨ててる事になるな」
「支給されるアイテムの中にそういった対策用のものはないのか? < 魔法の鍵 >とか」
「あるぞ。ただ、アレも等級があって最下級のものなら毎日支給されるが、上のランクの物は点数で交換だ。その点数を回収できるかは微妙だな」
どうやら一覧表を全員分用意してくれていたらしく、ルール表と合わせて手渡された。支給に必要な得点などは記載されていないが、ダンジョン・アタックに必要なアイテムは大体網羅されている。< ポーション >類があるから一応回復できても、それだけじゃ間違いなく足りないし、それ以外を消費アイテムでカバーするのも厳しい。
「お前らの最大の問題は探索力不足だ。拠点から遠くなるほど高得点で強いモンスターは出るが、時間内にそこまで辿り着けなれば意味ねーぞ。お気楽イベントではあるが、ヴェルナーの奴が気合入れて造ったからな」
「パ……父が?」
今更、父親の呼び方を取り繕っても意味はないが、外向きのロッテはこういう呼び方なのだろう。
ヴェルナーがダンジョン構造の設計するのはちょっと意外だが、立場的にはそこまで不思議じゃない。
「おれたちの誰かが構築したら、直接でないにしても誘導できちまうからな。ダンジョン設計が一番得意な奴にお願いした」
「ワシ、あやつが主催したイベントでロクな目にあった事がないんだが……」
「ガルドは古参だから経験あるか。一応、露骨に殺しにくる構造は避けろと言ってはある。悪ノリしなければ大丈夫だ……と思う」
「娘的に、父親のダンジョンってどうなん?」
「分かんない。参考にした事はあるけど、意図が理解できないところも多いし」
まあ、難易度は高いと思っておいたほうがいいだろうな。
貧弱な探索力の対策は……実はない事もないが、博打要素を含むってのと他のチームでもそれをやれるっていうのが問題だ。せめて、先行のアドバンテージは稼げないにしても情報の格差を縮めたい。……何かないかな。
「一日ごとに探索率なんかの情報は公開されるって話だが、他チームの地図の詳細も合わせて公開されたりしねえ?」
「……その情報はグレーゾーンだな。……ちょっと待て」
そう言うとティグレアは目を瞑った。他の四神に《 念話 》で問い合わせたりしてるんだろうか。
「まず、一日の終わりに無条件で公開される情報は踏破率だ。ここに地図の詳細は含まれない……が、その際に得点を消費して他チームの地図をそれぞれ丸ごと買う事はできる事になった。もちろん購入した事で踏破率が増えても得点は入らないし、取引で発生する得点の分マイナスになるがな」
それなら、かなり探索力のなさをカバーできるな。
情報の遅れは気になるが、日が変わった直後ならそこまでの差はないだろう。翌日は同じ条件でスタートできるって事だ。
「問題は、その探索率によって値段……必要な得点が変わる事と、そもそも相手チームが公開しないと買えないって事だ」
「相手側に売らないって選択肢があるわけな。説得する必要があるかもしれないと」
「チームとして設定できるのは売買の許可だけで、交渉にはならない。イベント中、チーム間の干渉は禁止してる」
じゃあ、無言の駆け引きになるな。売らない事で情報を隠蔽するって手もあるが、他のチームが売ったら代金は手に入らずに情報も渡ってしまう。逆に考えれば、これは俺たちにとっては好材料だ。牽制し合って地図を公開してくれる可能性が上がる。
「踏破率の低い側が売る事は?」
「もちろんできる。踏破してる場所が違う可能性もあるからな。マップの売買は丸ごとで当然重複してる部分は無駄になるが」
「なら、そのマップを転売する事は?」
「売るのは丸ごとだし取引のチャンスは一日一回だが、翌日ならその範囲を含んだマップで取引できるな」
それを考慮すると、買えるとしてもおそらく一日目。踏破率の上がる二日目終了時のマップ購入は難しいと考えるべきか。
得点が切羽詰まってるなら売るっていうのも手だが……。ただ、あいつら全員公開しないような気もするんだよな。
と、自分が招いたピンチではあるが、チームの問題点を払拭するための会議は続く。
その後も、お互いの能力に関しての摺り合わせ、軽く模擬戦なども行った。
主に空龍とガルドに度肝を抜かれる事になったが、予想外に頼もしいという事は好材料だから構わない。
アレクサンダーは良くも悪くも< 荷役 >……というか便利屋だ。多分、下級ランクでは優秀なほうだが、地味なのは否めない。唯一、アイテムの扱いが得意という利点があるから、定期支給のある今回はそれで活躍できるかもしれない。
問題はロッテで、やはり[ 鮮血の城 ]で見せたような脅威の戦闘力はない。元々、あの大量の召喚などはダンジョンに予め設置されたギミックによるところが大きいらしいが、その点を考慮してもかなりのパワーダウンだ。スキル自体は残っているらしいので、発動コスト度外視なら下級にあるまじき火力を出す事はできる。ただ、それだと一発屋にしかならない。
戦力として期待はしないほうがいいが、それと関係なしに、現在想定している作戦で序盤の要になるのはロッテだ。気合入れて飛んでもらおう。
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そんな、イベントに向けての調整を行いつつ、本番直前となった日の事だ。[ 四神の練武場 ]の準備ができたので下見に行ってもいいという連絡があった。といっても見れるのは各チームの拠点として使う部分だけで、これでイベントに有利になる事はないだろうが、念のため足を運ぶ。
「今回の事で少し渡辺さんの事を理解できた気がします」
その[ 四神の練武場 ]の下見のため、俺はディルクと二人で四神宮殿の敷地を歩いている。ユキとラディーネはまた後日確認に来るらしいが、今回は二人だけだ。四神全員が不在で、開けてあるから勝手に見ておいてくれという投げっぱなしぶりで案内役すらいない。せめて誰か巫女さんを付けて欲しかったが、贅沢は言うまい。
「なんだ。案外抜けてるって?」
「はは、それもちょっとは」
この野郎。自覚してるから反論もできん。
「でも、そういう意味じゃなくてですね。ここまで、僕と渡辺さんってほとんど接点がなかったわけじゃないですか」
「まあそうな。いくらお前が重要人物だっていっても、冒険者としてはまだ下級だし」
正直、なんで俺のファンになったのかは分からない。
一緒にダンジョン・アタックするのはもう少しあとになるだろうし、プライベートな接点も多いとは言い難い。オーク麺のハードユーザというどうでもいい情報は知っているが。
「実は、あのメンバー選択も何か意図あっての事だと思っていたんですよ。それで、あのチーム編成会議のあと、ユキさんとラディーネ先生に色々聞いてみたんですよね。なんで、渡辺さんがあんなメンバー構成にしたのかとか。渡辺さんの実績から考えて、意味なくこんな事をするとは思えないって」
「そりゃ買いかぶりだ。ぶっちゃけると、指名順ミスっただけだぞ」
「そうですね。二人もそうだろうって言ってました」
良く分かってらっしゃる。
「それで、いまいち掴み切れていない僕は『なら、最低限の安全策を取ってミスしなければ、とりあえず最下位は回避できそうですね』って言ってみたわけです。一位を取りにいくにしても、最低限の保障があるならリスクを取りやすいですし」
「よほど大きなミスをしなければ最下位が鉄板っていうなら、そりゃ賭けにも出れるよな」
最下位の奉仕活動程度ならそこまで気にしないのだが、それをティグレアにやらせるのは心苦しいし、ヌードモデルも変な性癖に目覚めそうで嫌だ。あと、できれば賞金も欲しい。一人頭百万って結構助かるのよ。
キスはまあ……あればあったでいいかな程度かな。ウブな神様騙してるみたいで気が引ける。……いや、もちろん勝ったら問答無用で唇を奪いに行くが。事前に舌の訓練をしておかねば。よし、帰りにさくらんぼを買って帰ろう。
「でも、二人の反応はまったく違いましたよ。『むしろ何やってくるか分からない』って。予想としては、盛大に自爆して最下位か一位。どんな分が悪くても、どこかで勝負をかけてくると。だから、少なくともAチーム最下位を見越して戦略を立てるのは有り得ないと言われました」
油断してくれたほうがこちらとしても助かるんだがな。負ける気はないけど、勝算が薄いのも確かだ。
しかも、良く見知った相手というのがやり辛い。こうして俺の存在を分析されている。
「お前は、それを聞いてどう思ったよ」
「なるほどな、と思いました。実際、渡辺さんの戦歴を見てみると、十全な準備の上で行動した事ってあまりないように思えるんですよね」
「そうだな。そりゃもちろんできる範囲での準備はするし、石橋も叩くが」
新人戦……は負けたが入念な準備の上での挑戦だし、[ 鮮血の城 ]だってあの地獄の無限訓練を行った。ワイバーン戦も事前準備の上のリベンジ完遂だ。だが、故郷のオーク軍団、トライアル隠しステージ、[ 静止した時計塔 ]、オーク・チャンピン、ついでに魚マンとの遭遇戦もほとんど突発的な戦闘で、手持ちの札だけで戦ったのも事実である。
「手札が足りなければ足りないなりに対応する。これまでもそうだったはずです。特にチッタさんやベレンヴァールさんとの戦いは顕著で、普通なら諦める場面でも逆転してみせた」
「はっきり言って、用意してた手札だけで乗り越えた事はない気もするが」
「把握していない不確定要素が絡んでの逆転というのはあるんでしょうが、それでも諦めない姿勢が不確定要素を引っ張り出したのは確かでしょう。それは、冒険者として一つの理想像だと僕は考えています」
諦める道はあった。負けたら終わりという場面はせいぜいオーク軍団くらいで、それ以外のどの戦いでも道が断たれるようものじゃない。その故郷の山の戦いだって負ければ死が待っていたが、戦いそのものを回避する手はあったし、途中で逃げても良かった。
トライアル隠しステージで負けても、生き返る事は保証付きで冒険者デビューの切符は確保済み。新人戦は負けたが、< 五つの試練 >攻略に躓いただけで何も失ってはいない。[ 鮮血の城 ]だってそうだ。
[ 静止した時計塔 ]は最悪ベレンヴァールとサティナを失う可能性はあったが、その時点で俺のデメリットとは言い難い。
だけど、そのどれでも意地を張った。正直、常軌を逸するような意地だろう。狂気染みていると言ってもいい。
「だからこそ、今の状況がある。現状の結果はその姿勢によって生み出されたものです。もしも渡辺さんが漫然と冒険者を続けていたら、僕を含めた今回の参加者の大半は違う道を歩んでいたはずです」
確かに、そのどれかで諦めていたら、今のこの状況はないだろうとは思う。結果論に過ぎないが、これはきっと想定可能な中で最良の結果だ。
そして、今を作り上げたのは俺の意地だけではない。唯一の悪意の影響、因果が操作された上の顛末、あいつへの憎悪が俺を立たせて来たのも確かで、根底に存在している。
以前、俺はレールの上を走らされていると感じたが、今にして思えばそれは間違いなのだろう。因果が操作されていたから、勝つ可能性と材料が用意されていたから、それだけじゃこれまでの勝利は得られない。因果を誘導されていても確定した未来は保証されていない。おそらく、俺へ用意されているのは本当に最小限。あいつへの道は決して保証されているものではなく、簡単に断たれる程度のものなのだと思う。
だって、俺でなくてもいいのだ。あいつは殺しに来てくれる相手が誰でも構わないのだから、それこそ皇龍にだって資格はある。だからこそ、無差別に悪意を振りまくのだ。
きっと、俺の歩く道は糸のようにか細く、わずかでも足を踏み外せば戻る事のできないような道。
死が許容されている迷宮都市だが、俺に死は許されていないという確信染みた予感がある。どんな形になるかは分からないが、死ねばそこで渡辺綱の道は終わると。俺に与えられた死の煉獄は、生き返りなんて救済じみたギミックは許容してくれない。
「つまり、たとえ手札が見えていたとしても、そんな相手に油断はしないほうがいいって事ですね。ポーカーなら全交換して役を作ってくるくらいの事は平気で起こる」
「ちなみに、ポーカーはあんまり強くないぞ」
「もちろんたとえですが、僕もそんなに得意じゃないですね。ボードゲームなら、運の絡まないもののほうがいいです。昔、< アーク・セイバー >に勧誘された時に将棋勝負を持ち出されて圧勝したりしましたよ」
相手は何処のグレンさんかな?
「話は変わるが、お前の所属してる情報局は、基本的に迷宮都市全体の情報を把握してる機関だよな?」
「そうですね。スキルやクラスの研究資料、武器・兵器の開発状況や情報管理など大抵の情報は一元管理されています。でも、部門ごとに独立性が高いので、すべてを把握はできないですし、非公開情報も多いので答えられる事は少ないですよ。何か聞きたい事でも?」
「あ、いや、そんな特殊な事を聞きたいわけじゃない。……つまり、戸籍や迷宮都市外部からの入出記録も管理してるって事だろ?」
「はあ、もちろんしてますが、部署が違うので詳細は分かりませんね。僕も、一覧くらいしか見れません」
「管理体制と範囲だけでいいんだが、迷宮都市以外の情報も把握してたりするか? 王国とか帝国とか、別の大陸とか」
「迷宮都市以外だとさすがに情報精度は落ちますが、王族や貴族、市民登録されている人程度なら。中小国家群や隣の大陸は抜けも多いと思います。渡辺さんの故郷のような怪しい集落も詳細な情報はありませんね」
それについては今は関係ないな。気にはなるんだが、あまり触れたくない部分でもある。
「迷宮都市にいて、戸籍も入出記録もないってケースは有り得るか? 一時的なものを含めて」
「それはないです。役所レベルなら隠蔽される事もありますが、情報局なら把握してます。不審人物は多くても、迷宮都市にいる人はみんな身元のはっきりした人ですよ」
身元がはっきりした不審人物が多いのは認めるのか。俺も同感だが。
「仮にだが、どんな方法を使えば迷宮都市に密入国……国じゃねーな。密入街できると思う?」
「……ダンジョンマスタークラスの《 隠蔽 》《 偽装 》スキルを持つか、それこそ完全に未知の魔法でも使うか……特殊な事例ならラーディンの前国王のように無限回廊から転移されてくるという方法も……。ちょっと現実的な方法は思いつかないですね。簡単に思い付くようなセキュリティーの穴なんて埋められてるでしょうし」
やっぱり相当にハードルが高いか。エリカ・エーデンフェルデの存在はそれくらい不自然って事だ。
「怪しい人でもいたんですか?」
「んー、微妙だな。近々相談するかもしれないから、前もって聞いておきたかったんだ」
怪しい事は怪しいが、敵というわけでもないっぽいし、危険な印象もない。すぐに会う予定もある。
調査をお願いしてもいいが、この様子だと望んだ結果は出てきそうにないな。
……などと考えていたのがフラグだったのか。
四神宮殿の中央。[ 四神の練武場 ]や[ 不可思議の門 ]がある中央宮殿。その外門を潜り、巨大な日本庭園的中庭を超えて建物へと入る瞬間の事だ。
足を踏み入れた瞬間、そこが"違う"と分かった。俺が変なフラグを立ててしまったからか、それとも元々その予定だったのか分からない。
「どもども、数日ぶりです。こんにちは……こんばんは? 今何時でしたっけ?」
そこは中央宮殿ではなく、奇妙な歪んだ空間。当たり前のように自称超すごい魔法使い、エリカ・エーデンフェルデが待っていた。
……《 魂の門 》を潜れっていうから会うとしてもそれ以降だと思っていたが、普通に現れやがった。
-4-
まるで街中で不意に再会したかのような挨拶だが、そんなはずはない。
神社ならまだ分かる。あそこは迷宮都市市民なら誰でも入れる場所だ。いくら超常現象を起こしたとはいえ、似たような事をやれる奴もいる。
しかし、ここは迷宮都市の文字通りの中枢だ。そんなところで干渉してくるのは、自分が迷宮都市に深く入り込んでいる存在ですと自称しているのと同じだろう。
「そろそろ夕方だから、こんばんはでいいんじゃねーか」
「相変わらず驚かない人ですね。超常現象ですよ」
「ワンパなんだよ」
「あの……これは一体」
慣れ気味な俺とは違い、ディルクは困惑気味だ。こういう突発的な異常事態に慣れているかと思ったが、予想外らしい。しかも、この反応は初対面だな。少なくともディルクが把握している相手じゃないって事だ。
「ほらほら、これが普通の反応ですって。というか、最初から驚かないんじゃ、一体どんなサプライズをすればびっくりしてくれるのやら」
相変わらず、状況と違って緊張感に欠ける奴だな。
「ディルク、あの如何にも怪しい女はエリカっていうらしいぞ」
「エリカさんですか……渡辺さんの知り合いって事ですかね」
「一回会っただけの関係を知り合いと呼ぶならそうだな」
「あれー、そっちの人もやっぱり反応がタンパクだな。まあいいですけど。どーも、エリカです。エリカ・エーデンフェルデ。超すごい魔法使いです」
やはり、その名乗りは変わらないのか。数日明けば偽名かどうかの疑惑を持つと分かりそうなものだが。
「……エーデンフェルデ?」
「目の前に現れたんだから、さすがに呪いの話も無効だよな。ディルク、リリカ以外にエーデンフェルデって家名の奴は迷宮都市にいるか?」
「いません。迷宮都市どころか、過去を含めた帝国の貴族籍にもそんな名前はありません」
さすが。何か見たわけでもないのに、そんな情報まで出てくるのか。……まさか、そういう情報全部記憶してるとかじゃないよな。
「というわけで、名前か苗字か両方かは知らんが偽名なんだろ。なんでそんなすぐバレる嘘をつくのか知らんが」
「失敬ですね。私は生まれた時からエリカですし、エーデンフェルデです。こんな事に嘘ついてもしょうがないですよ」
だが、そう言うエリカは嘘をついているようには見えない。これは平行世界説が濃厚なんだろうか。
「そんな人はいないはずです。王国と帝国の間に乱立する小国家群や隣の大陸、暗黒大陸という可能性もありますから絶対ではありませんが、なんの痕跡もなしに迷宮都市に入れるはずもないし、登録漏れとも思えない。ましてやこんなところに侵入できるはずもない。エリカ・エーデンフェルデという存在は不自然だ」
「でも、こうしてここにいます。ちなみに、迷宮都市出身じゃないですねー。王国でも帝国でもないです」
「じゃあ、お前どこ中だよ」
「は?」
通じなかった。このノリなら通じるかと思ったのに、一瞬にして真顔に戻りやがった。
「こちらから聞きたい事もあるのでお話したいのは山々なんですが、事情があってあんまり情報を渡したくないんですよねー。特に渡辺綱には」
「いや、こうも頻繁に登場してそれはねーだろ」
事情を問い質して下さいと言わんばかりのインパクトじゃねーか。
「じゃあ等価交換で、私の出身と質問一回ってのはどうでしょう。そちらの方なら私が嘘ついてるか分かりますよね?」
「……お前、そんな嘘発見器みたいな機能を搭載してんの?」
「ええまあ。《 魔眼 》の一つです。なんで、彼女がそれを知っているのかは知りませんが。……質問一回ずつという条件も嘘じゃないみたいです」
《 魔眼 》っていうと、なんか特殊なものを想像しがちだが、ようするにフィロスが使っているようなスキルの一種って事か。
「ちなみに、さっきから《 看破眼 》使って探りにきてるみたいですが、絶対通しませんよ」
「……渡辺さん。判断は任せます。ちょっとこの人普通じゃありません」
普通じゃないのは分かるが、こんな意味不明空間に閉じ込められてる状態で、話す以外にどうしろと。
「……質問の変更は? 出身よりも聞きたい事あるんだけど」
「ナシで。鋭い突っ込みされて困ってしまう可能性もありますから。出身ならそこまで問題ない……んじゃないかなー」
……自信ないのかよ。
「じゃあ、せめてエリカから先に言えよ。出身なら簡単に答えられるだろ」
「えーとですね。実は私は宇宙人なのだ」
時が止まった。
「…………は?」
「ワレワレハウチュウジンダー。コノホシヲシンリャクシニキタゾー」
反応に困る答えだった。内容も扇風機の前でやるような宇宙人ごっこも、真意が掴めない。
嘘発見器さんなら分かるかなと隣を見れば、顔が引き攣っている。それはアホなノリに対する反応なのか。それとも……。
「冗談……。"我々"と"侵略"云々は嘘ですけど……少なくとも自分が宇宙人とは思ってますよ、この人」
「ソノトーリ。ヨクゾミヤブッタ」
……え、マジで言ってるの? 平行世界から来たとかそんな想像はしてたけど、斜め上方向にかっとんで行ったぞ。
すぐバレる嘘混ぜてきたとか、そんな事どうでも良くなるくらい衝撃だ。……いや、宇宙人だからどうだという事はないんだが。
「……それで、その宇宙人さんが俺に何聞こうっていうんだよ」
「ワレワレノヨウキュウハ……」
「いや、宇宙人ごっこはいいから」
「あ、はい。……えーとですね。質問したいのは渡辺綱じゃなくてそちらの方です」
「僕に?」
意外と言えば意外だが、だからこのタイミングなのか? 俺と二人の時を狙ったとか。……俺、必要ないじゃん。
「はい。無限回廊システム技術者、ディルク・カーゼル・フロヴェンタルノウルハーゼン、あなたに聞きたい事があります」
「……何、を」
なんか妙ちくりんな名前が飛び出してきたぞ。
「お前、そんな名前だったの?」
「いえ、ただのディルクです。前世では家名があったかもしれないですが、僕自身そんな記憶は……それにその名前」
「カーゼル計画のフロヴェンタルノウルハーゼンって、これ数字か何かでしょうか。他には……ユハセリウスとかゼノグレムとか色々ありましたけど」
「……そうだ、それはどれも数字の単位で……ぼ、僕の名、まえ? 7054が?」
あきらかにディルクの様子がおかしい。眼の焦点があっていない。
これはなにか精神的な問題が表面化した表情だ。自覚していなかったトラウマを刺激されたようにも見える。
「おい、ディルクっ!」
「あ……、はい」
反応はあるが、心ここに在らずといったところだ。
「あーやめやめっ! なんか意味ない方向に刺激しちゃったみたいですけど、こんな事がしたいんじゃないです。本当にすいません」
「……一体、あなたは何を知ってるんですか」
「ストップ。今はあまり踏み込まないほうがよさそうです。渡辺綱もそれでいいですか?」
「そうだな。やめておけ」
どう見ても深く突っ込んでいい話題じゃない。問い質すにしてもディルクが飲み込んでからだ。
しかし、なんだこいつ。ディルクの前世も、その立場も把握してるのか? しかも本人が持っていない情報まで……。
「……さっさと本題に入れよ。何か聞きたい事があるんだろ」
名前の事は本題ではないはずだ。
「はい。無限回廊の技術者ならあるいはって思ったんですが、問題なければ教えて下さい。……無限回廊の管理者が死んだ場合ってどうなります?」
ボカしてるが、この世界でいうところのダンマスが死んだ場合みたいな話だろうか。
管理者ってだけなら皇龍やネームレスって例もあるが、あいつは存在を知らなかったはずだ。
「死んだ場合……そんな想定はされていないはずです。開発……未稼働時点で存在していないものは、予測自体が不可能だった」
「ありゃ。じゃあ、技術者としての予想でいいです。もしも管理者が死んだらどうなりますかね?」
「死んだら……。もし仮にそんな事になったら、概念の経路が分断されて管理世界が崩壊する」
……え? なんだそれ。
「……その"世界"の定義と影響範囲は? 崩壊の規模とか」
「予想でしかないけど、その管理者の根幹世界、管理者が亜神化した最初の世界丸ごと。世界を構成している概念のほとんどが消滅するんだから、形なんて保てるはずがない」
「んーー?」
ディルクの回答は衝撃の内容だったが、当のエリカは思案顔だった。求めていた回答と違うのだろうか。
「……じゃあ、違うのかな。私の考えが間違ってる? ……ま、今更かな。分かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして?」
なんだか良く分からない内に質問タイムが終了したらしい。最初の名前の話のほうがディルクの反応が大きかった。
「聞きたかった事ってそれだけか? こんな演出までして現れて、ディルクの予想だけとか」
「本当は出てくるつもりはなかったしそこまで意味もないんですけど、個人的に気になってたんですよね」
なんでそんな事が気になる。いや、そもそもの話、こいつはなんでそんな疑問に行き当たるような情報を持っている。あきらかに知り過ぎている。ディルクも、おそらくはダンマスさえ確保していない情報だ。
「結局、お前が何者で何がしたいのかさっぱりだ。言える事だけでも吐いていけよ」
「秘密にしたいわけでもないんですけど、ちょっと影響が掴み切れないんですよ。でも、それなりに収穫もあったし……。言っても問題なさそうなのは……そうですね。多分予想していると思いますが、私はこの世界ではなく平行世界の存在です。平行世界のウチュウジンダー。特に侵略目的はないぞー」
「いや、宇宙人ごっこはもういいから」
「あー、気になってると思いますが、< 魔術士 >ではなくて魔法使いってのも本当です。あとはそう……Sランク冒険者です」
「え……す?」
なんだそれ。冒険者ランクはAまでのはずで、その上は存在していない……平行世界にはあるって事なのか? でも、こいつ宇宙人だし。そもそも、アルファベットのランク付けなんて迷宮都市くらいしか……。意味分からない単語が飛び交い過ぎて思考の収集がつかない。
「はい、時間もないのでここで打ち止めでーす。……あとは次回、門の先で待ってます。渡辺綱、どうか…………」
「おい、ちょっ……」
言いたい事だけ言い残して、空間が砕けた。あとに残ったのは俺とディルク。そして見覚えのある中央宮殿の入り口だ。
「……一体どういう事ですか」
「俺にも分からん。……お前の嘘発見器の反応はどうだった?」
「最後の会話は時間がないというのも含めて本当でした。Sランクも本当みたいです。……一応定義は存在するランクなので、平行世界の住人というならあるいは」
やっぱりあったのか、Sランク。定義だけって事は、まだその資格に達してる人がいないって事だよな。ダンマスはランク付けする側だし。
「なら、条件は一〇〇層攻略ってところか?」
「はい。一〇〇層を攻略した冒険者は等しくSランクとして扱われる予定だと、ダンジョンマスターから聞いた事があります」
という事はあいつは平行世界の無限回廊で一〇〇層を突破した冒険者って事なのか? この世界の基準に当てはめていいのか分からないが。
「……魔法使い云々は?」
「嘘ではないようですが、少なくともクラスではないと思います。有り得るとしたら、未知の魔法を使いこなせるっていう意味ですかね。その定義だけだと、迷宮都市にもたくさん魔法使いはいる事になりますけど」
魔術ではなく魔法。理解できないものを理解できないままに使ってる。そりゃ超すごいが。
「僕の名前も……あれは多分前世の名前です。転生時に破損した、僕自身が知らない情報をどうやって知ったのかはさっぱりですけど、不思議と確信があります」
「名前はあんまり関係なさそうだし、先に自分の中で折り合いつけてからでいいぞ。また出現するつもりみたいだし、代わりに聞いておく」
「……関係ないんですかね?」
いや知らんが、あのまま話進めるのもな。どう見てもお前の反応はおかしかったし。
「だが、ちょうどいい。お前、あいつの事について調べてくれ。平行世界云々が本当なら無駄骨になりかねないけど」
「それは構いませんが、渡辺さんは一度会ってるんですよね? 誰かに相談しなかったんですか?」
「多分冗談だろうけど、バラしたら《 勃起するたびに質屋のババアのセクシーシーンが頭に浮かぶようになる呪い 》をかけるって脅されてるんだ」
「……なんとも渡辺さんらしい理由ですね」
本当に俺の事が分かってきたようだな。でも、普通男なら躊躇すると思うんだが。
「だから、しばらくの間お前だけの調査で留めておいてくれると助かる。今回のイベント直後の第四十層攻略の結果次第だが、大体そのあとくらいまで」
「門とか言ってましたけど、それに心当たりは?」
「ある。はっきり提示されてるから、あいつの言葉を信じるなら再会時期が大きくずれる事はないと思う」
「なら、まあそれくらいなら胸に留めておきますよ。……僕も少し考えたい事がありますし」
十中八九名前の事なんだろうが、前世の名前を聞かされただけで動揺するってどういう事なんだろうか。無限回廊開発者の名前ってだけで重要なのは分かるが、それだけで情報が紐付いたとか。
「情報局っていうからもっとガチガチなのを想像してたが、そういう融通は利くのか?」
「あまり利きませんが、今回の事に関してはちょっと情報が少な過ぎる上に、彼女の存在証明すら難しそうです。……ここ、監視装置あるのに一切引っかかってないんですよ。調査のために周りを説得するだけで、一週間以上かかりそうです。ただ、せめてダンジョンマスターには報告しておいたほうがいいかもしれませんね」
「まあ……仕方ないよな。あきらかにダンマスも知らない情報抱えてるし」
もし俺が呪いをかけられても、ダンマスならきっとなんとかしてくれるさ。
しかし、あいつが最後に言った言葉。ほとんど聞こえなかったが、あれ……『死なないで』って言ってたよな。
……どういう意味で言ったんだ?
-5-
道中で変なイベントに絡まれたが、その後は順調だ。予め指定された道順に沿って移動し、[ 四神の練武場 ]専用の転送ゲートに辿り着く。
[ 四神の練武場 ]の入り口は四つ存在するが、今回使うのは前回ユキと水凪さんが使った水神宮殿に一番近い南側の門だ。といっても四つの門で差異はなく、ただ設置してある場所の違いだけらしい。
転送ゲートから中に入ると、そこはかなり大きな広間のほぼ中心部で片隅に休憩所と思わしき建物が鎮座している。広間や休憩所、ダンジョンに繋がるらしき門すべてが以前ここを使用した時と同じような和風の様式だ。四方の壁にはダンジョンへの入り口らしき門が四つ。……何故か四つある。
「入り口が四つって事は、チームごとに用意されたものって可能性もありそうですが。……違うでしょうね」
「そもそも、普通のダンジョンみたいに中でかち合わない仕組みらしいからな。一チームに用意された入り口が四つなんだろう」
違いは分からんが、入り口によって難易度かダンジョン特性が違うか、ただの方向の違いか、あるいは門の先は完全に独立していて四つの個別エリアが存在するなんて事も有り得るだろう。事前説明は受けていないが、本番前には担当の四神から説明があるに違いない。
少し遠いが門を一つ一つ確認してみると、北門、南門、東門、西門の記載があった。方角というよりも区別のために付けたと思われる。一応開かないかどうか試してみたが、当然のごとくビクともしない。ここから先は本番のお楽しみというやつなのだろう。
というわけで、諦めてそれ以外のものを確認する事にする。それ以外のものといっても休憩所くらいしかないのだが、近くまで歩いて行くと妙なものが目に入った。
「なんだこりゃ」
休憩所の建物の脇に、ロープで囲われた事故現場のような場所がある。横に立て看板があって、その表示は[ 罠サンプル ]。一見、囲われた部分はただの床だが……。
「接触型の小型地雷が設置されてますね。無限回廊浅層でも良く見かけるやつです。……なんでしょうか、これ」
試しに踏んでみたりはしないが、ディルクの言う事が本当ならサンプルの名の通り罠があるらしい。
「お前、やっぱり罠感知できるのな」
「解除もできますよ。小規模の罠なら、触れずに魔力操作だけで。さすがに本職には劣りますが」
……マジかよ。アレクサンダーから罠対策のメインはディルクと聞いてはいたが、触れずに解除って……。
「いい機会ですから、ちょっと僕の能力を教えておきましょうか」
ディルクはそう言って、俺の返事も待たずにスキルを発動した。
――――Action Magic《 データリンク 》――
発動と共に俺の視界に変化があった。何もなかったはずの中空に表示される無数の情報。罠サンプルを見れば《 小型地雷:接触型/小規模物理ダメージ 》と表示がある。
一方、ディルクを見れば《 看破 》した時に表示されるような名前とHP/MPのバー。それだけではなく、その数値や本人のステータスと思しきものまで表示されている。視界の隅には俺とディルクの簡易ステータス、右上にはマップのようなものまで……それはどこかで見たようなゲーム画面に近い。
それだけではない。ディルクの周りには、薄らとした光の靄まで見える。……これは、以前ダダカさんから借りた眼鏡で見たHPの膜なのだろうか。手に持つ杖に視線を送れば、< 深緑の叡智 >という銘らしき表示と耐久度や物理属性値まで……。
「こんな感じで、パーティ全体に《 鑑定 》情報などをリアルタイム共有できます。あそこに罠があるって見えましたよね?」
「見えたけど、いや……その……え?」
なんだこれ。常に全体の情報を俯瞰して見れるって事なのか? 反則じゃね?
「僕の知覚で認識したものしか共有できませんから、見破れないようなレベルの《 偽装 》《 隠蔽 》には無意味ですし、範囲も< 地図士 >程度ですけど、メンバーやモンスターの位置関係やHP、状態異常なんかの管理、弱点や耐性情報の共有ができます。なかなか便利ですよ」
「便利ですよって……」
お前……これ、戦闘の概念が根本から変わるぞ。いや、戦闘だけじゃなく、パーティの在り方さえ変わりかねない。
「さっきの嘘発見の情報も共有できますし、本格的に実践してはいませんが、ラディーネ先生の蟲を使って探知範囲を広げる事も可能です。前世が日本人の渡辺さんなら有用なのは分かるんじゃないですか? コンピューターゲームの概念とか、アレって日本から持ち込まれたもののはずですし」
位置関係の把握、パーティ全体のHP/MP管理、罠の共有、アイテムの鑑定結果、どれか一つだけでも戦術が大きく変わる情報だ。RPGに表示されるような各種情報の必要性・有り難みは、生身で戦っていて痛いほど分かっている。多分、ユキならもっとだろう。
「分かり過ぎるくらい分かる。……とんでもねーな、お前」
「これも、使える人が複数人いれば相互にリンクして情報の補完ができるんですけどね。なかなか《 情報魔術 》の適性持ちがいないんですよ。僕だけだと情報回収にも限界がありますし、まだまだ課題は多いんです」
お前はイージス艦にでもなるつもりか。そりゃ天才って言われるし、トップクランから勧誘されるわけだ。
ただ、有用性は嫌になるくらい分かるが、これに頼り過ぎるのはまずいんじゃないのか?
「……お前、これダンマスに止められなかったか?」
「正解。判断は任されてますが、極力広めるなと言われてます。使える人が多くいるならともかく、この精度と範囲になると僕しかできないですから。正論ですよね」
ダンマスの基準なら、個人能力に依存しないと戦えない冒険者は望ましくない。
それで何かしらブレイクスルーが期待できるならともかく、これじゃ必要なのは術者本人だけだ。
「だから、使用頻度は抑えたいところです。使わないとまずい場面では使いますし、活用できる程度の訓練はしますけど」
「そうだな。……しかし、こんなの俺に教えて良かったのか?」
「特に秘匿してるわけでもありませんし、リリカさんやパンダたちも知っている情報ですよ。クランマスターに教えないのはちょっとまずいでしょう。まあ、他にもあるんですが、それは中級に上がってから本格的に説明するという事で」
と言うと、視界の情報が消えた。なんというか、この時点で開いた口が塞がらんな。……これだけでも有用なのに他にもあると。いや、驚くべきところはそこだけじゃない。こいつはセラフィーナの事を切り札と呼んでいるが、これほどの事を容易くできる奴の切り札ってどれだけだよって感じだ。
「ところで、この罠サンプルは結局なんだったんだ?」
「それは僕に聞かれても……」
罠があるという事ははっきりしたが、こんなところに保護付きでサンプルを置く理由が分からない。
続いて、意味の分からないサンプルは放置して休憩所内の探索である。
休憩所は外観もそうだが、中も一部が洋室なだけでほとんどが和室だ。新品の畳の匂いがする。掘り炬燵があったので、これに取り込まれて時間を無駄にしないよう注意が必要だろう。寝室は同じものが七つあるが、多少大きめでも人間サイズである。ガルドはここに入らないだろうから外で寝てもらうしかないな。本人は気にしなそうだが。
寝る必要があるのかどうかは知らないが、七部屋用意されているという事は担当の四神もここで寝るのだろうか。
「ディー君は部屋割りどうすんの?」
「その呼び方はやめて下さい。……部屋割りは揉めそうですね。セラとリリカさんもそこまで仲良いわけでもないし……普通に六人個別の部屋割りにしたい」
「クランハウスでは一緒なんだから一緒でいいだろ」
「……普段一緒だからこそ、別の場所ではプライベート空間を確保したいというか」
イベント的には軽くスルーされたが、ディルクとセラフィーナはすでにクランハウスに引越し済みだ。二人とも荷物が少なく、かなり大きめの《 アイテム・ボックス 》持ちだから、ほとんど退寮手続きと移動だけで済んでしまった。アレクサンダーたちの手も借りていない。
あまり部屋から出てこないのだが、いざ同じ場所で暮らしてみるとセラフィーナは意外と普通の子だった。口数は極端に少ないが人見知りするというわけでもなく、他の住人……特に女性陣とは普通に話しているのを見かける。
俺も彼女のご機嫌を取るために引越し祝いとして家具をプレゼントしたわけだが、カタログを見せて一緒に選んだ際の反応は明るいものだった。選んだのがドギツイピンクの天蓋付きキングサイズベッドだったのも、彼女がまだ幼いから問題ないのだろう。ディルクがそれで寝ているかもしれないというのもスルーしよう。
……気になる問題は、ディルクの姿を見かける事が極端に少ないという事だ。部屋にいるはずなのに出てこない。情報局の仕事もあるし、冒険者としての活動もあるからまるっきりではないのだが、本当に要所要所でしか姿を現さないのだ。一体、あの愛の巣の中で何が行われているというのか。触れてはいけない禁忌の匂いがする。
「引越し祝いのベッドの寝心地はどうだ?」
「アレ、渡辺さんの引越し祝いだったんですか。……大き過ぎて邪魔なんで、いきなり部屋面積を拡大する事になりましたよ。アリガトウゴザイマス」
「いやいや、選んだのはセラフィーナだし。本人は喜んでたぞ」
こいつの場合、GPは余裕あるだろうから部屋拡張しても問題ないだろう。……あと、お礼の言葉はもう少し自然にしたほうがいいな。
「俺が言うのもなんだが、お前色々大丈夫か? ちょっと前に、セラフィーナがサージェスから監禁について聞いてたの見ちゃったんだけど」
「……最初に言われた条件の、部屋数を増やすなっていうのが逆に助かってる状態ですね。あんな部屋作られたら洒落にならない」
「お、おう……」
あんな部屋がどんな部屋か興味あるんだが、ものすごく聞きたくないという不思議な感情が俺の中でせめぎ合っている。……結果、聞かない事にした。
「たとえお願いされても、セラに拡張の権限渡さないで下さいよ」
「あ、ああ。というかさ、もう婚約くらいしちゃっていいんじゃね? 未成年だからちょっと手続き面倒らしいが、ククルが手伝ってくれれば……」
「……そろそろぶっ飛ばしますよ」
「すいません」
マジでキレそうだった。
別にからかうのが目的じゃないから深く突っ込む理由もない。……クラン内の事でも、ウチはプライベートは極力干渉しない方針なのだ。
そんな一見何気ないようで色々問題を孕んだ会話は脇に置いておいて、休憩所の散策は続く。
あまり広くはないが、寝室の他にもリビングや、死亡した場合に転送されるらしき部屋があり、開かない部屋は一部屋だけだった。
チームで使う会議室なども用意されているらしい。そして、その会議室に少し目を惹く物が設置されていた。
「これは……ここのマップだよな」
「多分そうでしょうけど……これは……」
壁一面が巨大モニターになっている。全体的に真っ黒だが、真ん中にポツンと表示された四角、その四角を囲うように何重もの線が引かれている。四角はおそらくここ、休憩所のフロアを意味しているのだろうが、ここのサイズを基準とすると……。
「……相当広いな」
もう一度外に出て測ってみたほうがいいかもしれないが、目算でもこのフロアはかなり広かった。それが、この地図上では点のような四角として表示されている。
「脇に拡大ボタンがありますね」
壁近くまで移動したディルクがそう言ってボタンを操作すると、四角が大きくなった。どこまで拡大できるか試してみると、限界は壁一面が休憩所で覆われる程度で止まる。
縮尺の規模によって表示される情報が違うのか、拡大された休憩所のマップはかなり詳細に描かれていた。その中、現在位置と思われる場所には二つの光点がある。……これは俺たちだ。試しにディルクが一人で隣の部屋まで移動したら光点も動いたので間違いない。
そして、先ほど見た謎の罠サンプルも表示されている。……なるほど。表示用のサンプルだったって事ね。
「縮尺の確認をするために一度この拠点の大きさを調べたほうがいいな」
「いえ、調査済みです。おおよそですが、300メートル四方。この表示の通り、正方形です」
いつ調査したんだよって突っ込みは野暮なんだろうな。しかし300メートルか……それを基準にするならこの広さは……。
「これを1マスとして画面の隅まで埋まるなら、大体1500×1500マス、450キロ四方。迷路として入り組んでる上に、立体構造となると途方も無い広さですね」
「端から端までの直線距離だけでフルマラソン十回分以上かよ」
「……多分、この囲い線が難易度の境界線で、十本引かれているところをみると無限回廊十層ごとの難易度って事なのか……奥まで行くと第一〇〇層クラスが待ち構えている?」
決めつけるのはまずいだろうが、外側に行くほど幅が広くなるから全体の半分以上が最高難易度になる。
だから実際に探索できる範囲の割合はさほどでもない……ように見えるだけだな。一番狭い部分で5マス程度の幅だが、これだけでも結構な広さだ。
「無限回廊基準かどうかは分からんが、線が難易度の境界ってのはありそうだ。時間内の攻略は不可能だろうから、奥のほうは本当に念のために設置しましたって感じなんだろうな」
「……これ、どういう基準で探索された事になるんですかね?」
それは、確かにマップの踏破率を算出する上で気になる基準だな。
「参加者の視認範囲とか?」
「この拠点部分って最初から表示されてたじゃないですか。裏のほうって見てないんですよね。……あ、いや」
と、ディルクは何かを思いついたように再び画面を拡大した。
「やっぱり、さっき開かなかった部屋が表示されてる」
「……[倉庫]だな。消耗品とかしまってるんじゃねーか? ……という事は探索判定は視認範囲じゃねーな」
「ここが最初の拠点って事で別扱いの可能性もありますが、区切られて管理されてるんでしょう。たとえば、どこかの広間に入った時点でその広間全体の構造が地図に表示されるとか。もちろんギミックや罠は別扱いで」
「ゲーム的なマップに近いな。分り易くていいが」
「ラディーネ先生の蟲はこの対象になるのか気になります。使う事は許可されていても、それが探索扱いになるとは限らない」
蟲はアイテムであって参加者ってわけじゃない。構造の調査はできるから明確なアドバンテージではあるが、当たってるなら俺たちは楽になりそうだ。
「もしも、参加者が足を踏み入れる事が探索の判定条件なら、むしろ怖いのはBチームですね」
「ユキと摩耶コンビの機動力は怖いな。別行動してマップ埋めるって可能性もありそうだ。……あいつ、ホバー使うつもりかな」
「ホバー?」
「ホバーボード。水中戦闘用にラディーネが用意した装備の一つでさ、浮かぶスケボーみたいなやつ。結局使ってないけど」
「へえ、便利そうですね。僕も借りられるかな」
「……実物あるから使ってみるか? ちょうど、この建物の外は広いし」
ディルクは俺が何故使わないのか疑問に思っている目をしているが、その疑問は外に出て俺が出したホバーボードに乗ると一瞬で氷解する。
「いや、これ無理でしょう。バランスとれないってレベルじゃなく、そもそも上に立てないですよ」
「だよなー」
宙に浮かんで進むボードといえばイメージは格好いいのだが、実際に乗るとなると困難が付き纏った。
ぶっちゃけ安定性がない。かなり練習した俺でも上に立つのがやっとで、戦闘どころか移動させるのもままならない。ディルクも運動神経は悪くないようだが、乗り始めの頃の俺と同じように転倒していた。
「そもそもこれ、どうやって動かすんです?」
「動けって念じれば動く。足が接地してないと駄目だからまず乗れないと駄目だな。ちなみに俺の最高記録は十メートルだ」
「……まさか、ユキさんはこれに乗れるんですか?」
「乗るだけなら最初から。俺が最後に見た限りではまだ移動も怪しかったが、必要ならやりかねないってのがあいつの怖いところだ」
摩耶はせいぜい俺より上手いって程度だからイベントまでに実用には至らないだろうが、ユキは普通に乗りこなしてきそう。体感した事はないが、車くらいのスピードは余裕で出せるらしいので、もし本格的に投入されたら厄介だ。イベントじゃなく、無限回廊攻略で使えるなら頼りになるからいい事ではあるが、対抗戦に限っては複雑である。
「お前のチームで乗れそうなのはセラフィーナか。ラディーネに言えば貸してくれるぞ。レポート提出は必須だが」
ちなみにガウルも経験者だが、俺より下手だ。落ちないようにボードに捕まってしまうので、お座りした犬のようになってしまう。
「いえ、やめておきます。いくらセラでもいきなり実践は予期せぬ問題が起きそうですし」
それが賢明だろう。乗りこなしかけてるユキがおかしいのだ。あいつはよく俺の事を何やるか分からない不可思議生物のように言っているが、俺から見たらあいつのほうが何やるか分からん。
「ここなら平べったいからローラースケートならいけるかな。でも、ここの外もそうだと限らないし、アレで戦闘するのもな……チャリも検討するか?」
「あの、渡辺さん……そんな冒険者聞いた事がないんですけど」
「変なのは自覚しているが、ラディーネが用意してくれるんだから試すだけ試してみるだろ。実際水中戦闘用の装備は役に立ってるし」
「先生も、予定通りダンジョンの常識をぶち壊しにかかってますね」
実験に次ぐ実験だが、有用なものも多い。それに既成観念に囚われるのが良くないのは、はっきりしている。
武器スキルを膝や口で発動させたりするのと似たようなものだろう。
そうして、[ 四神の練武場 ]で開催するクラン内チーム対抗戦の日がやってくる。
対抗戦後には無限回廊第四十層攻略、リリカの《 魂の門 》、そしておそらくはエリカとの再会も待っている。
だが、とりあえずは三日間、この戦いに集中するとしよう。
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