さて、君は
目黒零郎
さて、君は
その若い人間は夜の繁華街で俯いていた。人間の体は薄汚れていて、食もまともに取っておらず後数日で死んでしまいそうだ。時々、カラスが死体だと思って人間を啄まんと近づいている。人間は街路樹の光の当たらない薄暗い路地に佇んでいた。繁華街の溢れた光にすら照らされないような暗さを感じる。街は帰り行く学生や社会人が多々見られるが、気配の薄さ故か誰の目にも止まらない。
僕は動けない。そもそも動く気なんかさらさらないのだ。付近には、夏の終わりということもあって蝉の死骸が何体か転がっていた。僕もああなるのか。ああなんて哀れな人生だろうか小中高と私は生きてきた。自分でも真っ当に生きてきたつもりだったのだが思い返してみれば特筆すべき点などないつまらない人間だ。友人はおらず、両親は早くに亡くなり学力も運動もままならないような、そんな人間だった。僕は光が恐い。なぜなら、前述した通り僕はつまらない人間だから。自分は陰に溺れていたい、一人でいたい。光に当たってみようとした試みはあった。だが、光に届く前に何者かに手を跳ね除けられる。ああなぜなんだろう。なぜ僕は光に触れられないのだろう。何が足りないのだろう、誰が僕を阻むのだろう。苦しい。僕の存在価値は何なんだろうか。
その人間は目を閉じた。街の人通りは少なくなり、店を閉めるシャッターの音が街のあちこちで響き渡る。人間は依然として動かない。しばらくすると人間の足元には黒いツタのようなものが巻きつき始めていた。まるで何かを阻むかのように。
僕は夢を見るのが好きだ。夢の中でなら自分は輝ける。だから好きだ。ある夢の中で僕は、友人に出会った。「よお、やっときたか」「ずっと待ってたんだからね?」「早く行こうぜ」友人はそう僕に話しかける。夢の中で僕は光り輝く遊園地にいた。太陽や辺りの照明に照らされる。遊園地なんて来たことあったっけ。街で歩いてる人の話とか雑誌でしか見聞きしたことがない。どんなものなのかすらわからないだが、そんな遊園地というものがとても輝いて聞こえた。それが今目の前にあるのだ。僕は友人に連れられて、遊園地内を徘徊する。一番最初はジェットコースター?なるものに乗った。意識が飛ぶくらい早かったがそれでも友人はとても楽しそうだ。それでも僕は怖さの中に楽しさを感じ取れたのに気づいた。それから幾つアトラクションに乗ったかよく覚えていなかった。遊園地を出てからは友人とゲームセンターに向かった。道中何かの視線を感じたが、友人との会話で夢中になっていたため、あまり気に留めなかった。依然として光が眩しい。慣れぬ光と音に驚きながら、僕はゲームセンターでお金を溶かした。4000円ほど溶かしたが取れなかった。、友人との思い出としては4000円など安いか。僕たちは近くにあるレストランでご飯を食べることにした。レストランには大勢のお客さんがいた。僕達のような学生集団や子の誕生日を祝う親子など自分の欲しいものが結集していた。ああ、この夢は幸せだ。僕は友人と恋愛話をし合った。自分のタイプの人を話して共有する。僕は秘密にしたが、とにかく優しくて、僕の知らないいろんなものを教えてくれる人、そんな人がいいなと思った。ああ楽しい。レストランを出て、友人はそれぞれの帰り道へと向かう。僕は友人にまた会いたいと言おうとした。こんな幸せな生活がずっと続いたらな、そう思ったから。だが、言いかけた矢先、友人は闇に消えた。ああ、そうだ。これは、夢だったんだ。
人間は再び目を開けると辺りに人通りは見えなくなっていた。おそらく日は跨いでいただろう。人間は足元のツタに気づいた。だが、動こうともしない。動いたところで意味などないから。もう夢なんて嫌いだ。見たくもない。
そう思っていたのに僕は再び夢を見た。僕はレストランにいた。「さあ、今日はお前の誕生日だからな、存分に楽しめよな」「いっぱい食べて大きくなりなさいね」僕の両親か..?目の前にはたくさんの料理が並んでいる。匂いからしてとても美味しそうだ。これ全部食べていいのかと僕は尋ねた。「ああもちろんさ!食べてくれ!」父は言う。和洋折衷の料理が私の食欲を誘う。僕は思わずかぶりついた。「そんなかぶりつかなくてもいいのよ?食べ物が逃げるわけじゃないんだから」母はいう。ああ何で何だっけ?何でこんなお腹が減っているんだっけ?よく思い出せないや。服は決して高そうなものではなかったが、とても綺麗に洗濯されていた。ああ美味しいな...ん?窓から誰かが覗いてるや、誰だろ?見知った顔なような気がするけど思い出せない。誰なんだろ。しばらくすると誕生日ケーキが運ばれてきた。「もうちょっとで小学校も卒業だな」「来年からはもう中学生だからね、大きくなったわね」毎年食べている誕生日ケーキなのになぜか違和感があったが、食欲の方が勝ったので僕はケーキにかぶりついた。ああ美味しいな。幸せだ。僕は両親からこう言われた「生まれてきてくれてありがとう」。ずっと言われたかった言葉、言われることがなかった言葉。思い出した、ここは夢だった。
再び目を開けたが、相変わらずの暗闇だった。光など遠い。手が届かないのだ。先刻まで、人間の足まで伸びていたツタは体中に巻き付いていた。体の一部は植物となり黒く闇に覆われた。また、眼の前が暗くなる。
僕は起きた。自分の部屋で寝ていたようだ。何かの夢を見ていたのかな。隣には僕の愛するパートナーがいた。「ようやく起きたんだね。ほら、早く行くよ!」どこに行くのかと僕は尋ねた。「寝ぼけて忘れたの?今日はデートの日でしょ」ああそうだった、何寝ぼけてんだろ。外へ出ると日はとっくに昇っていた。今日はいつもより静かだ。不思議なくらい静かだ。何だか誰かに見られている気がする以外はとてもいい日だ。僕は君と手を繋ぎ歩いた。二人で昨日見たテレビ番組について話し合う。今までテレビ番組なんて見る気すらも怒らなかったのだが、君がお勧めしてくれたテレビ番組を見始めてからというもの、四六時中テレビの前でぐーたらとかいう体たらくだ。まあ、それもこれも君と一緒だから楽しい。君の好きなところは、とにかく優しくて、僕に新しい体験をくれるところ。自分にこんな似合う人はいないんじゃないかと常々思う。同棲を始めて数ヶ月、自分の人生は全てが幸せだ。「ここのカフェ、すごく美味しいって評判なんだよ?行ってみない?」自分はカフェになどに対して興味はさらさらなかったが、行ってみることにした。君は、期間限定のパフェを頼んだ。君が選んだものは大体外れがないから同じものを頼んだ。僕たちは未来のことを話し合う。どんな生活をしていきたいか。どんなところに行きたいか。この話している瞬間がとても幸せだ。
カフェから出て、僕達は家の近くの橋を渡る。数年前僕はここで君にお付き合いを申し出た。橋の真ん中で君を呼び止める。僕は兼ねてから用意していた指輪を取り出した。僕は君に結婚してくれと言った。彼女は少々驚いたようだった。しばらくの沈黙の後、君は「是非!」と返事をした。ああなんて幸せなんだ。なんて幸せなんだろう。なんで...現実じゃないんだろう。
夢と現実の見分けもつかなくなり、人間は夢を必死に追わんとする。格闘の末、人間はようやく何かを掴んだ。
ようやく掴めた。ああこれで終わる。ようやく望んだ何かを…ああ違う。これは「闇」だ。途端、僕の体を激しい苦しさが襲う。
人間はもがき苦しんだ。ツタのようなものは体の中まで侵食していった。同時に人間の体は植物と一体化した。ついに、その植物は意識を失った。
僕は動きたくない。ここで朽ち果てていればいいのさ。僕は一人だ。大切な友人も、自分のことを第一に思ってくれる親も、そして僕が一番愛した恋人ももういない。いやそもそもいないのか。もう何も望まない。夢なんて見たくもない。早く朽ちてくれ。ああ、こんな現実もう終わりにしよう。そうして全てを諦めた時、瞼を閉じた時、たった一筋の光が瞼の奥から差し込んできた。
ああまた夢か。もういいよ。どうせ何も変わんない。だが、その夢の中にはそれぞれの夢の中にいた三人の「僕」だった。思い出した。あの夢は僕が見た幸せそうな人々だったのだ。僕は知らない誰かになってその記憶を追体験していたのだ。僕は夢を思い出す...あの時の僕は確かに幸せだった。だが、今の僕はあの時の僕になれないんだろうか?なれないとしてもなぜなれないのだろうか。僕は今まで自分と接する人全てを不幸にさせてしまうと思い込んでいた。自分のせいで他の人を不幸にさせてしまうと思い込んでいた。だけど、本当は...違うような気がする。あの夢の中で、自分は人を不幸にしたんだろうか?否、そんなことはないはずだ。ああ、そういうことか!光を阻むものは...僕だった。勇気も自信もなく、この世の全てに希望を失った僕だ。つまり、光を手に入れるには...耀き希望だ。
突如、植物は動き出した。植物を構成する黒いツタは浄化されて、手足を作り肌の潤いに満ちた人間となった。僕は、新たな僕となった。未来に素晴らしきものを見る僕だ。僕は昇ったばかりの太陽の光に触れる。光に触れ、僕の心は煌びやかに光り輝く。僕は輝ける!僕達は夢を現実にできるのさ!
過去にどんな苦しみがあろうと、人間は前を向ける。希望の輝きを抱ける。そうなのかもな、私は人間を見ていて少しそうだけ思った。暗闇に隠れる私でも...そんなことを思っていたら人間が私に昨夜と全く違う様子でこう話しかけてきた。
「さて君は、どうしたい?」
さて、君は 目黒零郎 @Hasesho33
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