10-3
幼い頃に何度かほっぺにキスしたことはあった。
ふざけて何度もちゅうちゅう、しあったもんだ。
なのにフレックは顔を真っ赤にさせてしまった。
りおだいすきーと何度も何度もしたし、フレック好きだよって何度も何度もされたはずなのに。
涙と共に眦を軽く吸われて、首の後ろ、腹まで熱くなってしまう。
惚けるフレックの眼帯に覆われた右目にも口付けしてから、ヘリオスフィアが左膝を撫でる。
「君は、」
フレックが東部魔境戦線で失った部位を愛でながら、ヘリオスフィアが言葉を詰まらせた。
フレックは答えが欲しいから押し黙る。
潤んだ真っ黒な瞳を、空色の瞳が一心想いを込め見つめる。
「君は…っ…ああ、今、分った…」
そうして再び涙を吸うヘリオスフィアに「な、にが?」分かったのだと言うのだとフレックは答えを急かす。
「君の質問の答える前に私の疑問に答えてくれないかい?」
「なに?」
答えが欲しくてフレックは何、何、と先をせっつく。
そんなフレックの頭を優しく撫でながら、ヘリオスフィアは微笑んだ。
「君が望むものは、一体何なんだい?」
「…」
「君の、望みは?」
優しい微笑みなの追い詰められている。
そして逃げられない。
フレックは左目を大いに狼狽えさせてしまう。
「なんの為に、頑張って、居るんだい?」
にこり、と素敵な笑顔。
優しく頭を撫でられているというのに、フレックは「ぅぅうぅぅっ」瀕死状態の魔物のような呻きを漏らしてしまう。
明かに、困窮しているというのに、ヘリオスフィアの優しい問い詰めは終わらない。
「君は私に何を隠しているんだい?」
見透かそうとする空色の瞳。
確かに優しいのに。
優しいのに。
暴こうと、してくる。
「君の望みは?」
逸らしてはいけない。
余所見も許さない。
その声にも、従わなければならない。
フレックは唇をきゅっと閉ざし、グっと言葉を腹に押し込める。
そんなフレックへ、ヘリオスフィアは、告げるのだ。
「私は君が愛おしい。昔も今も変わらずに、君を愛している」
フレックは一瞬惚け、すぐに蕩け、身体が弛緩して、ヘリオスフィアに支えられる。
嬉しいのに苦しい。
辛いのに幸せ。
何故矛盾するのか。
幸福にして苦痛に塗れるフレックへ、ヘリオスフィアが真っ直ぐな愛情で包み込む。
「愛しいフレック。君は何を望んでいるんだい?」
こじ開けようとするではなく、熱で。
その温もりで。
暖かな気持ちで。
フレックの、固く閉ざそうって決めていた口が溶けてしまう。
「しあわせを」
「誰の?」
「りおの」
「私の?」
「しあわせ、なって、ほしいから」
「…私の幸せ…それには君が必要だよ?」
「おれじゃ…おれじゃ…はっぴーえんど、ならないから」
「どうしてそんな悲しいことを言うんだい?」
「だっておれなんて」
フレックは何をどう説明したらヘリオスフィアが納得してくれるのか、分からなかった。
だって幸せになる筈の、お相手は絶対推奨出来ない女性だったから。
じゃああの日見たあれは幻だったとでも?
違う、あれは、ヘリオスフィアが迎えるべきハッピーエンド。
そう、に、違いないんだ。
じゃないと。
じゃないと。
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