10-2

口を開けて無いだけで体調不良を疑われている、なんて思いもせず、フレックは開けられなかった口をようやっと、開けた。

 

「…ろっか、きょ…」


ヘリオスフィアの膝の上、彼の人の胸へそう言いかけ止める。


「りお」


「フレック…?」


優しい心根のままの優しい声色だった。

こんなのは本来あり得ないのだ。

そう、なのに。

優しい。


フレックは今まで気付かぬふりをしていた。

居心地が良かったから。

有耶無耶でも問題なかったから。

このままで居たかったから。

でも、もう、決めなければならないと。

だってフレックは決めたのだ。

どんな姿形に成ろうと、ヘリオスフォアの傍に在るのだと。

たとえ肉体を失うことになっても、特異体質そのままの魔石に成って遺して、ヘリオスフィアを守るんだって。

だから、きめないと。

関係を。

この、今の、正しい立ち位置を。


フレックはヘリオスフィアのが、好き。

ヘリオスフィアの幸せの為なら。

なんだって。

出来るし、すると、きめた。


だから。


しらないと。

わからないと。


ヘリオスフィアの、本当の、気持ちを。


「どーして、なんだ」


フレックはついぞ触れる問う。

軽々と運ばれながら、全ての疑問の根源に。

薄々、当然、気づいてた。

だからわがままなフレックが、全然まったく言うことを聞いてくれなかった。

フレックはそれらは、騎士としての優しさだと、東部魔境戦線より帰還した者への慰労だと、そう、思うようにしていた。

じゃないとおかしいから。

意味が分からないから。

全部が、最初から。


「どーして、りお、俺に、こんなに、優しく、すんの?」


もっと他人のような反応を扱いをされると思っていた。

今回の件だって、きっかけはフレックを愚弄されたからなんて。

優しい騎士の度を超えている。

いくら最後通達を握っていたとしても、やり過ぎだ。


そう、なんだ。

全部、やり過ぎだ。

過剰なまでの、慰労。

不必要な、介助。

そう、なんだ。


再会したあの日から、ずっと、ずっと。


「ずっと、ずっと…リオ、なんで、俺に…優しいんだ…?」


ヘリオスフィアは、優しかった。

全部、優しかった。

今も優しい。

それは騎士だの慰労だの、超越した、特別な。

そう、特別な。

気持ちが、籠もった。

違うだろフレック。

わかってるだろフレック。

ヘリオスフィアのことを一番わかってるだろ。


フレックは、ヘリオスフィアを、見上げた。

見上げた双眸は、優しい空色。

フレックはそれだけで、もう、わからせられてしまうのだった。

それは全然、苦くないのに、フレックは顔をこれでもかと歪ませた。


「俺はもう、りおの、婚約者じゃ、ないのに…」


白紙と言ったのはヘリオスフィアだ。


「どぉして婚約者みたいな、こと、ばっか、すんだよぉ」


指輪を外し、外せと言ったのはヘリオスフィアだ。


なのに。


「変だよこんなの…」


まるで変ってない。

なにひとつ変わってない。

甘やかして優しくて特別で親切で。


「俺とりおは、終わってるのにぃ…」


あの日終わった。

糞屑になって切り捨ててもらった。

なのに。

なのに。


「あったかい、まんまだよぉ…なんできらってないの…へんだよ…」


ああ、変だ。

こんなのおかしい。

どうしてなんだ。


どうして?

どうして?


彼方の温度、失われてないの?


温かいままなの?


糞屑に対して訪れるべき絶対零度の、温度の無い対応が。

一度も。

無かった。

ないなんてもんじゃない。

変わってないのだ。

変わってないのだ!

変わって、ないのだ。


ああ、変わって、ないのである。

ヘリオスフィアの愛情が。

右目の端から涙がこぼれる。

我慢したけど無理だった、好きだから。


ヘリオスフィアは瞠目、それからそっとフレックの頬に手を添えて、


「ああ、フレック…君は…」


拭うでもなく六花とするでもなく、囁きながら涙を吸うよに口付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る