9-5
テラス席から食堂へ飛び出して、つんのめって踏み止まったフレックは少し冷えた空気に舌打ちした。
いや、ここでひとり憤慨しててもしょうがない。
フレックは右足を引き摺って、両腕を振って歪に歩き散らす。
「あれって…例の…」
「ロッカ卿大丈夫かしら…」
「なんか寒くないか?」
関わりのない生徒の話声の中に、いくつかフレックの耳に聞こえるものがあった。
聞こえるだけで精査出来ない考えてる場合じゃない。
人にぶつからぬようにようやっと辿り付いた食堂出入り口、大きな扉を両手で開ける。
綺麗な廊下、冷たい、空気が、フレックの頬を撫でて消えてった。
フレックは奥歯噛み締め遮二無二両足両手を動かした。
何処へ?
決まってる。
魔力が渦巻いている方へ。
新校舎の構造をフレックは知らなかった。
本当は食堂に居るはずのヘリオスフィアが、何処に居るのかも、知らない。
だからフレックは、東部魔境戦線で鍛えられた魔力感知で以てして、ヘリオスフィアが居る方へと歩き出す。
だって魔力が。
ヘリオスフィアが創り出してしまっている魔力が。
凍てついた魔力の奔流が。
あっち。
あっちだ。
光るものが飛び交い始める。
ああ六花。
六花よ。
咲くな六花よ。
もうこれ以上はもう。
フレックは涙を滲ませ、足を動かす手を動かす。
走れない身体が初めてもどかしいと思った。
ひとつしかない眼が初めて頼りないことを知った。
もどかしい。
今更なんでなんでと。
もしも、特異体質が無かったら。
フレックの怪我は本当は軽症で済んだ。
特に足は、元通り、走れるような怪我だった。
けどフレックは、魔力を吸収して無効化する特異体質だったから、それは接触したら必ず起こる現象だから。
治癒魔法は無効化され続けた。
それでも医師達はフレックに魔法をかけ続けてくれた。
もういいよと、フレックが諦めても。
彼らは諦めず治療し続けてくれたのだ。
だからフレックは自分に出来ることをした。
そうしなければ、ならないと思ったのだ。
最大限を振り絞ってくれた仲間に、報いならければ。
救われた恩を、返さなければ。
フレックは最大限。
出来ることをする意義を。
そうだ、馬鹿。
特異体質の所為で不自由な体になったけど。
特異体質があるから、フレックにしか出来ないことが。
だから急げよ。
嘆いてる場合か。
やらなければ。
たったひとつ。
唯一出来ることをしに急げよフレック。
六花が、舞う、舞う。
その量が増えていく。
さながら雪の妖精のように。
さしも雪の如く。
まずは空気から。
周囲の床や壁が。
凍っていた。
一面白景色。
魔力の吹雪で光は飲まれ。
白、白、純白の世界に変貌していく。
もはやそこは魔力によって生まれ出でた凍の世界。
ひたすら突き進んだフレックには、ここが一体何処なのか、分からなかった。
でも何処に居るのか。
それは分かって。
フレックは知らずに中庭に出る。
そのまま小さな演習場へ向かう。
そこは関係者ならいつでも気軽に使用して良いとされている、魔法を駆使する専用の場所。
だから頑丈な結界が貼られていた。
ああなのに、結界すらも凍ってしまっていた。
キュウキュウ音を立て壊れそうになってしまっていた。
だって魔力が。
膨大な魔力が。
底など無い魔力が。
だから演習場は凍っていた。
なにもかも凍っていた。
空気も凍っていた。
白が。
凍の白が。
フレックは必死に右足引張り一点を注視する。
まだ彼の目の前は白。
何処までも白。
でもフレックには、みえていたかんじられていた。
凍てついた世界だとしても、これが仮に真逆の業火の中でも、フレックは変わらないだろう。
だって所詮はこれは魔力から出来た世界。
魔力を吸収して無効化する特異体質のフレックには、おそろしいもの場所じゃなかった。
そう、寒いのなんてへっちゃらだった。
だって身体に触れた瞬間、無効化、消え去ってくんだもん。
引き摺って踏み出す足取りの方が、よっぽど怖いさ。
だからその顔をやめて。
凍てついた世界で、そんな顔、しないで。
フレックは、叫んだ。
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