9-4

指の腹、もう覚えた指輪の形頭の中に思い描きながら、フレックはふと気付いた。

最近は御守りの指輪に頼ることが無かったな、と。

それはそうだろう。

なにせここは中央。

東部魔境とは比べ物にならぬほど安心安全だ。

それでもフレックは必要になるだろう、と思っていた。

あちらと、こちら、違う忍耐が必要だと、そう思っていた。

東部では毎日縋った。

眠る時は握りしめた。

無くさないようにと、日々その存在を確かめ続けた。


なのにどうだ。


フレックは、ヘリオスフィアに、守られている。


フレックはそれを予想だにしてなかった。


当然だった。


自分は、糞屑。


婚約は、破棄。


あの日、終わった。


置いてかれた指輪を御守りに生きて行くんだと。


そう誓ったのに決めたのに。


こちらに戻ったら。


ヘリオスフィアに、守られてる。


指輪の存在を忘れるくらい、守られてる。


それに対してフレックは、逆らえない立場だからと言い訳して甘えて居座って楽しんでいた。

こんなの間違っているのに。

ヘリオスフィアの負担でしかないのに。

多分本気でお願いすれば、断れば、何もかもが普通になるだろう。

なにせこちらは元婚約者。

糞屑の元婚約者。

東部魔境の平和協定に貢献したとしても、過去は変えられない。

あの頃には戻れない。

なのに、まるで婚約破棄なんて無かったような時間を、共に、過ごしてる。

フレックにとっては夢のような。

けれどヘリオスフィアにとっては?

憂いなく生きてゆく為の伴侶が、不在。

聖女は駄目だ。

彼女は駄目だ。

他の候補は?


恐くて、聞けない。


だってフレックは。


やっぱり。


ヘリオスフィアが好きだから。


いつまでもいつまでも、こんな風に傍に居て、文官として支えられたらと夢を見る無理なのに駄目なのに我が儘め。


いつか、おわる。


卒業。


うんそう。


そうだ。


考えておかないと身の振り方を。


ああ、痛いなぁ。


古傷じゃない。

身の内が。

逃れられぬ。

現実と同じで。


喚いて蹲りたくなる。


どうしてこんなことを考え始めたのだろう。


言い知れぬ、不安が、ざわざわと庭木揺れる緑から漂ってくる。

フレックは服の上から指輪を握り締めてしまう。

何故?

なんでだろ。

どうしてこんな、感じたことの無い不安に襲われているのだろう。


「…遅く、ないか?」


指輪の縁を指で撫でながら呟く。

時間を計る物を身に付ける習慣が無いフレックは、体内時計がわりかし進化していた。

いくら食堂が混んでいても、こんなに時間が掛かる筈、無いのだ。

何か問題が起きたのだろうか。

騎士としての緊急任務が?それならヘリオスフィアの同級生の誰かが報せに来てくれろうだろう。

じゃあ、なにが?


不安に拍車が掛かる。


正体不明の不安で顔を顰めたフレックの鼻先、光るものが。


「あ」


フレックはすぐに消え去ったそれが何なのか理解して、勢いよく立ち上がった。

椅子がゆっくり後ろに。

倒れる。

大きな音、テラス席響いた時にはもう、フレックはそこに居なかった。

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