5-6

翌朝、挨拶もなく馬車に乗せられた。

無言の移動のまま業務が開始された。


授業が始まる時間になり、ヘリオスフィアが席を立つ。

このまま、こういうまま、そうなる、それが理想で望み。

だけど、胸が張り裂けそうなほど痛かった。

もしかして、なんて思わないようにしてた。

もしかして、やり直せる、なんて。

それはわがままフレックが消えてないのだから、微かな望み持っていたということで嘘だ。

ばかでおろかでくそくず。

フレックは、東部がとてもとても、愛おしいと俯く。


「フレック」


「はい…」


雇い主と雇われ者。

だから素早く歯切れ良く返答す。

苛烈な戦線で鍛えられてて良かった、と。

腑抜けて泣くわがままフレックを後ろに隠して取り繕う。


「これを」


愛想笑いを浮かべるフレックに、ヘリオスフィアが真っ白な杖を差し出した。

純白艷やかなそれには、銀の装飾が施されていた。


「え、えと…これは…杖…?」


明らかに一点物にして高級であることを、その造形美が教えてくれた。


「魔族領域の魔境に棲む古龍の骨で出来た杖だ。装飾も中央向きだ。其方の黒杖も良い物であるが、君を守ることは出来ない。此方には守りの術が付与されている。外的からの攻撃を反射するという元の性質も残されているし、とても丈夫だ。使ってくれ」


「…はい…あ、ありがとう、ございます。大事にします…」


手渡された白い杖はとても軽かった。

ヘリオスフィアが持ち手の先に付いている紐をフレックの手首に回し金具を留めた。

手首にぶら下げても重さを感じなかった。

特異体質のお陰で、魔力感知だけは優秀なフレックは頼もしい気配を感じ取る。

古龍の強さ、付与された守りの堅さ、どちらも魔境戦線で通用するものだ。

信じられないほど素晴らしい贈り物に、フレックは六花の紋様刺繍された紐と装飾を眺める。


「…ところで、この古龍、誰が討伐したんですか?」


古龍と言えばあの元ボスでさえ、喧嘩するの面倒いと戦闘避ける魔獣だ。

それの討伐だなんて、一体何処の騎士団が?それとも特別な討伐隊?

なんにせよ、穏やかな話ではない。


「私だ」


「え」


はっきり名乗り上げられたフレックは、


「え」


騎士装飾に身を包んだ、勇ましきロッカ卿。


「な、」


空色の眼光で古龍と対峙し、やすやすと平伏せさせる。


でも、それは、ヘリオスフィア。

心根優しいヘリオスフィア。

本当は氷の魔力なんて好きじゃないヘリオスフィア。

そんなヘリオスフィアが戦う姿を想像し、フレックは目を剥いた。


「なんでリオが魔境に行くんだよ!危ないから行っちゃ駄目じゃん!魔族領域の魔境なんて一番ヤバイじゃん!東部よりヤバイんだよ!わかってんの!?次は行ったら駄目だかんね!!」


「…ふふ」


目一杯力一杯抗議してしまったフレックは、少し嬉しそうに微笑むヘリオスフィアを見て顔を青ざめた。


思わず本音が爆発してしまった。

だって魔境は、本当に危ないのだ。

ヘリオスフィアが強いと知っていても、その強さが通用しない場面生まれる可能性があるのが、魔境だ。

だとしても、こんな特大の感情を不躾なぶつけてよい、関係ではない。

そう、そんな関係じゃない。

フレックは慌てて頭を下げた。


「あ、え、あ、しつれいいたしました!」


「ふふ、心配してくれてありがとう。そう私を想ってくれるなら、この杖を肌見放さず持ってくれ」


「は、はい!」


「これを手放してよいのは睡眠時だけ」


「は、はい…」


「持って無い事は私に伝わるから」


「え、え?」


「約束して?」


「えと」


「走ってもいけない」


「その」


「出歩く時は私と共に」


「あ、ぇ」


「いつも、傍に」


「え、え」


「約束、して、フレック」


最初は真剣な眼差しだった。

次第に有無を言わせぬ圧。

空色の瞳に抗えぬ光が宿ったから、フレックはコクリと頷いてしまっていた。


「あ、あ、うん約束するリオ」


「良い子だ」


よしよしと頭を撫でられたフレックは、白い杖がもの凄く重たく感じたのだった。

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