5-5















「フレック?」


フレックはようやく救われると安堵した。

大きな声を出そうとした。

その為にじっとして体力を取っておいたのだ。

なのに、重さで声が出ない。


「フレック?どこに?…フレック」


勝手に帰ったなんて思わないで。

フレックは最悪を想い描いて声洩らす。


「ろっかきょぉろつかきょぉぉ…」


ああ刺さる。

痛い。

重い。

苦しい。

助けて、ヘリオスフィア。


「フレック、どこだ!っ!フレック!!」


木造の床伝い、足音が近づいてくる。

ここだよって言いたいのに、重みでもう声が出せない。


「フレック!」


だけど、すぐさま重さが消えた。

苦しみも消えた。

痺れはまだある。

痛みはまだ残ってる。


「ああ、君は、どうして…」


悲しそうな、辛そうな、そして腹立たしいとばかりに顔を歪めたヘリオスフィアに、フレックは抱き上げられた。

あたりには黄ばんだ紙が散らばっている。

資料を魔法で吹き飛ばしたようだ。

ぐしゃぐしゃと踏みつける音が聞こえた。

大事な、資料なのに、と。

思っても、フレックは何も言えなかった。


「もっと、自分を、大事にしてくれ」


東部魔境戦線、その前線は本当に死と隣り合わせだった。

フレックは文官なので前線に行ったことはない。

ないけれど知っている。

前線に行ったら無傷で帰って来るなんて出来ないことを。

だから医師と衛生兵はいつも忙しそうだった。

何度か手伝ったこともあった。

だから、知っている。

見たのだこの眼で。

たいして強くもないのに前線に出続ける兵士に、想いを寄せてる衛生兵の眼差しを。

生きて帰って来てくれと、伝えた声と眼差しを。


同じだ。

あの衛生兵と。

ヘリオスフィアの声と眼差しが。


それは弱きを守る心から生まれたものだよって、冷静なフレックが叫ぶ。

ちがうよちがうよぜったいちがうよ!って、わがままフレックが主張する。


「ごめん、なさい」


結局は謝罪しか言えなかった。

何が正しい反応なのかヘリオスフィアの真意がとか、もう考えられなかった。

ただ、ただ、申し訳なかった。


「あの日も、そうだ」


あの日とは、きっとあの日。

あの日から変わった。

全部変わった。

そのつもりだったのに。

どうしてなのかと、疑問の種が芽を出す千切る。


「ごめん…」


「今日はもう帰ろう」


「うん…」


そう言ってヘリオスフィアは治癒魔法を掛けながら、フレックを運んでいく。

本当にこのまま帰るのだろうかと、散らかった床をちらり一瞥。

するとフワフワ、紙が宙を舞って集って重なって、資料棚に元通り収まる。

ああ、こんな、魔法も使えるようになっているのだと。

ヘリオスフィアの優秀さに、申し訳無さばかりが募った。



いつもは少し会話のある馬車の中、今日は気まずい空気で息苦しかった。


いつもはフレックが、入力した文書の機密に当たらない部分が面白かったと話、ヘリオスフィアも授業のことなど、他愛無いおしゃべりが出来ていた。


いつも。


そのいつもが、脆く儚いことを一番よく知っているはずだった。

すぐに失われる。

この関係だって、仮で前のようなものじゃなく。

なぜいつまでも、どうしていつも、いいや、これからもと、と。

簡単に思ってしまう自分の楽観的な性格に、フレックは心底嫌気が差していた。


「その杖は」 


おもむろに、と言った様子でヘリオスフィアがフレックが握りしめていた黒杖を見つめ問う。


「は、はい…」 


ヘリオスフィアに話し掛けて貰った。

それが単純に嬉しくて、フレックはいつもは抑える喜色を浮かべてしまった。


「誰かからの、贈り物なのだろうか」


対してヘリオスフィアの温度がやや下降気味で、冷気感じたフレックは身震い。

それでも応えなければと、口を動かした。


「こ、これは魔境の元ボスがくれたんです」


「愛着が?」


「じょ、丈夫なので…」


そうか、と言ってヘリオスフィアは黙ってしまった。

そしてそのまま言葉無く、玄関ホールまで送られる。

また明日、もなく去ってしまう。

それが当然なのに、すごくすごく淋しくて、フレックは久しぶりに泣きながら寝た。

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