4-9
旧校舎も奥の奥、重そうな木の扉を開けて通された先は、赤絨毯敷かれた上品な執務室であった。
カミオカンデ王国の紋様が刻まれた黒机は古びてはいるがしっかりしており、内装も時代を感じさせるが上品さが窺えた。
「ここは旧生徒会室だ。本来は生徒会長室だったんだが…こちらへ来てくれ」
フレックは支えられるがまま、部屋の右手へと足を進めた。
そこには所狭しと本棚が並べられており、ぎゅうぎゅうに資料が詰め込まれていた。
「これは、すごい、で…」
奥へと連れられたフレックは絶句した。
その本棚資料だらけの部屋右奥に、資料室とプレートが付いた扉があったからだ。
ヘリオスフィアも無言でその扉を開ける。
「わぁぁ…」
古い紙の匂いがした。
あまり良い匂いではない。
本来の資料室だからかとても暗い。
東部魔境戦線を知っているフレックは怖いとは思わなかった。
けれど元の本棚の収納能力を遥かに超えて収められている資料から、言い知れぬ不気味さをフレックは感じ、小さな呻きをもらしてしまった。
「フレックの主な業務はあの資料の整理記録だ」
ヘリオスフィアと共に執務室へ戻ったフレックは、黒机に対してL字になるように置かれた机の椅子を勧められ、大人しく座った。
少し疲れていたのだ。
色々あったし目的地はまさかの旧校舎最上階最奥だったし。
介助されながら座った椅子はとても座り心地が良く、肩に掛けていたヘリオスフィアのマントは膝に掛けられてしまう。
フレックは流石にそれは不味かろうと慌てたが「足を冷やしてはいけない」ヘリオスフィアが優しく膝を撫でて来るので何も言えなくなってしまった。
「旧校舎は取り壊しが決定している為、廃棄出来る資料は記録板に保存することになった。しかしこれを扱える者はまだ多くない。教育をするにしても知識も経験も不足している。廃棄は急務の為、資料整理をフレックに一任したいと私は考えている」
フレックは自身が採用された理由を理解し、納得の首肯を繰り返した。
ワースワース領で開発された記録板。
それは画期的な文書整理保存が可能な魔導具。
紙にインクで文字を書き込みそれを紐で綴り資料として保存、というのがこれまでの文官の仕事であった。
その資料室の整理管理も同様だ。
ところかわってワースワース領、東部魔境戦線、その官舎はつねに襲撃、出火の危険があった。
文書が書き終わった途中で、まだ使える白紙が、そして大事な資料が、消し炭になる悲劇が発生し続けた。
そこで生まれたのが記録板だ。
文書基本サイズと同じ大きさの、厚さにして約2ミリ。
薄い軽い丈夫、そして燃えない鉱物素材のボディ。
記録板を起動させ、文字入力画面にて文書を作成保存すれば、本体が無事な限り失われることはない。
きちんとした手順を踏めば保存専用板や別記録板に共通保存可能。
失われ続けた紙文書への妄執が生んだ最新魔道具である。
フレックは東部魔境戦線で当然と記録板を使っていた。
記録板は特殊な素材を使用して制作されている為、普及率はかなり低い。
カミオカンデ王城内でも、最近導入が決まったとかなんとか。
そうなると、言われれば、カミオカンデ王立学園内において自分が一番記録板を使いこなせる自信がフレックにはあったので、期待に対する返答も元気よく出来た。
「委細承知いたしました。お任せ下さい。素早い文書入力は東部魔境戦線で散々とやってきましたから」
ヘリオスフィアが労わる様にフレックの両肩を撫でる。
「ありがとうフレック。資料は私が運ぶから、君は入力に集中してくれ」
そう言ってからヘリオスフィアが真新しい記録板を机の上に置いた。
「分かりました…あ、これ、最新型ですね」
「ああ、説明しよう」
「いえいえ、基本操作は変わりませんので不明な点は説明書を読めば大丈夫なので」
「フレック」
どすん、と資料の束を机に置いて、ヘリオスフィアが優しく微笑んだ。
「私が説明する」
「え、えと、お手間取らせてしまいますので…」
フレックは早速仕事を勧めよう、と資料に手を伸ばすがヘリオスフィアが上から抑えて引っこ抜けない。
なんて意地悪を、と見上げるが微笑みが増していた。
「いいから、私の説明を、聞け」
曲げないが全面ヘリオスフィアに、フレックは「…わかり、ました…ぁ」本当に説明書貰えればいいのに、と思った。
だって予想通り隣に座って肩を触れ合わせて、懇切丁寧に最新部分を説明してくれたんだもん。
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