4-8
チェカ女史が下がった温度に震えている。
「追放ではない。言葉を間違えぬようにチェカ嬢」
知性を敬う敬称からただの嬢という敬称へ。
その変更は、ヘリオスフィアの中で彼女への友諠が格下げになったという証拠だ。
フレックは知っている。
ヘリオスフィアの下がった好感度が上がることは二度とないことを。
今身をもって理解しているからこそ、この冷たさは身に沁みた。
チェカ嬢しっかりしてくれよ!と思っても口に出せる立場に無いフレックは「さぁ、行こう」優しくヘリオスフィアに介助されながら歩き出すことしか出来なかった。
立ち去るふたりにチェカ嬢は「ま、まってください!」食い下がろうとした。
けれど「話は以上だ。失礼する」氷の剣で会話を断ち切られ立ち尽くし、どうしてなの?と問うような視線をフレックへ向ける。
フレックは応えることは出来なかった。
ヘリオスフィアの傍に元婚約者である自分が居る現実に、ずっと、どうして?と思っているのだから。
ヘリオスフィアは歩く速度は上げぬまま、先程の女生徒はとフレックに説明し始めた。
同級生ではあるが学科は魔導具科で、ヘリオスフィアのような特異体質のデメリット部分を解消する魔導具開発を専攻している。
その為、試作品の実験に付き合っていた、と。
友人未満顔見知り程度でしかない。
フレックにはそう聞こえた。
婚約者候補でもなんでもないと、釘を刺しているようにも感じた。
つまりは元婚約者如きがあれこれ考え余計なことをするな、と言うことだと。
フレックはチェカ嬢は、ヘリオスフィアの知り合いでしかない、と。
認識したらホっとしたのはわがままフレックだ、と。
そうなんですねわかりました、と。
必死になって理解を示し愛想笑いを浮かべた。
そんなフレックの、どこがどう気になったのか不明だが、ヘリオスフィアが眼帯近くの髪を櫛る。
「フレック」
「うん…、ぁ、はいっ」
チェカ嬢とのやりとりがまるで嘘のような柔らかな反応に、フレックは勘違いしてしまった。
だから慌て取り繕って作り笑顔。
「言い忘れていた」
なにを?と首を傾げるフレックに、注ぐはどこまでも柔い空色。
「おはよう、フレック」
その口調と面差しに、フレックは思い出す。
幼い頃、わがままを言っては一緒に寝て起きた時の顔と声。
朝一番におはようって言って欲しいって強請ったら、ヘリオスフィアは勿論良いともと言って叶えてくれた。
なんでも叶えてくれた。
怖い夢見たくないからって手を繋いでくれた。
お揃いの寝間着が欲しいって言ったらプレゼントしてくれた。
なんでも、ヘリオスフィアは、叶えてくれた。
幼い日々の思い出に混ざってわがままフレックが、おはよ!リオ!と元気なご挨拶をしたがった。
けど、文官ながら死線を乗り越えてきたフレックが言い含める。
ヘリオスフィアが優しいと感じるのは、彼が優しいからだ。
庇護すべき対象であるフレックに、騎士として優しい。
ただそれだけ。
分かったな?わがままフレック。
わかれ、わがままフレック。
本来の自分を上手に封じ込め、フレックは落ち着き払って言葉を紡ぐ。
「おはようございます、ロッカ卿」
「…」
なんでか不機嫌な気配滲まされたが、フレックには理由慮れず、もうすぐだと言う騎士に支えられ歩くしか出来なかった。
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