4-5

離れてしまうのがヤダってわがままなフレックが密着の続きを求めた。

賢いフレックが「ありがとうございますニューノ様」とちゃんと社交辞令出来た偉い。

ところがヘリオスフィアがふー、と長い溜め息を吐いた。

つまりこれは今の返答に問題があったということで。

フレックは弱き者の体を労るのは騎士として当然なのだから勘違いしないようにと、馬鹿な自分をきちんと叱った。


ヘリオスフィアは御者から杖を受け取り、フレックには返さず自身の空間収納魔法の領域へと仕舞ってしまう。

杖が無いと歩行に不安なフレックは、おしゃれステッキではなく実用的な、と説明する前に、ヘリオスフィアがうやうやしく手を取り腰を軽く抱く。


「え、あ、の?」


完璧なエスコート態勢に、フレックは自分が今どのような立場なのか分からなくなってしまった。

これは東部で死にかけているから見ている最後の素敵な幻影?

答えを求めヘリオスフィアを見つめると、空色の瞳が優しくフレックを見つめ返してくれた。


「降りなくて良い」


「え」


「無理をしてはいけない。明日からは馬車に…いやトリノ邸の玄関ホールで待機していてくれ。私が迎えに行く」


「え、えと…」


「分かったかい?いいね」


曲げないとこは曲げない。

馬車を降りて邸へ入るようにと言うのも、これから補佐に入る者故確執は無いとアピールする為だってのは、解かってた。

今も、足が悪いのなら介助するから待ってなさい、と言う意味。

曲げないとこは曲げない、それはいつもフレックを想ってのやつ。

昔から変わらぬそれに、フレックは弱弱しく頷いた。


「かしこまりました…」


よろしい、と言わんばかりにギュッと手を握り締められたフレックは、大きな手に知らない婚約指輪が無いことに、安堵してしまって、自分のどうしようもなさに、泣きそうになった。



手を取って腰を軽く抱く。

そのエスコートのままに校舎へ入ったフレックは、ひとつ階段を上ってから周囲の視線も相まって口を開けた。


「えっと、ロッカ卿、その、ひとりで歩けますので」


ふー、とヘリオスフィアが再び長い溜息を吐いた。

フレックは先ほどの反応から、家名であるニューノ様と呼ぶのが気に食わないのだと思い、今度はヘリオスフィアを敬称で呼ぶことにした。

ロッカとはヘリオスフィアが生み出す氷の結晶が東方にある6枚の花弁紋様『六花』に似ていることから付けられた、ヘリオスフィアの騎士名であった。

幼い頃呼ぶことを許された『リオ』は特別な愛称。

名前の『ヘリオスフィア』は家族や友人、親しき者が呼べる。

家名の『ニューノ』は貴族としての敬称であり、彼より爵位が低い貴族は基本『ニューノ様』と呼ぶのが常識だ。

そして『ロッカ』は、ヘリオスフィアを騎士として敬う者が使用して良い敬称だ。

ヘリオスフィアはカミオカンデ王国最年少で騎士名を授かった者とあって。その見目と清廉な様も相まって、小さな子供から異国の翁まで、親しみを込めて『ロッカ卿』と呼ばれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る