4-2

トリノ家の小さな邸に不似合いな程立派で美しい馬車が門前に止まっていた。

御者のひとりが頭を下げて待機していたので、フレックは速やかに馬車に乗ろうと駆け寄った。

転びかけ、御者に「焦らないでください!」と叱られた。


穏やかな馬車道をニューノ家の馬車が走っていく。

朝の日差しで輝くその車内に、もしや噂の氷の貴公子が居るのでは?と見た者は視線を向けた。

けれど窓にはカーテンが、残念だったねって子を連れた母が笑った。


フレックは自分が見えないようにと考慮してカーテンを閉ざした。

元婚約者が乗っているなんて、どんな噂好きに見つかって、風に乗せられほら吹き放題されていまうか。

ヘリオスフィアに迷惑が掛かるのだけは嫌だと、薄暗い車内じっと到着を待った。


暫く走ってから馬車が停まり、御者が到着致しましたと知らせてくれた。

フレックは了解の旨を伝えヘリオスフィアがやって来るのを待った。

所がいくら待ってもヘリオスフィアがやって来ない。

カーテンの隙間から伺うと、門前には門番が2人居た。

彼らが馬車の到着の報せを邸へしたのは表情から見て取れた。

ちらちら馬車と邸とを見ては、相方に何か目線で訴えている。

それはきっと、何でフレック・トリノなんて補佐に選んだだろうな、というあれだ。

フレックは御者も戸惑っていたのを思い出し、長く深く溜息を零した。



舟を漕ぎ始めたフレックの耳に、おはようございます、と挨拶を交わすのが聞こえてきた。

慌て居住まい正すフレックを他所に、御者が馬車の扉を開け、階段をさっと用意する。

ほどなくして馬車にヘリオスフィアが乗ってきた。


「何故、降りてこなかった」


おはようございます、という挨拶をフレックは飲み込んでしまった。

ふたつの理由で絶句してしまったからだ。

ひとつは、ヘリオスフィアの装いがあまりにも素晴らしく過ぎて。

もうひとつは、ヘリオスフィアの謎の怒りで。

前者は夢に見た通りの学園の制服姿で、しかも魔法騎士所属の証である簡略化されたマントを肩に掛けていて、おしゃれなネクタイピンやカフスがお似合いで、言葉に出来ない。

こんなに素敵なヘリオスフィアに、幸せな結婚相手が居ないのは世界が狂っているからだと、フレックは憤りさえ感じていた。

で、後者。

何故怒られているのか、理解出来なかったのだ。


「ここでお待ちすべきかと」


「どうしてそう判断した」


「私にあの門をくぐる資格はございません」


まったくその通りなので、むしろフレックがヘリオスフィアを叱りたくなっていた。

でもそんなこと出来ないので、フレックは正論で反発するしかなかった。

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