3-4
見上げたそこには、夢で見た通りの素敵な背高のひとが居た。
胸が高鳴る空色の瞳。
氷の貴公子と言われるに相応しい涼やかな御顔。
鏡面する白銀の髪は清潔に整えられている。
落ち着いた紺色の生地に銀の糸で剣と盾の刺繍が施された、騎士のみが着用を許されている礼服を身に纏うその姿に、フレックは一瞬言葉を失った。
「り、へ、にゅ、ニューノ様、あ、ありがとうございます」
反射で愛称を、次に名前を呼んでしまいそうになった。
急ぎ飲み込み愛想笑いを浮かべる。
なのにヘリオスフィアが両目を見開いたまま問う。
「何故こんな大怪我をしている」
感情の揺らぎを必死に押し殺した声色に、家族が説明したのでは?とフレックは思った。
「生きているので大怪我じゃあないかと」
戦線での大怪我とはすなはち瀕死を指す。
だからフレックの負傷は、戦線では軽症扱いだった。
それが常識になっていたフレックを、ヘリオスフィアは信じられないといった様子で、そっと潰れた左目に触れた。
潰れてしまった目玉を再生する魔法は厳密には存在しない。
出来るとしたらそれは能力の高い聖女だが、東部の魔境戦線には見習い聖女すら居ない為、衛生兵による必死の治癒で傷をなんとか塞いだ塞いだフレックの左目は、以来ずっと閉ざされ歪んだ傷跡を晒し続けてきた。
それが普通だったフレックには、ヘリオスフィアの反応が不思議でしかなかった。
フレックをそっと座らせ、対面のソファに腰を下ろしたヘリオスフィアが、改めて変わらぬ事実を確かめる。
「片目が、潰れることが大怪我でない、と?」
座っても足が長いのがよく分かる。
絡んで転びそうだなぁとフレックは思った。
それから本当に素敵な青年だ、自分なんかが婚約者だったらさぞや不幸だったろうと、婚約破棄出来た自分を褒めてもいた。
「戦線ではそうなのです」
「……文官での派遣だった筈だ。身の安全は保障されていると」
「身の安全は保障されていましたけど…?」
ヘリオスフィアがやり場の無い感情を顔に皺として刻んでしまった。
怒っているのか苛立っているのか。
戦線への恐怖か。
フレックには分からなかった。
「…君は、文官として優秀だ。明日から私の補佐をしてくれ」
本当に雇う気なのだと、言葉にされたフレックは焦った。
「そ、そのお話ですが、私には荷が重いかと愚考致します」
「君に拒否権は無い」
「え、う、でもっ」
ニューノ公爵家に、しかもヘリオスフィアに過去迷惑をかけた自分が逆らえないのは分かっている。
けれど元婚約者を補佐なんて、ヘリオスフィアに良からぬ噂立ちまた、いや、更に迷惑をかける未来しかフレックには見えなかった。
何か説得の言葉をと思ったが、
「話は以上だ。明朝迎えの馬車を出す。一度の私の邸へ来るように」
そう言って、ヘリオスフィアは立ち上がり扉へ向かってしまう。
「ぁ、…まっっっっ!」
フレックは素早いヘリオスフィアを追い掛けようとして、立ち上がった足をローテーブルへぶつけ今度こそ転んだ。
「…フレック」
「ぁ、ありがとうございます」
転んだ、とフレックは思った。
なのにまた、ヘリオスフィアが抱き止めてくれていた。
二度目の失態に、流石にヘリオスフィアは呆れるだろうと、フレックは叱責の言葉を待った。
「…背が、伸びたな」
見上げたそこには優しい空色。
みるみる頬が紅潮してく。
だってなんて素敵なひとすぎる。
同性だって当然異性だって、彼と恋に落ちて幸せを望む妄想を一度や二度、絶対する。
「うん…」
だからフレックは畏まらなければならないのに、12歳に戻って素直に応えてしまった。
ヘリオスフィアがふわり微笑む。
「君に、もう、二度と…守ると、誓う」
それは昔一度言われた誓い。
その言葉通り守る様に抱き締められる。
これは、それは、東部魔境戦線で負傷した自分への慰労だと、フレックはそうじゃなきゃおかしな話だからと、泣いて縋って甘えて駄々を捏ねようとする、わがままなフレックを抑え込んだ。
「見送りは不要だ。…足を冷やさぬように」
頭をひと撫で、ヘリオスフィアは労わる様にフレックをソファに座らせ「十分な休息を、また明日」と囁き今度こそ退室した。
その姿が見えなくなるまで見送ったフレックは、ソファに崩れ落ちた。
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