第7話:一期生が勢ぞろいしちゃったZO!

 清々しいぐらい青かった空も、徐々に茜色に染まりつつある。


 こうなってしまえば、シルヴィらが一泊するのは必然と言わざるを得なかった。


 夜の森は、慣れている者でなければ危険極まりない。


 日が高い内でも鬱蒼とした雰囲気は不気味であることこの上ないというのに、夜になれば尚のこと。


 そんな中、帰らせるというのはあまりに非人道的である。


 つまるところ、なんだかんだと粘りに粘ったシルヴィたちの勝利という話だった。



「まぁ、仕方がない。こうなってしまったからには今日は宿泊させてやる――来たのが二人までだった・・・・・・・らな」


「おぉ~ここがスタッフさんの実家なんだぁ」


「いいねぇ、こう純和風っていう感じ。カナデはけっこう好きかも」


「素敵……です」


「スタッフ様といっしょに暮らすのならここはまさに最高デース!」


「ですけど、少しリフォームをしたほうがよろしいですわね。まぁ費用についてはこちらが負担しますから問題ありませんけど」



 一期生がついに揃ってしまった。


 この事態を当然予測できようはずもなかったコハクは、ただ溜息をつくばかり。


 いつの間にウチの情報はこんなにも簡単に漏洩するようになってしまったのだろうか。


 わいわいと談笑に花を咲かす面々を目前に、コハクはそんなことをふと思う。


 遥か昔からある秘密も、発展した科学の前には無力と言うことなのか。


 いずれにせよ現在、祓御家はアイドルに手綱を握られているも同じ状況である。


 もしも自分たちにとって不易がほんの少しでも生じようものならば、世界に拡散する――個人情報の流出は立派な犯罪だ。それがわからないほど、ギンガたちも愚かではない。


 なによりも本気でやるつもりはないだろう、とコハクはそう判断した。


 とにもかくにも、まず現在何をするべきか。


 現状の解決が最優先事項なのは言うまでもない。コハクはギンガたちのほうを見やる。



「あ、お義母様。こちらつまらないものですが東京からのお土産です」


「あらまぁ、わざわざありがとうねぇ」


「いやなんでそこは和んでるんだよ」



 と、コハクはツッコミを入れた。


 八者面談という、この極めて異質すぎる状況であるのにも関わらず。母――真紀マキとギンガたちは和気あいあいとしていた。


 初対面なのはお互い様で、しかしもうすっかり打ち解け合っている女性達の会話だけがここ、応接室を包んでいた。


(さすが我が母親というべきか……)


 コハクから見て、母はよくできた女性と高評価していた。


 笑みが絶えずいつも明るい性格なのはもちろんのこと、誰にも分け隔てなく接するその優しさに数多くの者が魅了されていた。


 父もその内の一人であり、それ故に幼いながらもコハクはいつも不思議で仕方がなかった――どうしてこの父に、母のような素敵な女性が嫁いだのだろう、と。



「ちょっとコハク、あなたこんなかわいい子たちと知り合いだなんて隅に置けないわねぇ」


「だから、そういう関係じゃないから。あくまでも仕事上での付き合いで、男女間の恋愛とかは一切ないから」


「そう言ってあなたは嘘ばっかり……ただの仕事関係でしかない女の子が、わざわざ実家まで尋ねてくるわけがないでしょ?」


「Yes! そのとおりデースママさん!」


「さすがはスタッフさんのお義母様」


「だから、それやめろ。絶対に違う意味で言ってるだろ」


「いいのよぉシルヴィちゃん。ママもねぇ、娘の方が本当は欲しかったなぁなんて思ってたぐらいなのよ」


「おい、それを実の息子の前で言うか普通……」


「息子だから言ってるのよ――あ、リンネちゃんお茶のおかわりはいるかしら?」


「あ、は、はい……いただきます……」



 女性たちの仲がどんどん強くなっていく。


 そしてそれをコハクは、ただ傍観者として成り下がる他なかった。


 むろん父も例外にもれず、難しい表情を保ったまま固く口を閉ざしている。


 珍しいこともあるもんだな、とコハクはこの時父に対してそんなことをふと思った。


 父の性格を考慮すれば、このような事態断じて許せたものではない。


 しかしギンガたちを一喝するわけでもなく、ただ静かに傍観しているのみ。


 表情については無言の不機嫌さをこれでもかと言わんばかりに露にしている。


 だが、肝心の女性たちがそのことにまったく気付いてすらいない。


 一瞬だけ母がちらりと横目をやったものの、それっきり。再びギンガたちとの会話に花を咲かせる始末であった。


(俺がいない間に上下関係が逆転したのか、それとも怒る気力さえも今の親父にはないのか……)


 いずれにせよ、このままではらちが開かない。コハクは大きめの咳払いを一つする。



「それで……真面目な話をするぞ。本当に何しにきたんだお前らは」


「そんなこと、決まってるじゃない」



 と、ギンガが口火を切った。


 彼女の言霊には、揺らぎない信念が宿っていた。


 まっすぐと見つめる瞳はどろどろと黒く濁り、それでいて力強い輝きを発している。


 この矛盾した状態を、あろうことか他の面々もしていた。


 それがコハクは、たまらなく恐ろしい存在に見えて仕方がない。



「もちろん、スタッフさんを連れ戻すためだよ!」


「スタッフさんを……返してください……」


「ウチにはスタッフ様が必要デース!」


「では、これより先はビジネスのお話としましょう。どうかわたくし……たちにスタッフさんの全権限を譲っていただけませんか? もちろんタダとは言いませんわ」


「いや~コハクったら本当に愛されてるのねぇ。こんなにモッテモテになるなんて、ウチの亭主とはまぁ大違い」


「母さん、茶化すのはやめてくれ……」


「何も知らない小娘が……事態はそう簡単な話ではないのだ」



 ようやく固く閉じた口を切って言葉を紡いだ。


 その父の言葉には重苦しい雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 ギンガたちは、祓御家がどのような家系であるかをまるで知らない。


 せいぜいが豪邸に住む資産家や実業家、ぐらいの認識しかきっと持ち合わせていないだろう。


(もし本当にそうだったら、今頃俺ももっと違う仕事とかに就いてただろうなぁ)


 と、コハクはそんなことをふと思った。



「では、どのような事態なのか説明していただけませんか?」


「そこまでにしておけトモエ。これ以上は、お前たちは首を突っ込むな」


「こっちはスタッフさんとのイチャラブ生活がかかってるんだよ!?」



 と、ギンガが目をカッと開いた。


 興奮した様子である彼女の目はわずかに血走っている。



「いや知らんがな。お前の人生に俺を巻き込むんじゃないよギンガ……」


「スタッフさんあってのカナデなんだからね!」


「だから俺を巻き込むなって言ってるんだよ! なんなんだよ、マジで……」


「コハク、あなた本当に男冥利に尽きることよこれは。それと女の子はもっと大事にしなさい」


「してたつもりだけどな。というかもう元スタッフだから赤の他人だけどな!」


「えぇい、いい加減にせんか!」



 と、父がテーブルを強く叩いた。


 けたたましい音が室内に反響し、程なくしてしんと水を打ったように静まり返る。


 突然の大きな音を前に、しかしギンガたちがそれに対し怯んだ様子は欠片さえもない。


 確かに口こそ閉じたものの、父に向けられた視線は真剣そのものだった。


 むしろ敵意さえも感じさせる、鋭い眼光をぎらぎらと輝かせてすらいる。


(こいつら、妙に肝っ玉が据わってるところがあるからなぁ……)


 と、コハクはしみじみと思った。


 怯まないどころか、逆に睨み返している。


 果たして彼女たちは本当にアイドルなのだろうか、とコハクはすこぶる本気でそう思った。



「……とにかく、コハクの件に関しては貴様らがとやかく口を出す権利はない。すぐにここから立ち去れ」



 父の言い分は極めて正しい。


 本来、この場所に一般人が訪れること自体がありえないのだ。


 それがあろうことか、今日だけで五人もの不法侵入を許してしまっている。


 祓御家の当主としてこの事態は、先祖の顔に泥を塗ったも同じだと言えなくもない。


 だからこそ、ギンガたちには早急に出ていってほしいのだ。


 それについてはコハクも、不本意ながらも同意を示していた。


 ギンガたちはここにいるべきではない。今すぐにでもあるべき場所へと帰り、そして二度と関わらない。


 それがお互いのためでもあると理解しているからこそ、コハクもギンガたちへ送る言葉はとても厳しい。



「このクソ親父のいうとおりだ――今すぐここから出ていけ、とまではいかないにせよ。とにかく俺のことはもうさっさと忘れて、これから雇われるかもしれない新しいスタッフと仲良くやっていけ」


「絶対に嫌!」



 と、ギンガがはっきりと拒んだ。


 むろんコハクも、こうなることはすでに予測している。


 聞き分けがいい人間ならば、最初からこのような事態には陥っていない。


 ギンガだけでなく、他の面々にも等しく言えることだ。


 だからといって、コハクもここで折れるつもりは毛頭ない。


 以前の関係であったならば、皆のモチベーション維持のために致し方なく承諾する部分もあった。


 今はもう、かつての関係ではない。それ故にコハクも頑として己の主張を曲げない。



「ギンガ! わがままを言うのも大概にしろ! いつまでそうやって俺を困らせるつもりだ!」


「好きな人のために動いて何が悪いの!? そんなに、わたしがやってることって、いけないことだったの……?」


「限度ってもんがあるだろ。普通他人様の家にストーキングしたり調べて追っかけたりしないんだよ……」


「はいそこまで」


「母さん……」


「とりあえず、まずはご飯にしましょう。ギンガちゃんたちは今日泊っていけばいいからね」



 祓御家の食卓は、基本静かである。


 一般家庭における食卓は、もっと明るいわいわいと賑やかなものだ。


 特にこれといった会話をすることもなく、ただ全員が黙々と箸を進めるだけ。


 あまりにも寂しい食事しかコハクは経験してこなかった。


 だからこそ、上京して同僚たちとした食事は貴重な体験であり、とても楽しい時間だった。


 さて、そんな祓御家の食卓だが――言わずもがな、予期せぬ来客がたくさんいる。



「oh~! ママさんのごはんとってもおいしいデース!」


「本当においしいですわ。これが……スタッフさんのお家の味。ぜひともご教授願いますわ!」


「まだまだたくさんあるから遠慮しないで食べていいからね~」



(我が家の食卓がこうも騒がしくなるなんて、以前だったら絶対に考えられなかったな……)


 それはどうやら父も同じらしく、いつもであればゆっくりと堪能するはずが手早く食べると足早に立ち去ってしまった。


 唯一母だけが、この空気にあっさりと適応しすっかり打ち解けている。


 アイドルとの食事とはなかなか珍しく、また一生経験できないだろうその光景をコハクはぼんやりと眺める。


 最後に目にした母の表情、それはコハクが勘当され家を出ていく時だった。



『どうか身体には気を付けてね……』



 そう言って見送る母の表情は確かに笑顔であったものの、とても悲し気だった。


 自分は、母からは最期まで息子として愛してもらっていた。


 その事実がわかっただけでもコハクとしては僥倖であったし、改めて深く感謝もした。


(今の母さん……楽しそうだな)


 とりあえず、息災でなによりである。

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