第5話:僕の家にお嬢様(不法侵入者その2)がやってきた!

 シルヴィ・アマガネ――地球人の父と、惑星ダイヤの母を持つ。


 銀河警察の新米で、その熱血と恋心は誰にも負けないがドジでよくミスを犯す。


 今回、辺境の地――つまり日本への異動が命じられたシルヴィは、平和を守る傍らでアイドルという文化に強い興味を持ち、ドリームスターライブプロダクションに入った。


 事実、シルヴィは現実世界でもハーフである。


 トレードマークでもあり彼女自身誇りに思っている碧眼と金色のポニーテールは、Vという仮初の姿にも強い要望によって採用された。


 そんなシルヴィに、コハクは深い溜息を吐くことしかできない。


(こいつまできたのかよ。というかどうやってここを突き止めた?)


 色々と疑問に思うところは多々ある。


 いずれにせよ、一般人にすぎない成人女性がよくもここまでこれたものだ。


 コハクは呆れるその傍らで関心もしていた。



「おぉ……ここがスタッフ様のお部屋ですか。なかなかいいデスね」


「まぁ、どこにでもある普通の和室だけどな。家具もないし殺風景なのは許せ」


「いえいえ、私は全然気にしてないデスよ」


「……それにしても、子供のころは妙に広く感じたけど……大人になったらそんなにだな」


「ふぅ……スタッフ様のお部屋で飲むお茶は格別デスね!」


「お前くつろぎすぎだろ」



 座布団の上できちんと正座をして緑茶をすするシルヴィの姿も十分に絵になる。


 仮にもアイドルであるし、Vでなくともシルヴィならば十分に通用しよう。



「――、それで? どうやってここまできたんだ?」



 と、コハクは怪訝な眼差しをシルヴィに送った。



「え? 電車デスけど?」



 と、シルヴィはあっけらかんと返答した。


 きょとん、と不可思議そうな顔をして小首をひねる姿は大変愛らしい。


 コハクからすれば、とてもではないが笑える話ではないのでその表情も硬い。



「そうじゃなくて……アイツの時もそうだったけど、どうやって俺の住所を特定したんだって話だよ! しかも実家だぞ実家!」


「ふっふっふ~甘いデース。あまあまデスよスタッフ様。このシルヴィが警察官だってことをお忘れじゃないデスか?」


「あぁ、それはVとしての話な?」


「まぁそれはいいじゃないデスか。とにかくスタッフ様のことならなんだってお見通しなのデスよ」


「いや普通に怖いから。実家まで特定してくる女とかただ怖いだけだから」



 今更ながら、自分はとんでもない女と出会ってしまったのではないか。


 コハクはそんなことを、ふと思う。


 同時に、過去をかえりみて静かに胸中にて嘆いた。


 出会ったばかりのころは、みなこうではなかった。


 これはなにもシルヴィだけに関わらず、全員に等しく言えることである。


 長く付き合いができていくたびに、一様にみなおかしくなっていってしまった。


 非常識極まりない行動を平然と実行し、厄介なのはそのことについてまるで悪びれる様子がない。むしろ何故いけない行為なのか、とさえ疑問を抱く始末である。


(俺は、ドリスタに関わるべきじゃなかったんだろうなぁ……)


 と、コハクはすこぶる本気でそう思った。



「――、というわけで今日からしばらくここでお世話になりマース!」


「なぁにが、お世話になりマースだ。普通に駄目に決まってるだろ」



 おそろしくとんでもないことをさらりと言いだした。


 もちろん、コハクが拒否するのは至極当然の結果だと断言できよう。


 仮にもアイドルが、他の男の家に同棲するなどあってはならない。


 中には推しが幸せであるのならばそれでいい、と御仏のような広い心を持ったファンも確かにいる。


 しかし、世の中には未だ偶像アイドルに対する固定観念を強く持つ輩が多いのが現状だ。


 万が一、このことが露見しようものならばたちまち炎上するのは言うまでもなかろう。


 そうなれば最後、活動停止だけに留まらず契約破棄という悲惨な結末は避けられまい。


 シルヴィはもっと、もっと成長する。


 スタッフとして間近で見てきたからこそ、コハクは確信をもってそう言い切ることができた。


 だからこそ、このような形で終わらせてしまうのはあまりにも勿体ない。


 なにがあってもここでシルヴィを帰らせる。コハクはそう結論を下した。



「駅まで送ってやるから帰れ。ここはお前のようなやつがいていい場所じゃない」


「ノー! ウチ、スタッフ様とずっといっしょにいたいデース!」


「いくらそう言われても駄目だ。それにな、俺はもうドリスタのスタッフじゃないんだ……いなくなったスタッフのことを追いかけ回すのはやめろ」


「何があってもウチはここから離れまセーン! 絶対に居座ってやりマース!」


「お前なぁ……! 本当にスタッフとして働いていた頃から……!」



 ドリームスターライブプロダクションに所属するアイドルは、皆癖が強い。


 シルヴィは裏表のない性格で、そして犬のように大変人懐っこいところがある。


 それが彼女の魅力でもあるし、他のメンバーとの絡みで数多くのリスナーを尊死させたのはもはや名物でもあった。



「ウチはスタッフ様と離れたくないデス! ずっとずっと一緒にいたいデスよ!」


「いや、辞めたからもう無理なんだって……」


「じゃあシャッチョサンに今からもう抗議しマース! revolutionデース!」


「やめなさい」



 本当にやりかねないから、コハクは楽観視できずにいた。


 ドリームスターライブプロダクションのアイドルたちは、良くも悪くも行動力が凄まじい。


 それは事務所にとっては有益でもあれば、同時に悪益でもある。


 個性が強すぎるがために、その手綱を御するのはいわば至難の業だ。


 だからこそスタッフは常々、彼女らの言動についてはハラハラしている。


 コンプライアンス違反はもちろんだが、センシティブな発言をする輩も少なくはない。


 炎上しないようにとにもかくにも細心の注意を払うしかなかった。



「言っておくけど、それだけは絶対にやめろよ? いやマジで」


「じゃあスタッフ様帰ってきてくだサイ」


「だから、それは無理なんだって……」


「じゃあ知りまセン! ウチも好き勝手しマース!」


「こいつ、いい加減に……!」


「なっ! また侵入者だと!?」


「……なんだって?」



 不意に聞こえてきた使用人らの声に、コハクは頬の筋肉をひくりと釣りあげた。


(まさか……こいつ以外にも来てるのか? いや、そんなことあるのか!?)


 と、コハクは騒ぎの元へと急いで向かった。


 応接室から出てすぐのそこは、敷地内にある道場だった。


 コハクの記憶にある道場は、いつも無人で物寂しい雰囲気を放つそんな場所であった。


 道場という限定的な空間をまず使う意味がない、と父はよく口にしていたのを今でも鮮明に憶えている。


 これは、ある意味ではとても正しい。


 祓御家の教えを会得するのに、道場という場所はあまりにも小さすぎた。


 それでも未だこうして残っているのは、これも先祖が残した遺産であるからに他ならない。


 その道場の前に、大勢の人だかりができているのだから物珍しいと言わざるを得なかった。



「今度は誰がきたんだ……!?」



 まったくもって嫌な予感しかしない、とコハクは顔を青ざめさせた。



「ちょ、離してください! わたくし決して怪しいものではありませんから!」


「いや十分に怪しいだろ。お前マジで何やってんの!?」



 と、コハクは間髪入れずに言及した。


 道場から半ば引きずられるようにして出てきたのは、一人の少女だった。


 あどけなさが残ってはいるものの、間違いなく彼女は美少女としての部類に位置されよう。


 白を主とした学生服は清潔、清楚といった雰囲気をひしひしと主張し、如何にもお嬢様学校と言わんばかりのデザインである。


 事実、少女は名門女子学院の生徒であるのでお嬢様という認識は間違いではない。



「本当にさぁ……えぇ? マジで何やってるんだトモエ」


「あ、見つけましたわよスタッフさん! さぁ、わたくしといっしょに帰りますわよ!」


「だ~か~ら~! なんでそうなるんだよって言ってるんだよ俺はさぁ!」



 またしてもコハクの知人である、とそう認識した途端の使用人らの表情は等しく呆れていた。


 一応、少女も立派な不法侵入者でありこれを彼らは咎め、処する義務にある。


 しかし、コハクの知人とわかるや否やぞろぞろとその場から立ち去ってしまう。


 言及こそしなかったものの、お前がどうにかしろ、とそう暗に言っているのは一目瞭然だった。


 むろんコハクとしては、自分が役目を担ったほうがなにかと都合がよかった。


 元とはいえ、かつての仕事仲間がひどい目に遭うのは見たくない。


(これ、全員こっちに来るとか……マジでそんなことないよな?)


 と、コハクは顔を青ざめさせた。


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