第30話

 川口さんとしばらく歩いていていきなり、川口さんが止まった。川口さんの目の前の建物を見ると中々お洒落なウッドテイストの外観をしている。喫茶店だろうか。


 「一緒に来たかったところってここなの」


 「喫茶店だよね?」


 「うん、でもただの喫茶店じゃないんだ」


 川口さんがそう言うとドアを開けて中に入る。僕も慌てて川口さんの後ろに付いて行く。すると中には外観のイメージ通りのウッドテイストな喫茶という感じだがそんなに変わった所は無いように思う。


 「お、亜紀ちゃん来たんだ」


 声があった方を向くと店員だろうかエプロン姿のおじさんが立っていた。


 「あ、マスター、こんにちは」


 川口さんとマスターと呼ばれた人が挨拶を交わす。顔なじみなのだろうか。仲良さそうに話している。僕は黙って邪魔にならないように存在を消す。陰キャはアサシンなので存在を消す事が出来るのだ。


 「で、後ろの子はお友達?」


 存在を上手く消せていたと思っていたら次の瞬間にはバレていた。まあ常人が存在を消すなんて出来るわけないよね。


 「ええ、彼は同じ図書委員に所属している友人です」


 僕は紹介された際に軽く会釈をする。


 「ゆっくりしていってね。二人共ホットでいい?」


 「はい、後程いつもの席に座ります」


 うん?後程、席に座るってどういうことだろう。挨拶を済ませた川口さんは何故か店の奥に進む。僕は意味が分からないが取り合えず後ろに付いて行く。川口さんは店の奥の扉を開ける。すると目の前には空間一杯に広がる本棚と書籍の山だった。


 「え、凄い本の数」


 「ほらっ、ここが連れて来たかったところ」


 本棚を軽く見てみるが学校の図書室には置いてないような古本がずらっと並んでいる。


 「へ~、凄いね。ここ」


 壮観な景色に思わず感嘆する。


 「ここで本を席まで持って行って読むことが出来るの。まあ、常連だけかもしれないけどマスターに言えば貸してもくれるんだ」


 「なるほどなるほど」


 僕は川口さんの話を聞きながらも目の前の宝の山に釘付けになっている。その様子を見ていたからだからか川口さんはクスっと笑う。


 「本が好きな人とここに来たかったの。クラスの友達は別に本読まないし」


 「ま、まあ、本を読む女子高生ばかりじゃないよね……」


 何か気にいったものがあったら席に持って行きましょと言われたので僕はすぐに読むことが出来そうな短編集を持って先ほどの喫茶スペースに戻る。


 「おかえり、じゃあコーヒー用意するね」


 マスターが僕達に声をかける。川口さんが窓側のテーブル席に座ったので、その向かいに座る。しばらくするとマスターがコーヒーを持って来てくれたので、それを飲む。いつもチェーン店で飲むコーヒーとは違って濃厚な味をしているような気がする。まあ、コーヒーに詳しいわけではないので気のせいかもしれないけど。


 そうして僕は持ってきた短編集を開く。チラッと川口さんを見るともう集中して本を読んでいる様だ。学園のマドンナと呼ばれる女子が本を読む姿だけで絵になるなあと感動する。だがそれに見惚れてばかり居ても仕方がない。僕も短編集を読み始める。


 「春日部君、ここの喫茶店どう?」


 川口さんに声をかけられてハッとする。一体何分くらい本を読んでいたのだろう。すっかり集中してしまっていた。


 「あっ、ごめん。ここ良いね。雰囲気落ち着いてて思わず集中しちゃってたよ」


 「フフッ、良かった。あの、さ……、この間の委員会の時、感じ悪くてごめんね!!」


 「え?ああ、大きな声を出して図書室から皆逃げちゃったやつ?」


 「そ、それはあんまり言わないで……」


 僕はごめんごめんと謝る。川口さんはもう……と呆れて言葉を続ける。


 「春日部君が女子と出掛けたからって当たってしまったからお詫びと思ってここ紹介したの……」


 「そんなに気にしないでいいのに」


 「でも春日部君、私が目の前で手を振っても気付かなかったくらいだし、気に入ってもらえたようで良かった」


 え、僕が本を読んでいる時にそんな事が起きていたのか。その様子見たかったなと思った。


 「だ、だからさ、また二人でここ来ようね……」


 満面の笑みで僕に語り掛けるその姿に見惚れて僕はすぐに返事をすることが出来なかった。

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