第10話
川口さんに書店中引きずりの刑にあった後、喫茶店で休ませていただくという慈悲を賜った僕はアイスコーヒーを飲んで回復していた。
「この後、何処行きたい?」
川口さんはテーブル向かいの席からニコニコしながら話しかけて来る。すっかり学校でのクールな感じで取り繕うのを止めたみたいだ。学校でのイメージと違い過ぎて未だに慣れない。
「僕は何でもいいよ」
主体性のない陰キャなので本当に行きたい所がない。正直埼玉県人なので新宿の事そんなに詳しくないので本当に分からないというものもある。
「出た、何でもいいよ。そんなんじゃ女の子にモテないよ」
「……」
母さんみたいな事を言うなと大変失礼な事を考えてしまった。しかし、お前が決めろと言われてしまえば従うほかない。スマホを取り出し新宿で遊べる場所を探す。やはり有名なのは映画館だろうか。しかし、川口さんが何の映画が好きか分からないし、念のため他の候補も見つけて選んでもらおうか。一生懸命探してゲーセンやボウリング場などがある事も分かった。
「で、ではゲーセンとかボウリング場、後は映画館などもございます」
「う~ん、選べって事ね。じゃあ取り合えずゲーセンにでも行く?」
「合点承知」
何なの、その返事と窘められた僕は、越谷さんにもそんな事言われたなと思いだした。二人で会計を済ませた後、二人並んで喫茶店近くのゲーセンまで歩くことにした。
「フフッ」
二人で並んで歩きながら突如笑い出す川口さん。何か可笑しい事でもあったのだろうか。
「ああ、いや、こうやって私達二人が歩いている所を学校の男子達が見たらどう思うだろうと思って」
え、そんな事になったら、僕は磔の刑に処されるのではないだろうか。考えたくもない事を思うと顔から血の気が引いていくのが分かった。その様子を見た川口さんはアハハハと爆笑しだした。本当この人、当初のイメージとは違っていい性格をしているな。
「まあまあ、こんな美人と一緒に遊べるんだから役得だと思ってさ」
「いや、自分で言うんだね……」
「え、違うの?」
「いえ、何も違いございません……」
僕が答えるとまた笑っている。くそ、美人は本当に得だな……と頭をポリポリと掻く。
「ハハ、でも春日部君もそんなに悪くないじゃん」
僕はえ?と間抜けな声を出してしまった。そんな事今までの人生で言われた事が無かった為本当に驚いた。
「そんな不思議そうな顔しなくてもいいじゃん。今まで彼女くらいいたんじゃないの?」
「そんな訳ないでしょ……」
僕は苦笑いしながら答える。彼女どころか友達だって数えるくらいしかいないのに。本当、不思議な事を言うもんだ。
「ふーん、そうなんだ」
川口さんはふいと顔をそらしてしまった。え、僕変な事言ったか?と悩んだが結局答えは分からなかった。
しばらく歩くとお目当てのゲーセンに着いた。ゲーセンに着くなり川口さんはクレーンゲームに飛びついた。
「うわ~、ぬいぐるみ可愛い~」
川口さんの目線の先には、最近アニメで有名なゆるキャラの大きなぬいぐるみが景品のクレーンゲームがあった。川口さんはああいう可愛いものが好きなのか。僕はクレーンの状態を見ると、おそらく確率機というもので取るまでの回数が多くなればなるほどアームの力が強くなって取りやすくなるものだという事が分かった。
「川口さん、これ多分結構お金入れないと取れないやつかも」
「ええ、そうなの?」
「試しに一回やってみるよ」
僕は百円玉を入れてアームの力を確認してみたら割と力が強くなっているのを確認出来た。
「これ、もうちょいでとれるかも」
「ええ、本当?」
僕は続けて百円玉を入れて挑戦していく。徐々に景品が穴の方に近くなっていき、もう穴の目の前まで近づける事が出来た。
「す、すごい、もうちょっとじゃない」
五百円目のチャレンジでアームは力強く景品を鷲掴みにしてそのまま穴にポトンと落とした。五百円で大きいぬいぐるみゲットなんて結構ラッキーだな。
「すごいすごい!!本当に取れるなんて」
ピョンピョンと跳ねている川口さんに、ゲットしたぬいぐるみを渡す。川口さんはぽかーんとして受け取ろうとしない。
「え?」
「川口さんこれ欲しいんでしょ。あげるよ」
「え、そんな悪いよ。お金だって春日部君が出したんだし」
「いいよ。僕このアニメの事よく知らないし」
困惑した川口さんに多少強引に渡す。
「あ、ありがとう。大事にするね!!」
そう言った川口さんはこの日一番の笑顔を見せてくれた。学校のマドンナの笑顔を見れただけでプレゼントした甲斐があったというものだ。
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