Third Farewell

 ついに2人だけになって進む道、なんとなく後ろのベレラに声を掛けることはできなかった。気まずい、という訳ではない。ただ、彼女と話す義理が無いだけであったからだ。ロマナとゲレグビーの家は知らなかったからそういう会話は生まれるけども、彼女とではそんなことは起きない。


「どっか寄りたいところある?」

「ううん」

 彼女は拾われた子だ。ベレラという名前もそこで付けられたもので、孤児院で育ち、そして僧侶としてシュネバ神と結婚した(*11)。


 僕が小学校にも入らぬ頃、よくその孤児院に出入りしてはそこにいた子と遊んでいた。というよりは近所の子たちはみんなそこを遊び場所にして、そういった経緯でベレラのことはよく知っていたのだ。


 だからこそ会話に詰まる。他の2人ならまだ知らないこと――例えばゲレグビーの妹さんに対する態度とか、そういうことを共有できる機会はない。


 彼女は子どもの頃から綺麗な眼をした子で、周りからの人気も高かった。僕もちょっぴり好きだった。といっても1度も好意を伝えたことは無かったけれども。

「ねえ、ノウェルス?」

 突然呼ばれた僕は声を上げてから振り向いてしまった。


「ごめん、なんか考え事でもしてた?」

「いや。何かあったの?」

「ノウェルスはこれからどうするの? 気になったから」

「特に考えてないよ。僕は考え無しだってベレラは分かるでしょ?」

「そうかもね。ノウェルスのことは小学校終わったら知らないからどうか分からないけど(*12)」


 馬の方へ目をやると喉が渇いていたようで、近くの小川に馬車を止めた。彼女は手で水を掬い口に含む。妙にそれが聖女らしく美しさを纏って見えた。彼女は既に神様と結婚しているし、それ以上に僕らはもうこの国の「正しい人」を演じなければならない。


「私は別に聖女って称えられるほどでもないのにね」

「そうか」

「教会の神夫さんだって……うん、いいや」

「それはベレラも?」

「多分ね」

 僕はなんとなく彼女の言いたいことを察して、なんとなくため息をついた。別にそういう、まるで「神話」を信じていたわけじゃない。けれども彼女から直接告げられるのも嫌で、それを邪魔するみたいに僕も水を飲んだ。


「そういえば、ベレラは独立するの?」

「そういうつもり。お金を無駄にはしたくないから」

 意外と教会は面倒臭い。旅の途中でたまに立ち寄ることがあったが、寄進のお願いや聖水の押し売りをされた苦い記憶がある。宗教組織は結局のところ人間が構成しているのだから、その不完全な人間の行動は完全には美しいものではないのだろう。


 馬も充分英気を養ったか、今度は僕らを急かすような鳴きぶりで、教会への道を再開した。そうすればまた彼女と話す機会は無くなる。


 最初に旅を始めたのはベレラとだった。僕に召命があって、その挨拶の為に教会に行った時「どうせなら一緒に行ってきたら?」みたいなノリで旅を始めることになったのだ。その時から彼女との関係はやはり何もない。


 今考えてみれば少し信じられないことである。追い出したかったのだろうか、とても彼女には聞けなかったから、結局彼女に僕から話しかけることはできなかった。


「あ、そろそろ」

 彼女は見てはいないものの物憂げに呟いて、僕はこの時間が終わることに正直少しだけ安堵した。


「あー! ベレラお姉さん!」

「みんなー、元気にしてた?」

 孤児院の敷地の庭で遊んでいた何人かが正装をした彼女に抱き着いた。当然のことながらこの恰好も討伐した時も同じだったわけではない。なんなら適当な洞窟に置いて後で回収したものである。どうやら実際の討伐に行く人と、それを見送る人では温度差があるみたいだ。別に「だから一般人は……」という言説にはならないが、けれどもなんとなく気分が悪くなる。


「これはこれは勇者様。この後のご予定は?」

「神夫様。5か月もベレラさんを危険な目に遭わせて申し訳ありません。とりあえず自宅に戻ろうかと思います。何を考えるのにも少し休みたいので」

「左様で。少しこちらでお休みになられますか?」

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、このまま自宅に向かいます。あ、そうでした。陛下から馬車を拝領したのですが、こちらに寄進してもよろしいでしょうか。子どもたちの移動も楽になるでしょうし」

「それは! ありがとうございます。少し子どもたちの相手してやっててください」

「子どもたちは宝ですから」


 庭に戻ると既に彼女はたくさんの子どもたちに囲まれ、僕は特にすることもなく彼女たちを見つめていた。

「あ、あのお兄さんって勇者様じゃない?」

「あ、本当だ!」


 数人の子どもたちが僕の方に駆け寄って、次々と僕のことやベレラのことを聞いてきた。内心聖徳太子(*13)じゃないよ、というのもあったがそれ以上に子どもたちと触れ合うのはなんとなく心に満たされるような気がする。少なくとも今の僕には必要なことの1つだった。

「ちょっとベレラお姉さんと話すことがあるんだけど良いかな?」

「うん! 行ってらっしゃい!」


 そんな何にも染まらぬ純粋さにあてられた僕は、少しだけ後ろ向きになって彼女のもとに歩く。

「何かあったの?」

「特にはね、今からお金持ってくるからさ。一応確認してってこと」

「そういうことね」


 僕は彼女にお金を分配してゆく。そうすればいよいよ彼女と僕を繋ぐ関係も無くなってしまう。別に寂しいわけじゃない。彼女と何か連絡を持ちたいわけでも無い。けれどなんとなく元の木阿弥になることに嫌気がさしていたような気もする。


 それでも結局教会を辞する時間はやってくる。歩きだし、早く出発しなければ次の晩には骨になっていてもおかしくない。子どもたちはみんなベレラのことが好きみたいで、幸か不幸か特に僕の手を引くような子もいなかった。


 結局、僕とベレラの間の感情はそれまでのものに過ぎない。別にそれに失望するわけでも、希望を持つわけでもなく、僕は一応見送りに来てくれる彼女に向けて手を振った。

「それじゃ、さよなら」

「さようなら。『100年の大英雄』(*14)さん」


(*11)この世界では多神教が信じられているが、ヘルム家はシュネバを特に信仰しているためその勢力が強い。シュネバは両性の神で聖職者は誓いとして「結婚」という儀式を行う。そのため男性の聖職者は「神夫」女性の場合は「神妻」と呼んでいる。また性別に関わらない総称として「僧侶」の語を用いる。


(*12)教育制度として小学校は共学であるが、それ以降の教育は別学で行っている。


(*13)原文では「ロウキレ」という神の1柱。耳が特別良かったことから音楽の神となっている。その伝承よりこの訳では聖徳太子とした。


(*14)ヘルム朝の統治からこの時点で100年ほど経過しており、アリオス王はこれを初代王による統一以来の偉業として称えている。

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