Second Farewell

 まともに舗装されていない馬車の道、小さな石を乗り越えるたび何度も頭を上下した。

「ほら言っただろ? 御者も楽じゃないって」

「そうだな。んで、ゲレグビーの家はどこらへんだっけ」

「えっとな……小さな球場のすぐそばだ」

「ああ、野球(*6)の? 結構遠いかも……」

「実際遠いからな。ノウェルスは来たことあるか?」

「小学校(*7)の時にね。馬車に分乗して、その時はこっちのチームが勝ったんじゃないかな」

「なら、もしかすれば俺のプレーを見たかもな。その時にゃあ、俺らは球場を周りながらプレーしてた」

「そうか。じゃあ、球場に寄ろうか?」

「ベレラは? 野球興味ある?」

「どっちでも良いわよ。もしかしたら今もやってるかもしれないしね」


 彼は3年の中学時代、野球チームに所属していてヘルム杯で1度優勝したこともある。けれども大人になってもそれをやるということにあんまり評判は良くなくて(*8)、彼は戦士の道を選んだ。


 数時間ほど馬車を引いた先に、レンガで囲まれた球場が見えた。そこに近づくにつれ子どもたちの大きな歓声が聞こえる。

「思い出すな。とりあえず見に行こう」


 僕らは馬車を繋げて観覧席に入った。

「おやおや、勇者ご一行ではないですか。お忍びですか」

「いえ……シャネー(*9)が野球をしていたものですから」

 今日の試合は地元チームの物では無かったが、充分に見応えのあるものだった。


「また野球やりたいか?」

「急にどうした? 野球はもうやる歳じゃないだろ(*8)」

「確かにそうだけどな。でもゲレグビーがやりたいなんて言えばみんな食いつくだろうし、みんなそういうもんだろ?」

「新しい時代をゲレグビーさんなら作れるかもね」


 ベレラは汗をぬぐいながらそう言う。彼は特に答えを示さずに僕らを連れ立って球場を出て行った。

「ゲレグビーの家までこれからどれくらい?」

「まあうたた寝で済む程度だ」

 これだけ会話をしても、5か月も前のあの関係性から僕らは一歩も進んではないし、退いてもいない。彼らの性格は多分熟知しているけど、それまでだ。


 無言の時間はやっぱり短くて、僕は彼の家の前にある常緑樹に馬を繋いだ。

「帰ってきたぞー!」

 彼はドアに向かってそう叫ぶ。

「お兄ちゃん!」

 ドタドタとした音が鳴った後、彼の妹さんがドアを開けた。僕らと同じくらいだろう、と言われていたがそれにしても随分子どもっぽいとは思った。

「この方たちが勇者さん? お兄ちゃんをありがとうございます。どうか上がってって」

 少なくとも僕はそんな空間にいるのはあんまり好みでは無かった。彼の家族に対する感情と僕らにとってのそれが違うのは当然分かっている。


 けれども何も知らない妹さんにとってはそれがとても奇妙に思われるだろう、と僕も多分彼もそう考えた。妹さんが悪いわけではない。多分国中の人間が僕らを超仲良しグループと思っている節がある。


 多分あの時のロマナは僕らが「ナニカ」になるのを救ってくれたわけじゃなかったことに気づいた。僕ら「ご一行」が「ナニカ」になって民衆に歓迎されないことに彼女は恐れていたんだと思う。だから彼女は僕らにそれをさせなかったのだ。結果としては同じだけれども。


 ――今は彼の実家に上がり込んで、彼のお母さんからお茶菓子を頂いている。

「旅はどうだったの? 楽しかったの?」

「ははは。大変だけどチネイのためなら余裕だったさ」

「本当はどうだったんですか? お姉ちゃん、お兄ちゃん」

「そうね……でも、頼れるお兄さんだったわ。ねえ、ノウェルス?」

「うん。いつも僕らを支えてくれて助かったよ。そんな兄がいるんだって誇っていいと思うよ」


 それは別にお世辞ではない。仕事に対する評価として、それは正当だと思う。旅路を始めた時彼は僕に剣術のイロハを教えてくれた。危ないときは庇ってくれた。受けた傷は10本の指で数えられない程だ。それが僕らを思っての行動ではなくて、仕事を円滑に進めるためのことだって分かっているけれども、それでもしてくれたことには変わりはない。


 見上げると、そこには彼の妹さんの視線が被ったように感じた。

「お兄ちゃんはいつ生まれなの?」

「ルケルスの17年(*10)のことだよ」

「私は19年!」

 彼女は私に向けてその笑顔を向ける。それがなんというか、多分勘違いであるだろうが、僕に対して何かの感情があるかのように感じた。ふと考えた。


 もし、僕が彼の家族になるなんてことがあれば、僕らの関係はどうなってしまうのだろう。それはお互い望んでいることではないだろうし、お茶菓子を食べきるまでにはそんな考えも消えてしまった。


「で、このお金の使い道はどうするよ?」

「まあ借金返済。俺は中学までしか出て無いけど、チネイは頭が良いから金借りて師範学校にいるんだ」

「そうか」

「後はどうしようかな。まあ、2人連れて旅行したいな。今まで苦労させたし」

「良いじゃないか。ゲレグビー自身はどうしたい?」

「別にお前は関係ないだろ。ここまでの付き合いなんだし。……けれどもちゃんと働くさ。そしてここで母さんやチネイと一緒に暮らすさ」


 僕は妹さんと遊んでいたというベレラと2人に挨拶をし、外に出る。

「達者でな」

「さようなら」

「さよなら」

 僕とベレラはそう返してから馬を歩かせ始めた。




(*6)原文では「ラクチュア」。当時の文献や原文の記述よりボールと棒状の物を使い、国民的スポーツであることから日本語訳では「野球」が適当とした。


(*7)この世界においての教育制度は義務教育(小学校)5年であるが、内容や時間割などは教育機関にある程度委任されている。例えばノウェルスの場合、義務教育はその土地にあるシュネバの教会で終えた。またその教会の運営していた孤児院でベレラは育っており、同じ教育を受けていた。


(*8)この世界においてプロ競技はアマチュア競技より不人気であった。イメージとしては「子どもの競技を続けてしまう可哀想な大人」である。


(*9)シャネーはゲレグビーの姓。本名はゲレグビー・シュネバ・シャネー。


(*10)ルケルスはヘルム朝の4代目王(在位25年)で、アリオスの父。また、この世界においては連綿とした暦の概念は薄く、誕生年は「ルケルスの〇年」や「アリオスの〇年」という覚え方をする。

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