First Farewell

 いくつかの山を越え、橋を渡った後にはあの大層な行列もすっかり息をひそめている。僕はなんとなく背伸びをして御者役をしてくれているゲレグビーに向かって話しかけた。


「これからどうするよ?」

「それ何回質問したんだ? ほら、ロマナも10回聞いただろ?」

「そうね。それしか話題無いのかしら?」

「散々過去の話はしたんだから、多少これからのことは話しても良いでしょ」

「確かにね」


 ゲレグビーはそうやって直球で返し、ロマナが皮肉屋っぽく笑い、そしてベレラが庇ってくれる。そんな会話をここ5か月はしているのだろうか。


「そういえばロマナの家はあとどれくらいで着くんだ?」

「そうね、うん、あの山ぐらいまで」

「馬車(*4)じゃなかったら1度も休まさずに行けるのに」

「分かった、分かった。ロマナと別れたら僕が馬に乗るから」


 僕は彼を宥め、そして降り注ぐ日光に気づく。旅路はもっと酷かった。鎧だとかそういうのも必要だし、結構汗臭かったと思う。彼女らには申し訳ない。


「あ、着いたっていうかあの山少し登るのよね。お馬さん繋げましょ」

 私は幾分の水の入った器を木で結んでおいた馬の前に置き、ベレラが荷台を解かせない効果を付けてから山を登り始めた。


 ロマナの家は山の中腹に位置しており、木漏れ日が少し気持ちよかったが、それでも汗が吹き出しそうになるぐらい暑い。けれどもロマナやベレラはそんなことを気にも留めず歩き続けている。


「なんで、そんな平気な顔してるんだい?」

「そりゃあ、ベレラにはそういうの和らげる魔法かけてるし。ベレラはそういうのは範囲外だからね」

「俺らにもそれぐらいかけてくれよ」


 恨めしそうにゲレグビーが彼女らの後を追って声を掛ける。

「だってねえ、4人分もそれを維持するのは疲れちゃうもん」

「今じゃこの国一の大魔法使いさんじゃないか、ねえロマナ?」

「だったらベレラは大聖女様じゃない? 大事にして当然、お互い様よ」


 正直彼女には口で勝った試しがない。実際ロマナとベレラがそういう称号を頂戴したのは事実である。ゲレグビーは「全戦士の崇敬者」で、僕は……ちょっと恥ずかしい。


 数分ぐらいの登山を終えた僕は大きく深呼吸をし、ロマナは少しため息をついた。

「雑草が多いわ。これじゃ家と外の見分けがつかないかも。ねえ、男衆? 悪いけど切り開いてくれない? 虫に刺されたくはないし」

「はいはい。聞きますよー」

 多少彼は不貞腐れながらも僕と一緒に草刈りを、数分かからずに終わらせ彼女は家の中に入った。


「鍵かけてたんだけど。壊されてたわ」

「え、盗賊が入ったってこと?」

「かもね。まあ、そんなに大事なのは無いわよ。魔導書の内容は全部覚えてるし」

「そっか」

「そうそう男衆? 滝掛ける魔法でもしておくからあっちで身体洗っておきなさい。それまでにお茶の準備でもしてるから。ちょっとベレラも手伝って」


 正直この旅路で僕らの人間性は何度も失いかけた。何かのケダモノ、別に動物であることは否定しないが……別の「ナニカ」になりそうな時はあった。その度にロマナは人としての「僕ら」を取り戻してくれた。それは本当に感謝している。


 けれども、同時に彼女が僕を嫌い、というより何とも思っていないことを知っている。彼女だけでなくゲレグビーもベレラも5か月にも及ぼうかという旅路の中ずっと仕事上の関係だった。踏み込んだように見える会話だってあまりにも暇すぎて、それを潰すための方便に過ぎなかったのだから。


 ロマナ以外の2人は紹介所(*5)で出会ってそれぞれ契約を結んだ。だからそれ以上親密になることは無いし、けれども仲が悪いというのも困るので、表面上そういう関係を結んでいただけなのだ。

「ありがとう、助かった」

「どうもね。さ、飲んで」

「晩餐会よりよっぽど良いわ。あの時にゃ胃もたれしたしな」


 一見健啖家である彼はそう愚痴をこぼす。非常に当たり前のことであるが、街から街への移動ではご飯に中々ありつけない。動物のような魔物であればまだ食べれるとはいえ、毒キノコとかであればもうどうしようもない。


 そんな僕らに何度も落ちている人の死体がちらついた。マズいだろうけど、急場は凌げる。その状況を何度も止めたのがロマナだった。彼女は持ち前の野草の知識などで僕らを何度も救ってくれたのである。


 ――小さなお茶会が2杯目に突入するような頃であった。ロマナがそっと口を開く。

「まあ、これであなたたちと会うことはもう2度とないわね」

 彼女は僕がそれを知っているのを理解できているかのように、そう言った。

「良かったんじゃないの? 別に」

「そうね。もう働かなくていいし、人と関わらなくていいから」


 彼女はそう言ってお茶を飲み干す。僕は少し急いで彼女に続き、拝領したたくさんのお金と幾分の保存食を彼女に渡した。

「ん。じゃあこれでお仕事はおしまいね」

「そうだな。今までありがとう」

「別に。契約だから」


 飲み終えたゲレグビーとベレラも席を立って、僕らはそのドアを閉めた。

「それじゃ、さよなら」

「達者でな」

「さようなら」

「さよなら」




(*4)原文では「シュラリ」。文献によると「たてがみを持ち、4つ足で人間を乗せたり、荷車を引かせたりする」とあったため馬が相応しいとした。


(*5)現代社会においては「ギルド」の語が通用されているが、本来ギルドとは同業組合であり、戦士と魔法使いは一緒の所にいた、という記述のためギルドよりは「紹介所」が適当とした。

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