キャトり、キャトられ、何だそれ

「キャトられたらキャトり返す…… 倍プッシュよ!!」


 …………はっ?


「ねぇ、どこに行けばいいの!? 早く言って!」


「いや…… どうせ俺はフラれてるんだからもう関係……」


「あるよ!! ……ずっと、ずーっと大好きだったハッちゃんの初めてを、ポゥッと出てきたメスブタに奪われて、ウチの脳は破壊されたの!! きっちり倍プッシュして復讐しないといけないんだもん!」


 ヤバい!ベーちゃんの目がイッちゃっている!! このままじゃ本当にヤッちゃうんじゃない!?


 ところで…… 『キャトられたら~』とか言ってよな? ベーちゃん、またアウトよりなアウトな事を口走ってるけど…… 何それ? 


「……N22星で流行っているアニメの有名なセリフだよ、知らないの?」


 知るか!! ……それと似たようなのは知ってるけどちょっと違うし、しかも倍プッシュなんて周りがざわざわしそうだな!


「恋人を奪われた主人公が恋人を奪った相手に復讐するために、ロケットを作って宇宙で戦ったり、命をかけたデスゲームをしたりするアニメで…… その中で、実は恋人が主人公との記憶をキャトられて失っていることが分かるの、その時に主人公が言ったセリフがそれで、流行語にもなったんだよ!」


 お、おぅ…… 大人向けのアニメなのかな? 内容が過激だね、さすが宇宙……


「最後はキャトられた恋人の記憶を取り返してハッピーエンドなんだけど、途中で味方が裏切ったりとか、特殊なルールのゲームで命を賭けたりと、ハラハラドキドキして楽しいんだよ、ハッちゃんにも見て欲しいなぁ」


「……ベーちゃん、俺に見て欲しいならネタバレしちゃダメじゃない?」


「あっ!! ……へへっ、ごめんね、ごめんね」


 ちょっと気になる内容ではある…… けどキャトルミューティレーションって言葉はもっと不気味な感じだったような…… 動物の内臓とか血を…… うぅっ、想像しただけでも恐ろしい!


「昔はそういう意味で使われていたみたいだけどねー、ウチ達は『失くなった』の上位くらいの感覚で使ってるよー、『ネッコに晩ご飯の好きなおかずをキャトられたー』とか『バッグに家の鍵入ってたはずなんだけど、キャトられたかなぁ?』とかね」


 あ、そ、そうなんだ…… すげぇどうでもいい情報をありがとう……


「そういえばウチが地球に出発する前に『パパ、ゴミ捨てしてって言ったでしょ! 遊んでばっかりいるなら手足をキャトっちゃうからね!』って、パパがママに怒られてたなぁ…… へへっ」


 それは恐いぃぃーっ!! 笑いごとじゃないよ! 


「あと、浮気した彼氏のお○○○○を、ムカついたからってキャトった子の話も聞いたことあるよー」


 ひっ…… それはもう猟奇的だよ! だんだん俺の知ってるキャトルミューティレーション寄りの話になってきた!

 キャトり…… ダメ! ゼッタイ!


「へへっ、そんなことより…… ハッちゃん? 早く居場所を教えて?」


 くっ! 話を逸らして誤魔化す作戦は失敗だったか!


 ここで嘘をついて更にベーちゃんを怒らせるより、ナナちゃんの居場所を教えた方が…… 俺の身は安全かも。


 でもナナちゃんが無惨にキャトられる姿を見るのも…… なんか嫌だな。


「ふーん…… ナナちゃんって言うんだ」


「な、何で分かった!?」


「……全部口に出てるよ? 作戦失敗とかもね?」


 ヤバい! ベーちゃんの目が更に恐くなって……


「ハッちゃん? いい加減にしないと……」


 ベーちゃんが俺を見ながら指をポキポキと鳴らしてる…… このままじゃ俺が指先一つでキャトられてしまう!!


「は、はいぃぃ…… 案内しましゅ……」


 そして、俺は考えるのをやめた……

 


 ◇



 ハイジくん……


「おーい、ナナぁー」


 あっ……


「入って来ないでよ!!」


 ハイジくんが私を見る目…… 絶対怒っていた。

 それはそうだよね、色々あって連絡を返せなくて、久々に会ったら知らない男の人が隣にいたんだもん。


 でもこれには理由が……


「いつまで部屋に引きこもっているつもりだ? 学校も休んでるらしいじゃないか」


「関係ないでしょ!? ほっといてよ! 元はと言えば…… んっ!!」


「ははっ…… 強がっているけど身体は限界なんじゃないか? オレが欲しいんだろ? 正直に言えよ」


「そんなことない…… はぅぅっ!!」


 うぅっ…… 頭では嫌なのに…… 身体が言うことを聞いてくれないの! 


「ほら、ナナこっちへ来い、好きなだけたっぷり味わわせてやるよ」


 いやぁ…… でも…… 欲しくて身体が疼いちゃうの……

 こんな欲望を抑えられない身体になっちゃって……


「……口を開けろ」


「は、はい……」


 こんな姿を見られたら…… 絶対嫌われちゃうよね…… でも逆らえない……


 ごめんなさい、ハイジくん…… でも、大好き、だよ……



 ◇



「にゃーん」


 ……へっ? 猫の鳴き声? ……って!


「ミケコ!? 何で宇宙船の中にいるんだよ!」


「あぁっ! ハッちゃんを乗せる前に、先にハッちゃんの家にお邪魔したんだけど…… この子がいつの間にか宇宙船に乗っていたみたいで、間違えて連れて来ちゃったの」


 この猫は俺の家で飼っている三毛猫のミケコ。

 初めて会う人にも甘えながらすり寄るくらい人懐っこい性格なんだが…… ちゃっかりベーちゃんに付いてきたのか?


「ていうかベーちゃん、俺んちに来たの?」


「うん! 久しぶりにおばさんにも会って『ハッちゃんを数日お借りしますね』って挨拶しておいたんだよ! そしたらおばさんったら『おう、好きなだけ連れて行け! もし欲しいんだったらヴィクトリアちゃんにならあげてもいいぞ、わははっ!』って言ってたよ、へへへっ」


 ……母ちゃん、息子を何だと思ってるんだ!? 人を猫か何かと勘違いしてるんじゃ……


「にゃーん、ごろごろごろ……」


 おお、ヨシヨシ…… ミケコのことじゃないぞー?


「んにゃん」


 ちゃんと返事をするなんて、ミケコは本当に良い子だなぁ…… はぁ、モフってると癒されるぅ……


「…………」


「……ベーちゃん、何でこっちを見てくるの!? 運転中なんだから前を見て!」


「ハッちゃん! ウチも後でヨシヨシしてもらうからね! ふん!」


 ……ミケコにまで嫉妬するなよ。


 そして、ベーちゃんがナナちゃんの居る場所に辿り着くまで、俺は現実逃避するためにミケコをひたすらモフモフし続けた。

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