第7話 もどかしい、もどかしい!
私たちはパティスリーに行った。
それから私の希望で果樹園を巡った。巡ったといってもぶどう園と桃園の二つだけ。新鮮なフルーツを楽しんだ。
たぶん、私はまどかさんの熱にあてられていた。
私が好きなものを、私の意志で楽しみたくなった。
まどかさんはそんなワガママにも喜んでノってくれて。
「ね、ちひろちゃん。近くにめっちゃデカい滝あるって」
「めっちゃデカい滝、ですか」
「けっこう水しぶきを感じられて涼しいらしいよ!」
「わ、いいじゃないですか!」
「でも駐車場からそこそこ歩くっぽいんだよね」
まどかさんは視線で、どうする? と尋ねてくる。
私はバッグからカメラを取り出して迷わず答える。
「行きましょう!」
そうして私たちは日帰りドライブを満喫するのだった。
日も落ちた帰り道。
連れていきたいごはん処があるというので、大人しく助手席に乗り込む。
流れる景色を見ていると、当たり前だけれど、私の意識に反して不意に曲がったりする。まどかさんが知ってる道をまどかさんが運転してるんだから当然だ。
そういう時は景色が離れていってしまうみたいで、少しだけ寂しくなる。
「あ……」
いまもそうだ。
遠くに大きい球体──ガスタンクが見えていたから、真下で見たらどれだけでっかく感じるのか気になっていたのに、角を曲がってしまったときに遠ざかってしまった。
夕焼けのオレンジ色が頭の後ろをじりじりと照らす。
名残惜しさに振り返るけれど、ガスタンクはすでに夕景に消えてしまっていた。
今は、自分でハンドルを握れないのがもどかしい。
「今日はどうだった、ちひろちゃん」
まどかさんの声が降ってきて我に返る。
「えと、楽しかったです。予定してなかったのに連れ出してくれて、感謝しかないっていうか……いま思い返すと、旅行に行けなくなったことで不貞腐れてゴメンナサイっていうか……」
「まー、楽しみにしてた予定が潰れたらしゃーない」
「でもこう、思い通りにならなくて不満って……子供っぽいじゃないですか」
「んー、そうかなあ?」
「そうですって。ほんと、恥ずかしい……」
「でもさ、大人になってからって思い通りにならないことばっかりじゃない?」
「え?」
「取りたかった仕事を逃したり、意気込んで開いた展示なのに思ったより人が来なかったり、なるべく自炊で食費を浮かしたいのにむしろ出費が増えたり」
「最近お野菜は高いですもんね」
「そうそう……って、大事なのはそっちじゃなくて」
まどかさんにツッコまれ、私たちは夕暮れのなか笑う。
「あたしはさ、思い通りにならないことがあったら、走りたくなるんだ。ロスタと一緒に」
「……今日みたいに?」
「そう。生きてたら自分の思い通りにならないことばっかりじゃん。でも、だから自由になりたいと思うわけでさ。その気持ちを恥ずかしいとは思わないよ、あたしは」
「まどかさん……」
「とはいえ、ストロー咥えてふくれてたのは確かに子供っぽかったけどねっ」
「ああもう! それは忘れてくださいっ」
まどかさんに主導権を握られながら、私たちを乗せたロードスターはごはん処へと辿りついた。
長い待ち時間を経て、私たちはテーブル席に通される。
まどかさんはメニュー表の一点を指さす。
「もうハンバーグ一択っ! 初めてだったらこれ!」
乗っている写真のおいしそうなことおいしそうなこと。
二又のフォークにむぎゅっと押さえられたハンバーグは、写真だというのに弾力を感じさせる。
迷わずハンバーグを選んだ。それも、250gという大きめのサイズを。
注文したあとは、今日一日で撮りためた写真を振り返りながら見ていく。ケーキの写真と、自然の写真と、それからまどかさんの写真が同じくらいの枚数だね、などと話していると、あっという間にハンバーグが運ばれてきた。
店員さんは慣れた手つきでアツアツの鉄板の乗ったお皿を置いてくれる。ハンバーグは音を立てて肉汁を跳ねさせていた。お肉のあとは、ソースの入った器が机に置かれ。
「こちら、切り分けましょうか? それともご自分で?」
と店員さんに尋ねられる。まどかさん曰く、店員さんが切ってソースをかけてくれるサービス──パフォーマンスのようなものがあるという。見てみたい、と思う反面。
自分で切ってみたいという好奇心が芽生えた。
メニュー表で感じたお肉の弾力を、自分の指先で。
「あの──」
私は自らの意志で、自らの感覚で楽しむことにした。
お腹も心もいっぱいで席を立つ。まどかさんには先にクルマに向かってもらい、私はお手洗いを済ませてから店を出た。
真っ暗な駐車場。人の姿はない。ロードスターのヘッドライトだけが灯っている。きっとまどかさんが場所を教えてくれているんだろう。私は小走りで近づいていき。
「あれ?」
ふと、懐かしさを憶えた。既視感といってもいい。
「──あ」
ロードスターの前まで辿りついて、私はその感覚の正体を見つけた。
ヘッドライトだ。つまり、普段は車体に格納されているライトが姿を見せているのだ。カエルの目のような、チャーミングなシルエット。その見た目には覚えがある。
「これ……お父さんが乗せてくれたやつ、だよね?」
幼いころに乗せられたクルマ。その正体はロードスターだった。つまり、この子を初めて見たときに感じた懐かしさは、小さい時の記憶から来るものだったわけだ。
そうだ、たしかお父さんはヘッドライトの機構をえらく気に入っていて、よく自慢するように開閉してみせたんだっけ。だからライトのカタチと仕組みが特徴的というイメージが強く、普段のライトをしまっているときの見た目にはピンと来なかったんだ。
時を超えた納得への感動と、あのころの父の子供っぽいまでの熱中ぶりとの対比がおかしくって、私は、思わず笑ってしまう。
「どしたんちひろちゃん」
「ふふ、なんでも……ふふっ、ないです」
「えーっ、なんだよ教えてよ」
「ほんとにくだらない話ですよ? えっと──……」
こうして初夏の日帰りドライブは幕を閉じる。
忘れられない旅となった。
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