第3話 動きはじめる

 クルマ乗りのまどかさんに連れられて入ったカフェでは展示会をやっていて、飾ってある作品は写真かと思ったらイラストで、しかも彼女の作品でした。

 たった数分なのに情報量が多い……!


「え、えと、つまりまどかさんがフリーランスとおっしゃってたのは……」

「そ、イラストレーターやってま~す」


 まどかさんはオーバーオールのポケットから名刺を取り出して渡してくれる。


「あ、どうも……」


 プラスチック製の名刺には展示されているイラストのうちの一作が使われていて目を惹く。大人っぽくエレガントなものを選んだのは、フォーマルな場で出しても違和感のないようにということだろう。

 こだわってるし、考えてるなあ。

 さっきまでは元気な自由人という印象だったのに、急にフリーランスの仕事人としてしっかりした顔を見せられて襟を正される。


「んで、ちひろちゃんは──あ、ちひろちゃんって呼んでもいいよね?」

「それはもう、はい。ぜんぜん」


 ありがと、とまどかさんは笑う。


「ね、ね、ちひろちゃんに聞きたいんだけどさ。この中だと、どの絵が一番印象に残った?」


 まどかさんは壁に並べられたイラストたちを端から端までなぞるように指差す。


「ええと……」


 私もWEBデザイナーの端くれだ。

 イラストや絵画も一般の人よりは見てきた方だと思う。普通の人は画集とか買わないし。

 しぜんと、答えるのに慎重になる。

 パネルに印刷されたイラストを右から順に眺めていく。

 作品のテイストは違うのに共通している雰囲気が感じ取れる。クルマと距離感が近いんだ。物理的にというか、心理的に。

 でもなんだろう、不思議だな。

 相棒への信頼のようでもあるし、子供を放っておけない親心のようでもあるし。

 と、一枚の絵を前にして目が留まる。


「あ……」


 私の呟きにまどかさんが反応する。


「お、どれどれ? どれが気になった?」

「えと、これです」


 木漏れ日が印象的なイラストだった。

 揺れる新緑のトンネルをくぐり抜けて走るクルマ。

 ハンドルを握る女の子はリラックスしてみえる。


「爽やかな風が吹いてそうで、表情も楽しそうで……運転とかしない自分でもいいなぁって思いました」

「おっ、そんなに言ってもらえると照れちまうね、へへ」


 まどかさんは本当に照れくさそうに身をよじった。


「それはねー、山梨にドライブ行ったときを思い出して描いたんだよね。陽射しが温かくて……っていうか、ちょっと暑いくらいだったんだけど、光がぱらぱらと降ってくるのが楽しくってね」

「光がぱらぱら、ですか?」

「そ! 綺麗だったなぁ……」


 まどかさんは記憶に思いを馳せるように遠くを見つめて目を細める。それからハッと我に返り、ニパッと笑った。


「だから絵にしたんだ~」


 心底満足げにまどかさんは胸を張った。

 と、そこへマグカップがぬっと差し挟まれる。静かに机の上に二つ、置かれた。

 運んでくれたのは無骨な手で。

 大柄でひげ面でサングラスをかけてる、迫力のある店員さん。シゲさんだ。

 彼はお盆からドーナツの皿を置きながら短く言う。


「まどか、お友達か」

「ん? ちひろちゃんのこと? 違うよー、さっきそこで声かけたの」

「む……」


 シゲさんがこちらをヌッと見てくる。ちょっとこわい。

 と思ったら。


「申し訳ないね、うちの姪っこが」


 頭を下げられてしまった。


「いえいえそんな……って、え? 姪?」

「ちょっとシゲさんやめてよ! あたしが無理して連れてきたみたいじゃんかー!」


 まどかさんが意義ありとシゲさんの肩をぱしぱし叩く。

 仲良さげな距離感。本当に叔父さんと姪のようだ。


「いいか、まどか。お前の作品を展示しているのは姪だからって身内びいきをしてるわけじゃない。実績のある一人のプロとして、正式に声をかけたんだ」


 シゲさんはゆっくりと諭すように、つづける。


「店の印象を悪くするような集客をしたっていうなら、次からは考えさせてもらうぞ」

「ち、ちがっ、あたしは別にそんなことしてないよっ」

「ほう。じゃあなんて言ってこちらのお嬢さんに来てもらったんだ」

「そ、それは、えーとえーと……」


 なんだか怖そうな会話にも聞こえるけど、そのやりとりは本当にただの叔父と姪みたいですよ、お二人とも。

 微笑ましいなと思いつつも、まどかさんが困っているみたいなので助け舟を出す。


「あの、クルマについて語りたいって誘われたのは本当ですけど、私が気になったので、自分の意志で来たんです」


 二人の視線が集まる。


「私、クルマのこと詳しくないんですけど、まどかさんが楽しそうに話すから、つい気になってしまって」

「ほらねシゲさん! あたし無罪!」


 まどかさんが勝ち誇った笑みを浮かべると。


「クルマについて語ろうと声をかけてる時点でマナーがなってないぞ」


 シゲさんは、まどかさんのニット帽のつむじを手にしたお盆でポムと叩く。


「うぐ、ごめんなさい」


 まどかさんが反省の色を見せるとシゲさんはカウンターへと戻っていった。

 その姿を追いかけていくと、あることに気付く。

 このお店、改めてよくみると……


「乗り物関係のアイテムが多いような?」


 ナンバープレートがインテリアとして飾ってあったり、クルマの模型や、ヘルメットなんかも置いてある。


「おっ、目ざといねえ、ちひろちゃん」

「もしかして展示に合わせてですか?」

「惜しい~!」


 まどかさんは両手を広げて嬉しそうに言う。


「このお店──『ヴェロシティ』はね、乗り物好きが集まるカフェなんだっ」


 楽しそうに語る彼女は輝いて見えて。

 もっと知りたい。クルマのことも、彼女のことも。

 私は自分が心惹かれていくのに気付きはじめていた。

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