第2話 カフェ『ヴェロシティ』
まどかさんは光の粒でも振り撒くみたいに笑って言う。
「どうすか、うちの子。カッコいいでしょ」
「え?」
「ほら、あたしのクルマ。どうです?」
「えーと、あー……」
言われて、再びクルマを見る。
彼女の半袖シャツと同じで真っ黄色のボディ。明るい雰囲気の彼女にはよく似合っている。
それから、クルマの顔に当たるフロント(?)の部分は、なだらかな曲線を描いていて、柔らかい印象を与える。
二人乗りだからか普通よりも小さなサイズなのが、小柄な彼女を体現してるようで。
総じて評するなら、それはカッコいいというより。
「かわいい、ですね?」
「ええっ」
まどかさんは大げさにショックを受けてみせる。
「や、だって、丸くてコンパクトなので……」
「そこがカッコいいのに! くぅ、やはりあたしのナイスなセンスは通じないか……!」
心底悔しそうに唸るまどかさん。
へ、へんなひとだ……。
こういう時は逃げるに限る。
「えと、それじゃあ、私はこれで」
「あ、待って!」
「あの……まだなにか……?」
「せっかくだからそこでお茶してかない?」
まどかさんは後ろを指差す。
気付かなかった。カフェがあったのね。
にしても、お茶してかない? って。
「……ナンパですか?」
「んえ!? ちがうちがう! か、語りたくって!」
「……はい?」
思わず聞き返した。
「えとね、クルマを『かわいい』って言ってもらえたのは嬉しかった。けど、あたしとしては『カッコいい』って思ってもらいたいなあって……それでつい、へへ……」
ごめんなさいっ、とまどかさんは手を合わせてくる。
熱意が強い……やっぱりヘンな人かも……。
でも、そうか。
彼女にとってクルマは、語りたくなるくらいこだわりのあるものなのだろう。
「あたしがコーヒーとドーナツごちそうするからっ! ……って言っても、ナシ、だよね?」
まどかさんがしどろもどろに尋ねてくる。
ヘンな人だし、べつにクルマのことが特別に好きなわけじゃない。でも。
「……いいですよ」
「だよねー……って、ええっ!?」
「しましょう、お茶」
気になったのだ。
彼女がこだわるクルマの魅力というものが。
* * *
入店するとドアベルが涼しげな音を鳴らす。
こじゃれた内装だなと思う。素朴な木製の床と白塗りの壁が自然っぽさを醸しているのに、天井は剥き出しの配管とゆったり回るシーリングファンライト。
植物の緑が散りばめられているかと思えば、テーブルやスツールは無骨なメタリック。
それらが不思議と共存していた。
「いいお店ですね」
「へへ、あたしの行きつけなんだ~」
壁沿いのテーブル席に通され、向かい合って座る。
まどかさんはサッと手を上げて。
「シゲさん、コーヒー二つ! それからドーナツも」
返事の代わりに、カウンターの奥から熊のような巨漢がのそりと姿を現わす。
大きな体、サングラスに立派なあごひげ。
どうやら店員さんらしかった。貫禄があるから店長なのかもしれない。
シゲさんはやたらと渋い声で言う。
「ドーナツはプレーンとチョコ、どっちだ」
「あたしはチョコで! おねーさんは?」
急に話を振られて言葉が詰まる。
「えっ、あっ」
「どっちも美味しいんよ、シゲさんが毎日仕込んでるんだって。好きなほうをどーぞ!」
「じゃ……じゃあ、まどかさんと同じので」
「はーい。シゲさーん、チョコ二つでお願いしまっす」
シゲさんは目で了解と頷く。
まどかさんが、さて、と手をポンと叩いた。
「改めて自己紹介するね。あたしは
「えっ、年上」
「お? まじ? 年下さんだったかー」
「えと、倉橋ちひろ、26歳です。仕事はWEBデザイナーで、趣味は……」
俯くと、首から提げていたカメラが目に入る。
「カメラとか、スイーツ巡り、です」
ほんのすこしだけ胸がモヤる。
「おおー、ちひろちゃんは多趣味なんだね。それでクルマにも興味を?」
心の動きを説明するのが難しかったので、曖昧に頷く。
「まぁ、そんなとこです」
「そかそか、じゃあこの店に連れてきてよかった」
はい? なにか含みのある言い方だ。
「ほら、壁を見てみて」
彼女の言うとおりに左側の壁を向くと、パネル写真がすらりと並んでいる。しかも。
「わ……」
どれもクルマの写真だった。
モノクロでビシッと決めたもの、ポップで可愛いもの、大人っぽくモダンなもの。色んなクルマとモデルさんのツーショットが飾られている。カラフルだ。
「素敵な写真ですね」
と言うとまどかさんはイタズラっぽく笑う。
「ひひひ、それ、イラストだよ」
「えっ……!?」
まじまじと見つめると、私が写真だと思っていたのは精緻に描かれたイラストだった事に気付かされる。モデルさんだと思ってたのは女の子のキャラクターだったのだ。
まどかさんは重ねるようにけろりとした顔をして言う。
「それ、私が描いたんだ」
「えええっ!?」
まどかさんの顔とイラストとを見比べる。彼女はニヤリと笑った。
「ようこそ、カフェ『ヴェロシティ』へ! 今日から私のイラスト展をやってるんだ」
それから彼女はウィンクをした。
「よかったら見てってよ!」
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