第27話 獣の森・26 問題と解明(前)

 いつだったかリアノに聞いた話を思い出す。

 あれは、初めて合成獣案件の取締りに出向いた時だったはず。そこでハルトマンは質問をした。かつては『ウルフキャット』――合成獣を兵器として運用されていたそうだが、今は当時と比べて、実戦の機会そのものが減っている。なのに、なぜ合成獣の研究が減らないのか? リアノは鋭い目つきでハルトマンを見、固い声で答えた。金になるからさ。いや、例えならなくても、実験せずにはいられない。そんな生き物なんだよ、研究肌の魔法使いっていうのはね――

 ぼんやりとした表情で空を見上げ、乾燥させたカラモスの茎を咥える。先端が粘土で封じられたそれは、ハルトマン手製のパイプである。ただし、中に入っているのはタバコではない。そちらは騎士団に入る前に受けた身体調査で、「タバコは肺機能に悪影響だ」と担当の医術師に言われて以来、吸っていない。代わりに勧められたのがこれだ。中にはハーブから精製した結晶、ちぎった綿花の順に入れてある。これの、粘土が詰まっていない方を口に咥え、そのまま息を吸い込んで使う。茎の中ほどには二つの穴が空いており、一つは中に空気を取り入れるための空気穴、もう一つは結晶が直接口に入らないように詰める綿花がずれないよう、細い枝を刺しておくための穴だ。ただ、今のハルトマンは枝を刺さずに使っている。慣れているので刺さなくても影響がない、というのもあるが、それ以上に、早く吸いたかったから、というのが大きい。

 ゆっくりとパイプの中の空気を吸う。心地好い、爽やかな香りが口の中に広がる。中に入っている結晶には眠気覚ましと緊張の緩和に効果がある。任務中はもちろん、ひと仕事終えた後に吸うのも格別だ。……普段であれば手放しでそう言えたのだが、今はそんな気分ではない。それでも吸っているのは、少しでも気分を晴らしたいからだ。

 すぐ近くで枝を踏む音がした。そちらを見ると、レムナスが隣に立ち、同じように空を見ている。既に日は沈み、藍色の宙に星が瞬いている。その光と、星花と呼ばれる植物のおかげで、日が落ちていても視界には困らない。ハルトマンは黙って予備のパイプを出して中身を詰め、吸い口を向けてレムナスへ差し出す。簡潔に礼を言い、レムナスも葦パイプに口を付けた。二人並んでしばらくハーブを楽しんでいたが、やがてハルトマンが口からパイプを離し、レムナスへ視線を向けた。

「……それで?」

「施設関係者と目される数人分の遺体が見つかりました。損壊が激しく、現段階で詳しいことは分からないそうです。貴方が発見した檻は複数の合成獣をまとめて閉じ込めるためのもので間違いなさそうです。中には腐敗した肉片や砕けた骨がありました。ここまで連れて来てくれた灯火も、檻の中で燃えていました」

 レムナスがハルトマンの方を窺う。ハルトマンは既にレムナスから顔を逸らし、空を見て平静を装っているが、第二指と第三指でパイプを挟む右手の震えまでは誤魔化せていない。レムナスは一度目を伏せた後、何も見なかったかのように言葉を続ける。

「施設そのものについても今の段階では不明。魔法監士の中には、偽装に使っていた樵小屋の存在すら知らなかった者もいました。出資者パトロンが誰なのかも、手がかりがないに等しい状態だそうです。強いて言えば、これだけの規模の実験をしていたのですから、余程資金があったであろうことくらいですね」

 レムナスが視線を空から樵小屋へ戻す。数人の魔法監士が出入りしているのが見えた。

 結局、彼らはレムナスが合成獣を制圧し、地上に戻ってからようやく到着した。その中には道案内としてリアノも混ざっていた。それから二人は別々に聴取を受け、地下の調査も兼ねて、レムナスはリアノや他の魔法監士を連れて再び地下へ入った。ハルトマンは地上の樵小屋についてだけ聞かれたため、移動がない分、レムナスより早く解放されていたのだった。今頃、リアノたちは地下の捜査を進めているのだろう。

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