第26話 獣の森・25 合成獣とは
「合成獣の実験について解説しよう。と言っても、簡単に……芝居仕立てにしたものだけど」
リアノはヒナとハルトマンへ向けてそう言うと、魔導書のページを開いた。そのままページに手をかざし、呟く。
「『
ページに切れ目が入り、ゆっくりと持ち上がる。本の上に現れたのは四体の紙人形。だが人間の形をしたものは一体で、残りは何かの動物の形をして、それぞれ赤、黄、青の三色に塗り分けられている。
「合成獣の実験に必要なのは素材となる動物、縫い合わせる糸、それにちょっとした魔法。この魔法は『合成獣魔法』なんて言われているけど、正しい名前は『
動物が一所に集まり、檻に入れられる。そこに人間が近付くと、動物はバラバラに崩れてしまう。人間は動物の形を作り上げていた
「離れるべきものを繋ぎ止め、」
腕の部位が胴から外れる。
外れた場所を針が何度も往復する。
「壊れるべきものを直し留め、」
胴の部位が二つに割れる。
割れた場所を針が何度も往復する。
「永遠に……文字通り、共に朽ち果てるまで決して離さない、呪い」
そうして出来上がったモノは、実に歪な形と成った。
「生み出されるは異形の獣。死ぬべき刻に死ねず、生きるべきでない時を生きるモノ。怨嗟の声を上げ、憎悪を振り撒き、全てを破壊せんとするモノ」
手足も、胴も、頭も、本来繋がるべき相手と繋がっていない。それぞれ青、黄、赤で塗られた部位は元々異なる動物であったことを物語っている。それを無理やり繋いでいるのが、禍々しい黒で表された糸だ。
「そんな異形のモノだからね。普通なら造ったところで利はない。それどころか実験場の作成もしくは調達、素材の入手、合成獣の作成ができるだけの技術、それから完成した合成獣の管理。成功してもしなくても莫大な資金が必要になる。それに――」
リアノが紙人形を手で示す。
よく見ると、異形――合成獣の体が震えている。それは見ている内に激しさを増し、ページがちぎれそうな程になった。
やがてブツリと音がして、合成獣を形作っていた糸が切れた。瞬間、これまでが嘘だったかのように震えが止まる。それどころか部位が全て崩れ落ち、その場に三色の残骸が山となった。
「別々だったものを一つにするのは簡単じゃない。離れようとする力の方が強い。それに合成獣に使われる魔法は、繋ぎ合わせる部位じゃなくて繋ぎ合わせる糸に使う。糸が切れると効果もなくなる。そうなれば実験に費やした全てが無駄になる」
ページの上では、残骸の山を前にして人間が膝から崩れ落ちていた。頭を掻きむしり、床を殴って嘆いている。
「そんな異形を造るのは何故か。――兵器として使うには都合がいいからだよ」
リアノが魔導書の舞台へ向けて指を鳴らす。紙人形がその場に倒れ、魔導書のページに戻った。もう一度鳴らすと新たな紙人形が立ち上がる。複数の鎧姿の兵士が交戦する戦場へと場面が切り替わった。人形は聴衆から見て左が白、右が赤で塗られている。赤の人形の方が数が少なく、どこか貧弱にも見える。
「戦となれば、必ず強弱が生まれる。生き残るのが強い者、死ぬのが弱い者。そこに――」
赤の兵士が一人、白の兵士が持つ槍に貫かれる。残った赤の兵士は舞台の右手方へ消え、白の兵士もそれを追う。
「世界の全てに怒り、呪い、自傷を伴う破壊を繰り返すモノ。それを解き放てばどうなるか……答えは、この通り」
舞台の右手から白の兵士が飛び出して来た。その後ろを追って、新たな人形が現れる。各部位が青や黄、緑に塗られた異形だ。それは魔導書の上を縦横無尽に動き回り、白の兵士を跳ね飛ばし、暴れ回る。合成獣にぶつかった兵士は、白も赤も関係なく、バラバラにちぎれて舞い上がった。
「敵味方の区別がつかない問題はあるものの、その破壊力は高い。多少崩れても、部位を交換すれば扱える。魔力の消費も少なくて済む。考えようによっては、少ない投資で大きな利益を得られると言えなくもない」
言っている傍から合成獣の腕が外れる。うずくまる合成獣へ、すぐに赤の人形が飛びついて新しい腕が縫い付けられる。今度は紫だ。合成獣は雄叫びを上げるように大口を開け、長い尾をしならせて周囲の人形をなぎ払った。
「……ただ、所詮は
不意に、合成獣の動きが止まる。よく見ると脚に白い蔦のようなものが巻きついている。とてもそうは見えないが、この蔦が合成獣を拘束しているようだ。合成獣は引きちぎろうとするが、蔦は次々と巻つき、やがて合成獣は身動きが取れなくなった。そこへ、白い人形が近づいて来た。その手には杖が握られているのが分かる。人形が杖を掲げると、両者の間に橙の炎が渦巻き、合成獣へ襲いかかった。合成獣は炎に包まれ、蔦諸共焼け落ちる。赤の兵士は驚き、逃げ惑う。それを白の人形が追い回す。
「賭けに負けた者の末路は……言わなくても分かるよね。とまあ、以上で合成獣実験に関する解説は終わり。ご清聴いただきありがとうございました……なんて」
人形劇を終え、リアノは芝居がかった動きで一礼し、片目を閉じておどけて見せたのだった。
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