第23話 獣の森・22 警戒と発見

 ハルトマンのつぶやきを、レムナスは聞き逃さなかった。檻がそこに? と聞き返すが、ハルトマンは曖昧な答えを返し、そちらへ視界を動かす。

 千里映す箱越しに見ているせいで正確な大きさは分からない。それでも、破壊が難しい太さの棒であることは分かる。それが、内側からひん曲がり、こじ開けられている。凄まじい怪力だ。

「班長……思った以上にまずい状況かもしれないぜ」

『そのようですね。ハルトマン、こちらへ戻ってください。貴方には聞こえていないでしょうが、左手から破壊音が聞こえました』

「ちょっと待て、何でそれを早く言ってくれない!?」

 千里映す箱は音を拾えない。だからこそ、世間話程度の軽さでレムナスが言ったことは、聞かされた方のハルトマンが驚きのあまりキューブを回す手を滑らせるには十分な力があった。手をかけていたのが箱の右側、つまり前後移動だったため、見える視界が一気へ檻の中へ滑って行く。その勢いのまま檻の中をざっと見渡し、見つけた。空っぽの檻の奥、廊下の光が辛うじて届く壁に大穴が空いている。だが、地上にいるハルトマンには何も聞こえず、振動も感じなかった。そのことが不気味さを引き立てている。

「班長、まだ音は聞こえるか?」

『ええ。今は止んでいますが、断続的に。やはり左手から聞こえます』

「……ってことは、檻の奥から壁を掘り進んでいるのか? 班長、左側の扉には何て書いてある?」

『手前から処置室、経過観察室です。今、処置室の扉を開けて中を確認していますが、酷く荒らされているようです』

 レムナスの口振りから推測するに、どうやら左手の部屋には廊下にあるような仕掛けはないらしい。別の方法で光源を得ていたのだろう。ハルトマンも視界を壁の穴から奥、「経過観察室」なる部屋へ進めるが、暗闇以外に何も見えない。そんなはずはないと、視界を左右に動かした時、

「! 班長、隣の……経過観察室に魔力を送ってくれ!」

 突然の要求にも、レムナスは完璧に応えてみせた。

 魔結晶から暴風と稲妻を掛け合わせたような音が聞こえたかと思うと、千里映す箱の視界に白い光が灯った。成功だ、とハルトマンが叫ぶ。経過観察室で光球の欠片が光っていたのを見逃さなかったのだ。

 檻の外で破壊された光球の欠片が、こんなところまで飛び散っているはずがない。つまり、破壊した張本人に欠片が付着し、気づかずにそのまま移動しているに違いない。そこで光球の欠片に魔力を送り込むことで光を増幅させ、破壊者の顔を拝んでやろうと思いついたのだった。

 目論見は成功し、光っても一瞬だろうと踏んでいた光球の欠片も思いの外長く光っている。これなら十分に特徴を読み取れる。

「ありがとうな班長! これで奴の顔が見える、結果を楽しみに、」

 嬉々としてキューブを覗き込んだハルトマンの表情が固まる。口角を上げたまま視線を彷徨わせ、そう来たか、と声に出さずに呟く。

「班長……どうやらこいつは、俺たちが思っていたような奴とは違ったらしい」

 ため息と共に吐き出された言葉に苛立ちはなく、ただ呆れと憐れみが込められていた。

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