第22話 獣の森・21 暗闇と調査

 薄暗い階段を下りている。

 地下への入口から差し込む光だけを頼りに進んでいる。

 下りるごとに足下は暗くなり、不安を掻き立てる。

 にもかかわらず、その人影は壁に手をつけることもしない。まるで、見えているかのように進んで行く。

 その様子を、ハルトマンは上から見つめている。――いや、この表現は正確ではない。正しくは、手の中にあるキューブを通して見つめている。

 手に収まる大きさの立方体。その中の一面にだけ、中心に四角い穴が空き、そこから丸く加工した魔結晶が見えている箇所がある。キューブには何本か切れ目が入っており、ハルトマンから見て右と上、それから手前の面を、それぞれ前後または左右に動かすことができる。ハルトマンがキューブの一部を動かすと、中の魔結晶に映る風景も動く。右面を動かすと前後に、上面を動かすと左右に、手前面を動かすと上下に、といった具合だ。名を千里映す箱キュボスマクリアと言い、魔結晶の魔力で動く道具、魔鍵具マギアクラヴィスの一種だ。距離も方角も、障害物の有無さえも無視して、自由にものを「視る」ことができる。今、中に見えている人影は、今地下へ向かっているレムナス本人の姿だ。ハルトマンはその後ろ姿を見失わないように、キューブを回転させて位置を調節しながら後を追う。

「班長、高さ的にそろそろ下に着くはずだ。着いたら灯りの確保を頼む」

 ハルトマンがウエストバッグの留め金に付いた魔結晶に呼びかける。千里映す箱には暗闇しか映っていない。レムナスからは把握、と短い答えがあり、手の中で小さな火が灯った。

『今、最後の階段を降りました。何も見えませんが、このまま直進して良いのですね?』

「ああ。その先は廊下と、詳細不明の扉が左右六枚だ」

『それでは手前から調べていくとしましょう』

 そう言うと、暗闇の中で火が揺らめいた。レムナスが歩き出したのだ――と思う間もなく、いきなり火が前方に飛ぶように動いた。レムナスが床に火を投げつけたらしい。

「班長? どうしたんだ?」

『微かに物音がしました。敵かと思ったのですが――』

 言いかけてレムナスは言葉を切る。だが、ハルトマンは何が言いたかったのかをすぐに理解した。通路の壁に炎が走り、明々と照らし始めたのだ。突然視界が良好になったハルトマンは驚きつつ、そういうことかと手を打った。

「人間の動きを察知して灯りを点ける仕掛けがあったのか。考えてみれば出入りする人間がいたはずだから、ない方がおかしいか」

 壁は石を積み上げて造られている。そこに溝を掘って油を流し、誰かが地下に下りると火が着く仕掛けなのだろう。床も石畳が敷き詰められ、レムナスの放った火は、大きな石の上に落ちている。

『こちらとしても動きやすい。しかし、ハルトマン――』

「俺の光球を壊した奴に、俺たちという侵入者の存在がバレた件だろ? 今、視界を廊下の先に調整してる」

 キューブの右側を奥へ向けて回す。見える場所が前方――廊下の先へと動く。突き当たりでキューブの上面を左へ回す。廊下の突き当たりの壁しか見えなかった視界が左を向く。そちらの壁も炎が揺らめいている。

 この先だ。あえてゆっくりとキューブを回し、見える範囲を前へ進める。さほど遠くない位置で、床に光るものがあった。考えなくとも分かる。砕けた光球の欠片だ。近くに潜んでいないかと、キューブの上面を左右に動かして周囲を見渡す。右手にはただ壁が広がっているだけだが、左手には空間があり、そこに金属の棒が縦に、等間隔に埋め込まれていた。その奥は暗くて何も見えない。見えない方がいい――そう思いながら、キューブを回す手に力を込める。意識を檻から引き剥がし、視界を右に動かしかけたところで、気づいた。

「……檻が、破られている……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る