第17話 獣の森・16 聖獣と魔獣

 「キメラ」とは「キマイラ」を元とする言葉だ。キマイラとは獅子の首、山羊の体、蛇の尾を持つ季節の象徴たる聖獣――なのだが、そのように扱われていたのは遥か昔のことで、文献もほとんど残っていない。そのおかげで、今では単なる怪物と見なされている。一応、聖獣を「キマイラ」、怪物を「キメラ」と呼び分けられてはいるが、更にそこから転じて、「複数の生物が組み合わさった生物」をも「合成獣キメラ」と呼ばれる。こちらは人間が生み出した生物だ。主に兵器として運用される。つまり、「キマイラ」は聖獣から怪物、果ては兵器にまで名を堕とされたことになる。

 それでも、「キマイラ」と「キメラ」が呼び分けられているのは、聖獣キマイラの伝承を、断片的ではあるが語り継ぐ存在がいたからだ。それは、帝国の東に位置する領地の領民達。ここでは農業が盛んな土地柄もあって、季節すなわち気候の象徴たるキマイラが崇められている。また領主の紋章にキマイラが選ばれていることからも、聖獣としての地位がうかがえる。

 そんな事情もあって、この領地の領民達は、実験動物を「キメラ」と呼ぶことを厭う。当然だろう、とサグ・ハルトマンは思う。自分達の信じる聖獣を怪物呼ばわりされた上、人間の造り出した異形まで同じ名が付けられている――歴代の領主達が憤るのも無理はないだろう。ハルトマンはその領地の生まれではないが、そちらで生まれ育った親戚筋がいるため、聖獣の話は昔から知っていた。ハルトマンが合成獣を「ウルフキャット」などの違った呼び方をするのは、その記憶が影響している。

 とは言え、これが通じる相手は少ない。中には「ウルフキャット」という呼び方に難色を示す者もいる。曰く、『狼も猫も実験動物に使うべき名ではない』と。

 ――ならば聖獣の名こそ使うべきではないのではないか?

 後にそう思ったが、誰に語るでもなく、今もこの疑問はハルトマンの胸にしまい込まれている。

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