第15話 獣の森・14 交渉

 リアノが気を付けて、と返そうとすると、こちらへ近付いて来る商人の一人が視界の端に見えた。いち早く気付いたハルトマンが立ち上がって用件を聞きに行く。それによると、もう脅威が取り除かれたのだから、そろそろ馬車を動かしても良いか、と言ったことを聞きに来たらしい。

「もう少し待ってもらえない? うちの班長がまだ戻ってなくて」

 ヒナの言葉に商人は曖昧な顔で、否定も肯定もしない。無理もないことだ。彼らとしては早く森を抜けて宿を取りたいだろう。ここで時間を使ってしまえば、今日の宿を取れないかもしれないのだから。

(……付き合わせてもいいけど、ここで文句を言って機嫌を損ねられても困る)

 リアノ達四人は、あくまで商人達の護衛を条件に同行している身だ。多少は契約の範囲内として融通してもらえるとしても、下手に借りを作ると後々面倒なことになりかねない。どうすべきかとリアノが思考を巡らせかけた時、右手をこちらに向けて振るハルトマンの姿が見えた。何か考えがあるらしい。リアノの視線を受けたハルトマンの手が動く。

 腹の前で右の拳を握り、指を上にしてゆっくり開く。それから人差し指だけを伸ばして残りの指を曲げ、人差し指で自身の左手方へ指し示す。目だけで追ったその先は森――それも、レムナスが合成獣を制圧に向かった辺りを向いている。

 その手があったか。リアノが視線を戻すと、仕方ないだろ、と言いたげな顔でハルトマンは肩をすくめた。リアノはそれに頷き、ヒナと商人の間に割って入った。

「馬車を出してもらって構わない。だけど、騎士団としての任務も入ってしまった。ここからしばらく、同行できるのは二人になるが、よろしいか」

「二人、ですか」

 そう繰り返す商人の目は複雑な色をしている。護衛の人数が半分になることの不安、先に契約していた自分達を蔑ろにされることの不信感、本当に二人で自分達を守り切れるのかという懐疑、そして四人の内二人が抜けなければならない事態に対する若干の興味と恐れ。それら全てを内包した顔だ。

(……実力は既に示したはずだけど。やはり不安なのか)

 次の街――テイズ領まではあと一時間もあれば着く。辺りは森だが程よく人の手が入っているため鬱蒼とはしていない。部分的には、むしろ見通しの良い場所さえある。今のところ、目の届く範囲に不審な影はない。

「不安に思うのも理解できる。だが、我々は帝国騎士団の一員だ。民を守れずして騎士は名乗れない。……信頼してはくれないか」

 商人を見つめる目に力を込めて伝えるリアノ。商人も見定めるようにリアノへ視線を向けていたが、やがて不承不承ながらうなずいた。

「いいでしょう。その代わり――」

「『略奪による損害は、騎士団が全額負担する』――ね。心配いらない。襲って来たのが獣なら殺す。賊なら捕らえる。全部ね。だから安心して」

 その言葉に、満足そうにうなずいて商人は戻って行った。リアノはその背中を見送りながら魔導書を開く。ページは「vestigium ignis魔力追う灯火」だ。

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