第14話 獣の森・13 論議

 リアノがネイビーに変化した魔結晶に目を向けるとレムナスの声が聞こえて来た。

『リアノ、今良いですか? 一つ相談したいことがあるのですが』

「何、班長。検体が多くて持ちきれないとか? そうだったら必要なものを送るけど」

『違います。先ほどの合成獣をリアノに回収してほしいのです。ちょっと、気になることがありまして』

「気になる……? 詳しく聞かせて」

 レムナスは合成獣の特徴を改めて説明し、検体の採取作業も途中まで進めていたことを話した。しかし、その時に気付いたことがあったと言う。

『毛皮と粘液のせいで見た目には分からなかったのですが、腹部が異様に膨れているんです。はち切れんばかり、という比喩がありますが、まさにその通りに。しかし、腕や脚など腹部を除く全身にはほとんど肉がありませんでした。肋骨も浮いていましたし』

「……触ったの? 素手で?」

『いえ、ナイフで。案外分かるものですよ』

「あ、そう……」

 口振りから、レムナスが嘘を吐いていないことは分かった。引っかかるものはあるが、リアノはひとまずそれを無視して、会話を先に進めることにした。

「じゃあ班長、合成獣を回収して後で検査にかけるから、目印になるもの……何でもいいから木の枝を刺しておいて。終わったら教えて」

『分かりました。少し待っていてください』

 レムナスの声が途切れ、すぐに枝を折り取る音が聞こえてくる。どうすべきかリアノが考えていると、片付けを終えたヒナが近づいて来た。その顔を見たリアノは、すぐに何か考えがあると察した。

「そうだ班長、合成獣の粘液だけは採取しておいて。それから体表の水分を凍らせておいて。全部ね」

 そうレムナスへ伝え、ヒナへ向き直る。魔結晶の向こうからレムナスが文句を言っているのが聞こえた気もしたが、長くなるのが分かっているので無視した。

「ヒナ」

「聞こえてた。そのことだけど、寄生虫の可能性が高いと思う。栄養が宿主の方に行ってないんでしょう。だから異様に痩せて、でも腹部は膨らんでいる」

「同感だよ。だけど相手はただの獣じゃない、合成獣だからね。何故取り除かなかったのか、何故そこまで放っておいたのか。考える必要がある」

 リアノの言葉に、ヒナは考え込むように顎に手を当て、口を開いた。

「聞きたいのだけど、合成獣に寄生する虫ってあるの?」

「基本的にないね。薬品の臭いが骨まで染み付いているわけだし、他の虫も寄り付かない」

 想定内の質問に即答するリアノ。対するヒナは手のひらを額に当ててため息を吐いた。

「ということは、そもそもの原因が別にある可能性もあるわけね。考えただけで頭が痛くなる……」

 そこで首をひねったのはハルトマンだ。手のひらを二人に向けるようにして両手を挙げる。

「待ってくれ。その、どういうことなんだ? さっき二人揃って『寄生虫だ』って言ってなかったか?」

「今のところはその可能性が高いってだけ。詳しく調べてみないと、本当のところは分からないから。でもとりあえず今は他に情報もないし、ややこしいから寄生虫と仮定して進めるってこと。リアノもそれでいいんでしょ?」

 ハルトマンの疑問に答えたのはヒナだ。ハルトマンは納得したように頷き、話を振られたリアノも同意の意味で頷いた。その様が可笑しかったのか、ヒナは口元を手で隠し、大きな目を細めて吹き出した。リアノもつられて笑いそうになったが、ハルトマンもいることを思い出し、上がりかけた口角を強引に引き戻した。

「……まず前提として、合成獣を造るなら寄生虫のいない、あるいは少ない個体を使うのが一般的なんだ。虫で弱った体じゃ実験に耐えきれないし、いざと言う時に使い物にならなかったら、わざわざ合成獣を造る意味がない。だから完成した合成獣に寄生虫がいることはまずないんだけど」

「なら、今回のケースだとその後に寄生されたことになるよな?」

 口を挟んだハルトマンに、ヒナとリアノはうーんと唸った。

「そう……なるんだけど……班長が倒した合成獣はどれも粘液に覆われていたそうじゃない。粘液っていうのは体を保護するためにあるのよね。そこから感染することはあまりないわ」

「他にあり得るのは経口感染……つまり食べたものが汚染されていた場合だね。と言っても、定期的に虫下しをするはずなんだけどね、普通は」

「班長の話を聞く限り、『普通の』管理方法をしていたとは思えないけど」

 目の前で繰り広げられる二人の会話を、ハルトマンは腕を組んで聞いていた。なるほどなと何度も頷き、口を開く。

「そういえば『宿主に栄養が行ってない』……って言ったよな。それはつまり飢えていたってことだよな? 凶暴性を増すためにあえてそうした、とかはどうだ?」

「……可能性はある。でも、そうすると次の疑問が出てくる。何故、寄生虫を使ったのか。飢えさせたいだけなら、ただ食事を抜くだけの方がよっぽど楽だ。どうして管理の面倒な寄生虫を使ったのかが……」

 分からない、と言いかけたリアノの脳裏に何かがよぎった。言葉を切ってその正体を探ろうとするが、どうにも掴めない。気のせいかとも思いかけたところで、軽い調子のハルトマンの声が聞こえてくる。

「なら、寄生虫への耐性を調べるため――とか?」

「……それ、」

 リアノが顔を上げた時、準備ができたことを知らせるレムナスの声が届く。三人は議論を中断し、リアノはすぐに先ほど合成獣を穴に落とした時と同じ魔法を発動させる。以前と違うのは、目印がNadelではなくZweigだというところだ。

『……対象の落下を確認しました。今からそちらへ戻ります』

 リアノが魔導書を閉じるのとレムナスの報告はほぼ同時だった。

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