第13話 獣の森・12 合流

 リアノは来た道を戻りながら、再び魔導書を閉じる。そして、ゆっくりと、時間をかけて馬車まで戻って来た。馬車から降りて休んでいた商人の一人がリアノに気付き、声をかけて来る。

魔法監士マギアジャン様、お戻りですか。お怪我などはありませんか?」

 この呼びかけに、リアノは曖昧な笑みを浮かべた。

 魔法監士とは帝国騎士団の一組織であり、その名の通り魔法マギアが使われた痕跡や魔力の残滓を探って調査を行う警察組織アジャンだ。そして所属者の多くは自らも魔法を使う。つまり魔法使いが魔法使いを律するための組織と言える。リアノもその一人だが、普通は家名に略称でもある「監士かんし」を付けて呼ばれる。相手の名前を知らない時でも大抵は「監士さん」と呼ばれることが多い。

(真面目なだけか、それとも皮肉を込めているのか……)

 例え後者だとしても、残念ながらリアノに嫌味は通じない。緩やかに笑みを引っ込め、素っ気なく答える。

「ない。それより、うちの観測手は起きた?」

「先ほど医術師様と話す声が聞こえましたが」

「そ。ありがと」

 必要最低限の会話だけ交わして商人の横を通り過ぎ、一台の馬車に足を進める。偶然にもリアノは二人の死角から近付くことになり、馬車の荷台に座って話をしている二人は、リアノに気付いていない。

「……もう終わったんだな、さすがリアノだ。……っと、班長はまだ作業中……あ? 手が止まってるような……」

「え、それまずいかも。早く森を抜けないと日が暮れちゃう」

「確かに。……早く戻りたいぜ、まったく」

「……それは生家に? それとも帝都に?」

「どっちもだ。そっちは違うのか?」

「どうせ、一時帰宅の隙に仕事を押し付けられるから。家で落ち着きたい気持ちも一応あるけどね」

「それだけじゃないだろ。だって――」

 言いかけたハルトマンが、人の気配に気付いたらしく、リアノの方を振り返った。

 短く刈り込んだ炭色コールブラックの髪と青銅色ブロンズの肌。リアノをまっすぐ捉えているのは黄金色ゴールドの瞳だ。右手に木片が組み合わさった見た目のキューブを持っている。身に着けているのは襟の付いていないシャツと複数のポケットが付いたパンツ。腰にはベルトの代わりにウエストバッグを巻いている。普段はその上から袖のないクロークコートを羽織っているのだが、倒れている間の枕代わりに脱がされたのだろう。床の上に、丸いへこみが付いた状態で畳まれていた。

 一呼吸遅れて、向かって左側に座るヒナも振り返った。琥珀色アンバーの髪をバレッタで一つにまとめ、膝まで届く丈の白衣を身に着けている。ややつり目気味の大きな目は若草色で、「塗っている暇なんてない」といつも化粧をしていない肌は綺麗なリネン色エクルベージュ。ただし、三日前まで日照時間の長いサファル領に滞在していたため、日に焼けた肌がいつもよりやや赤みがかっている。白衣の下には、胸元に鳥の眼を象ったバッジが付いた襟付きシャツと、体の線が出ないように作られたパンツを身に着けている。どちらも動きやすさを重視したものだ。傍らには魔法薬ポーションの詰まった肩掛け鞄を置いてある。医術師の必須装備だ。

「リアノおかえり。お疲れさま。水、飲む?」

 ヒナが水の入った水筒をリアノへ差し出す。バンブスと呼ばれる植物からできたもので、薄黄色の筒の先に飲み口が付いている。リアノは礼を言って馬車の荷台に乗り込み、受け取った水筒に口を付ける。ほのかに甘みを感じる冷たい水に、疲れが取れる思いがした。もう一口飲んでから水筒をヒナに返したところで、ハルトマンが話しかけて来た。右手にあったキューブはバッグにしまわれている。

「悪いな、リアノ。全部任せて」

「ん、全然。ハルトマンこそ、もう動いていいの?」

「ああ、何ともないぜ。アストルナのおかげだ。ありがとな」

 話を振られたヒナは微笑みながら首を振る。

「それがわたしの仕事だから。それにサグの運も良かったから、わたしは特に何もしてないよ」

 ヒナは水筒を鞄の上に置き、介抱に使った道具を片付け始める。リアノがその様子を見つめているとハルトマンに肩を抱かれた。無言で顔を覗き込んで来るハルトマンと目を合わせないようにしていると、リアノの魔結晶が瞬き、空色から藍色に変化した。

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ある騎士が生きる理由 十六夜 @izayoi_8286

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