第12話 獣の森・11 掃討

 耳をつんざく激しい雷鳴が響き渡り、何か大きな塊が地面に叩きつけられた。黒焦げになったそれは生物であるようで、しかもまだ息があるらしい。なんとか上体を起こそうとするが、やがて力尽き、地面に倒れ伏した。その体の上に、ひらひらと鳥の羽根が舞い落ちる。一枚や二枚ではなく、何枚も。だが全身を覆い隠すには到底足りず、黒くなった体に色を添える程度だった。

 その様子を見つめる者がいた。半ば開いた緋色スカーレットの瞳に、腰に届くほど長いが、お世辞にも手入れが行き届いているとは言えない空色の髪が目を引く容姿をしている。象牙色アイボリーの肌も手が入っているようには見えないが、目立った肌荒れも見当たらない。身に着けているのはレムナスの帝国騎士団の制服とほぼ同じ意匠だが色は黒く、その上から足首まで隠れる長さの黒いローブを羽織っている。胸元のポーラータイには空色の魔結晶がはめ込まれ、頭には中ほどで折れた、頭頂部の尖った唾の広い帽子を乗せている。そして、手にはページの開いた分厚い本がある。

 風もないのにパラパラと本がめくられ、あるページで止まる。そこに書かれているのは円と直線を組み合わせた図形と、「humus flamma大地焼く火炎」の文字。そのページの中心に手を置き、リアノは口を開く。

「『走れLaufen』」

 本から炎が立ち上り、火の粉がリアノの足元で弾けて扇形に伸びて行く。それを辿るように炎が走り、線上にあった木や茂みにも引火して燃え上がった。中に隠れていたのだろう、先ほど雷霆に焼かれたのと似た生物が、炎を背負って飛び出して来た。

 苦悶の声を上げるそれは、よろめきながら立ち去ろうとする。だが、リアノはわざわざ獲物を逃がすようなことはしない。新たなページを開き、

「『拘束せよFang mich』」

 ページに乗せていた手を前へ向けて振る。リアノの身長の二倍はありそうな鎖が袖口から飛び出し、ありえない軌道を描きながら火だるまになった生物へ襲いかかる。小指の半分ほどしかない太さのそれが、まるで生きているかのように動き、首から肩の下にかけて食い込むほど強く巻き付く。炎上を続ける生物はなんとか逃れようとするが、鎖が締め上げる力の方が強い。やがて鎖の下からばきりと鈍い音が聞こえて来た。それきり拘束されていた生物は沈黙し、鎖もだらりと垂れ下がった。

 わざとらしく音を立てて本を閉じ、リアノはゆっくりと足を前に踏み出す。目的は鎖の回収と、もう一つ。黒焦げになった屍体とすれ違いざまに腕を伸ばし、袖の下から針を飛ばす。

「……に、じゅうさん」

 気の抜けた声で何かを数える。ついでに特徴を把握するため、視線をそちらへ向ける。

 猿の頭と鳥の翼、それと大蛇の下半身を持っていた生物のようだ。ただし黒焦げになっている今は、元の姿は見る影もない。辺りに飛び散っている羽は鳶のものだ。首と翼の付け根からは糸のようなものが飛び出している。

 リアノは嘲笑するように鼻を鳴らし、自身の足下へ目を落とす。羊の頭に豚の胴、仔馬の足

が繋ぎ合わされた生物で、巻き付いた鎖で首があらぬ方向を向いている。体毛と血肉が燃える臭いに眉をひそめつつ、鎖の一方を引っぱる。金属の擦れ合う音を立ててリアノの袖の中に潜り込んだ。それから、やはり屍体に刺さるようにして、袖の下から針を落とした。

「にじゅう、よん」

 言い終わると同時に、閉じられていた魔導書が勢いよく開いた。数枚の紙がめくれ、あるページで止まる。そこに書かれている文字は「Tergo cavus狭間隠す穴」。半分程度しか開いていなかったリアノの眼が七割ほどまで開かれ、口角が僅かに持ち上がった。

目印は針。開けDas Wahrzeichen ist Nadel. Öffne es

 音もなく、穴が開いた。漆黒で満たされたそれが現れたのは、針の刺さった屍体の真下。すぐさま屍体は穴に吸い込まれるようにして消えた。穴の中は全てを呑み込むかのごとき漆黒で、覗き込んでも底どころか、たった今落ちたばかりの屍体すら見えない。はたしてどこに繋がっているのか、どこまで続いているのか、定かではない。リアノは穴を確認すると、同じページに手を置いたまま、先ほどとは違う言葉を口にした。

閉じろSchließe es

 地面に開いていた漆黒が、瞬きの間に消え失せた。まるで、穴があったことなどなかったかのように。

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