第11話 獣の森・10 戦闘の後始末(後)

 ハルトマンからの応答がない。

 遠隔会話が繋がっていないのかと、魔結晶を見る。先ほどまでのネイビーではなく、騎士団長と話していた時のスカーレットでもない。光を反射する細かい粒子の入った透明な結晶に変わっている。ハルトマンの持つ魔結晶も同じ見た目であるため、レムナスの声は届いているはずなのだが……

(まさか、返事ができない状況にある……!?)

 現在のハルトマンには、敵の動きを観測し、それを味方に伝達する役目がある。戦闘時には魔道具を駆使した罠を使った援護も加えられる。どちらにしてもハルトマンが前線に出ることはまずない。にも関わらず応答がないのは、異常事態と言える。ナイフを握る手に力が入る。

「ハルトマン! 何かあったのですか!? 答えなさいハルトマン!」

『…………班長! 聞こえる? レムナス班長!』

「アストルナ医師!」

 レムナスの呼びかけに答えたのはヒナだった。

 遠隔会話の相手がハルトマンからヒナに変わり、魔結晶の色も若草色に変化する。混乱と焦りが入り交じった表情のレムナスは、持っているナイフをきつく握りしめた。

「アストルナ医師、ハルトマン観測手はどうしました?」

『合成獣の体当たりを受けてしまって、今馬車の中で伸びているわ。吹っ飛ばされた先が飛び花の上だったおかげで怪我はないから安心して。ただ、衝撃で気を失ってはいるけれど』

「そうですか……」

 安堵に胸を撫で下ろす。ハルトマンについては、ヒナがいれば心配はない。何しろヒナは医術の研究を行う、帝国騎士団の関係組織に所属する医術師だ。むしろ、レムナスが行っても邪魔にしかならない。

『そうだ、リアノから伝言。そこに合成獣がいるなら、サンプルを回収してほしいって。できるだけ多い方がいいそうよ』

「その件なのですが。以前は体毛、皮膚片、血液、内蔵の一部、牙などを採取した記憶があります。今回も同様で構いませんか?」

『あー……そう、そうね。ごめんなさい、今ここにリアノはいないの。直接聞いてくれる?』

「そうでしたか。こちらこそ申し訳ありません、近くにいるものとばかり思っていました」

『今リアノは離れたところにいる合成獣の掃討中。魔力を繋げておけば、その内気付くと思うけど』

 ヒナに礼を言って魔力の接続パスを切る。魔結晶の色がネイビーブルーに戻った。すかさずリアノの魔結晶へ繋げる。普通はそのまま相手へ呼びかけるのだが、合成獣の殲滅が優先と判断して、魔力を繋げたまま放置する。リアノからの応答が来るまでの間にと、レムナスはジャケットの内ポケットから細いガラスの筒を何本か取り出す。長さは小指と同じくらい、太さは薬指の第一関節が通る程度、と言ったところだ。それの端を地面に押し付け、反対の端をナイフの柄頭で軽く叩く。ナイフの柄に埋め込まれている魔結晶が反応し、炎が上がる。その熱でガラスが溶け、アーチ状に固まった。

 これで即席の瓶ができた。取り出した筒に全て同じ加工を施し、最後の一本の作業を終えたところで魔結晶から声が流れてきた。色は空色スカイブルー、リアノからだ。

『班長、お待たせ。そこに合成獣がいるよね。特徴を教えて』

「いきなりですねシュルクベイン監士。特筆すべきことでしたら、三匹全てが全身を粘液で覆われていることくらいでしょうか。あとは一般的な合成獣と変わりませんよ」

 まるで合成獣の存在が一般的であるかのような言い方だが、決してそんなことはない。違法な合成獣研究の検証を数多く行っているために、感覚が麻痺しているだけである。

『そ。じゃ、その粘液も採取して。三匹共ね。ただし素手では絶対に触らないで。前にヒナが言ってたけど、皮膚に付いただけで命に関わるような寄生虫がいる可能性もあるんだってさ』

 言われて、レムナスは合成獣へ伸ばしかけていた手を引っ込める。そして、粘液を剥がすのにナイフを使っていたことに安堵すると同時に、自身の危機回避能力に感謝した。

「忠告ありがとうございます。そちらはよろしくお願いしますね」

 分かってる、と返事が聞こえた後、魔結晶の色が元に戻った。小さく息を吐き、事切れた合成獣達へ視線を戻す。首の切り口から切断された赤黒い糸が覗き、ゲル状になった血が地面に溜まっている。生命を絶ってから間もないと言うのに、既に屍体からは腐敗臭が漂っている。慣れていない者であれば顔をしかめるだろう。だが、レムナスは眉一つ動かさない。片膝を立て、胸に手を当てて頭を垂れる。

「御座に坐す我等が母。御身の下へ安らかならざる者達が還りました。どうかこの者達へ、安らぎをお与え下さい――」

 静かに祈りを捧げた後、リアノの指示に従って作業を始めた。

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