第9話 獣の森・8 戦闘、合成獣(後)

 熊頭はレムナスへ近付き、右腕を振り上げる。これが頭と同じく熊のものであったなら、レムナスも迷いなく回避を選択していた。しかし実際には豹のものである。剃刀のように薄く鋭い爪は脅威だが、腕力は熊との比ではない。受けられると踏んだレムナスは両手に持った槍を地面と水平に掲げ、振り下ろされる腕に備える。

 一瞬の間を置いて、レムナスの腕を強い衝撃が襲った。だがやはり、軽い。腕の痺れもない程度だ。レムナスは大きく息を吐きながら槍を押し戻す。熊頭が体勢を崩したところを狙い、槍を体ごと回転させる。速度を増した槍の穂先が、熊頭の頭部と胴体の境目を勢いよく叩いた。ブツッと何か糸が切れるようなと共に濁った血が噴き出した熊頭は、声もなくその場に崩れ落ちた。

(合成獣は繋ぎ目が弱点であることが多い……この個体にも適応されていて助かった)

 頭だけとは言え、熊を相手にはしていられない――そう言いたげに息を吐き、横目で虎頭と狼頭の様子を確認する。二匹は互いが互いの粘液に塗れてもがいている。レムナスへ気を回す余裕もないようだ。熊頭へ視線を戻す。こちらはピクリとも動かず、また動く気配もない。レムナスは右手のグローブを嵌め直すと、虎頭と狼頭の方へ向ける。

「『氷を。凍てつく雪華を。姿自在なる垂氷を。四肢縫い止める氷杭を』」

 パキン、と音を立てて空気が凍り、二匹の上空に氷でできた八本の杭が組み上がっていく。その先端は虎頭と狼頭の体――四肢の先、人間で言う手首や足首の辺りを向いている。

 だが、二匹は気が付かない。ようやく粘液の檻から脱した喜びが、二匹を支配していたからだ。

「『氷杭よ。落ちよ。捕らえよ。拘束せよ』」

 レムナスの右手が地面を向く。同時に、杭が二匹の合成獣を貫いた。雄牛の血色オックスブラッドよりも尚黒い血の混じった粘液が飛び散り、激しい咆哮が二匹から上がる。無理もないことだ。二匹を正確に捉えた杭は肉を裂き、速やかに溶けて骨と関節を巻き込み、再び凍りついたのだから。

 氷の杭は更に形を変え、突き出ていた杭の頭が傷口の周りをぐるりと一周し、氷の腕輪になった。体を内外から冷やされ、体温が急激に低下した二匹は徐々に動きが鈍り、間もなく意識を失った。

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