第7話 獣の森・6 異形との邂逅

 レムナスが見つめる先に『ウルフキャット』の頭が、次いで首が見えた。胴が視界に入る前に、氷槍を放つ。同時に木陰から飛び出し、槍を追うように駆け出す。音もなく飛んだ槍は狙い通りの場所へ飛び、一拍遅れて激しい悲鳴が聞こえて来る。無事に命中したらしい。群れが散る前に片をつけたいレムナスは『ウルフキャット』のいるへ迫り――

 あと一歩で槍が届く、というところでレムナスは突然、地面を蹴って大きく後ろへ跳んだ。その直後のことだ。

 ザスッ――

 ナイフを砂の地面に突き刺したような音が耳に入った。

 理由は分かっている。だが敢えて音のした方へ、目だけを動かす。

 大鴉レイヴンとほぼ同じ大きさの体。ただしその体色は「灰被り」と形容されることもある薄灰色。

 レインバードだ。

 ほんの一瞬前までレムナスがいた場所。その足下に、嘴を下にして突き刺さっている。レムナスの全身から血の気が引いた。

 レインバードとは肉食性の鳥だ。非常に鋭く、光を反射する性質がある嘴を持ち、上空から獲物を発見すると、急降下して肉を削ぎ取って喰らう。その様が、遠くから見れば雨粒のようであるから『レインバード』の名が付けられた。その勢いは嘴どころか羽が触れただけでも肌が裂けるほど激しい。かつては武器に利用されていた歴史があるほどに丈夫な嘴は、直撃すれば人の骨など容易に砕く。また、嘴は先端どころか全体が地面に突き刺さっても折れず、レインバードも死ぬことはない。レムナスを襲った個体も、地面に刺さった嘴を抜こうともがいている。

(シュルクベイン監士の網を抜けた? あるいは、最初から狙われていた……!?)

 空を見上げる。さっきは辛うじて回避することができたが、もし他にもいるのなら避け切ることは難しいだろう。しかし雲に紛れる体色な上、遙か上空を飛ぶレインバードを目視することは簡単なことではない。何より、今は地面に刺さったレインバードにも気を払わなければならない。

 レムナスが警戒のため更に後退した時、近くの木の影から飛び出して来るものがあった。反射的にそちらへ目を向けると、レインバードへ牙を突き立てる獣の姿が見えた。

「……ハルトマン観測手! 仮名称『ウルフキャット』について報告を!」

 獣から目を離さず、魔結晶のペンダントへ呼びかける。レインバードは首を獣の牙に噛み砕かれ、既に声を出すことなく絶命している。その獣は体の表面を水っぽいもので覆われている。ハルトマンが言っていたのは、このことに違いない。獣は一度口を開いてレインバードを地面に落とすと、羽根を毟って食べ始めた。

『班長、「ウルフキャット」は班長の目の前に一匹見えると思うが、すぐ近くに二匹潜んでいる。さっき班長がブチ抜いた個体は戦闘に参加できないな、左脇腹に直撃して死にかけている。班長が残りを片付ける頃には死んでいると見た』

「さすがにしぶといですね。他に個体群がいると聞きましたが、そちらは?」

『そっちに目立った動きはない。こっちはレインバードも撃退したし、そろそろ馬車を動かせそうなんだ。群れの方はリアノに任せた方が早いと思うぜ』

「そうですね、そちらの守りは任せます。言うまでもないとは思いますが、警戒を怠らないように」

 レインバードを食べ終えた『ウルフキャット』がレムナスへ目を向ける。口の周りを赤く染めながら唸り声を上げ、それに呼応するように二頭の『ウルフキャット』が姿を見せた。槍を構えながら周囲の『ウルフキャット』を見渡したレムナスは針のように目を細め、呟く。

「……随分、腕の良い研究者もいたものですね」

 怒りと呆れ、そして軽蔑を込めた痛烈な皮肉の言葉。無理もない、目の前にいるのは何とも歪な、摂理に反した生物なのだ。

 それは、人の生み出した恐るべき獣。おぞましき形。哀れなる命。

 すなわち合成獣キメラである

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る