第6話 獣の森・5 先手の一撃
「班長、気を付けてよね!」
レムナスの背に向けて、少しばかり不満そうに激励を飛ばすヒナ。本来ならばまず届かないが、ヒナのバレッタに付いたクローバーはただの石ではない。
『……は……ょ……まれ!』
「!」
服の中にしまってあったペンダント――大きさは異なるがヒナのバレッタと同じく魔結晶でできている――からハルトマンの声がした。断片的だったが『止まれ』と聞こえた。だがすぐに止まることなどできない。地面を蹴って跳び、空中で回転しながら勢いを削ぐ。それでも完全に殺すことはできず、着地してから数メートルほど滑って止まった。
「っ……何です、ハルトマン観測手?」
ハルトマンへ問いかけるレムナスの声は固い。作戦行動中にハルトマンの方から連絡を取って来ること自体が珍しいことだ。同時に素早く辺りへ視線を向ける。レインバードが狙っている馬車の一団からは離れているが、警戒するに越したことはない。身を隠すため手近な木の下へ移動したレムナスの頬に、汗が一筋流れる。
『班長、ちょうどいいところで止まってくれた。「ウルフキャット」の群れの一部がすぐそこに迫っている。方角は北東、数は四。どうやら体表が粘液に覆われているようだが詳細は不明。なるべく触れない方がいいだろうとは言っておく。班長にはまだ気付いていないようだ。どうする?』
「こちらから仕掛ける。レインバードは任せたとシュルクベイン監士へ伝達を」
『把握した。気を付けてくれよ!』
ハルトマンが言い終わると同時にレムナスは周囲へ視線を走らせる。周囲の木で見えにくいが、ハルトマンの言った通り、北東約三十メートルの辺りで何かが動いた。そちらから目を離さずに右手でジャケットの内側を探り、艶のない黒い筒状の望遠鏡を取り出す。覗き込むと、四足の動物らしき影が見えた。大人の腰より少し低い位置に、四つの頭がある。ハルトマンの報告にあった『ウルフキャット』だろう。レムナスは望遠鏡をしまうと、今度は白い革のグローブを出し、右手だけのそれを器用に口を使って嵌める。そして左手を影が見えた地点へ向けて伸ばし、右掌を上にして肩の高さまで上げる。
「『氷を。この手に氷塊を。凍てつく雪花を。カタチ持つ金氷を。熱奪う氷柱を』」
パキパキと音を立てて周囲の空気が凍る。レムナスの右手に氷が集まり、細長い円錐形に姿を変える。それを軽く握ると、余計な部分が削ぎ落とされ、より鋭い形になった。形状としては小型のジャベリン、あるいは柄の長いスティレットが近い。
できあがった氷の槍を強く握りしめる。グローブ越しでも、体温が奪われる感覚がある。あまり長く手にしていると凍傷になるほどだ。だがレムナスは投擲の構えを取ると、静かに動きを止めた。その視線は『ウルフキャット』が見えた地点から動かない。
投擲武器を使用する際に、最も気を配らなければならないものの一つは時間だ。標的を認識し、武器を放つ。手を離れた武器は自分との間にある空間を飛び、標的へ命中する。標的を目視してから命中するまでの時間差は僅かなものだが、相手が移動するなどして狙いが外れるには十分だ。その辺りも計算に入れ、「どこを狙えば相手に深手を負わせられるか」を見極めなければならない。故に、待つ。相手の動きを観察し、先の行動を予測し、その上で相手が最適な位置に来る瞬間を。
そして、その時はすぐに訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます