第5話 獣の森・4 襲撃の報せ
瞬間、二人の間に流れる空気が一変する。
幌の上で周囲の警戒に当たっている観測手が吹いたものだ。笛を吹く回数と長さによって意味が変わり、短く二度聞こえたら目的地への到着が近いことを、断続的に三度以上なら休息のための停車を意味する。今回は鋭く長い音が一度、聞こえた。
その意味は「警戒」、あるいは「敵襲」。
レムナスは傍らに置いてあった槍を手に、馬車の前方へ向けて声を張り上げる。
「ハルトマン観測手!」
「悪い班長! 出てくれ、レインバードだ! まだ目視してないが詳細不明――仮名称『ウルフキャット』の気配もある!」
五台の馬車が連なる一団の中心、レムナスの二台前の馬車から、観測手を務めるサグ・ハルトマンが答えた。途端にレムナスの顔が険しくなる。レインバードと、ハルトマンが仮の名として『ウルフキャット』と付ける存在の危険性はよく知っている。弾かれたように空を見上げ、脅威を探る。
灰を撒いたかのような薄曇りの空。一見すると何の変哲もない空模様だが、じっと目を凝らして見ると、雲の隙間から一瞬だけ何かが光った。レインバードの嘴だ。レムナスの背に悪寒が走った。
「ハルトマン観測手! レインバードの規模及びウルフキャットの正確な位置の捕捉、被害があれば優先的に報告せよ! アストルナ医師、ハルトマン観測手の報告を元に救護、それまでは待機! シュルクベイン監士はレインバードの迎撃を! 被害を最小限に食い止めよ!」
ヒナとハルトマン、そして今は顔を出していないが三人の会話を聞いているはずのリアノ・シュルクベインへ指示を飛ばす。すぐにリアノがレインバードの襲来に備えて馬車の周囲に魔法陣を組み上げ、ハルトマンが緊急事態を意味する笛を吹く。同時に、辺りに白い半透明の文字が浮かび始めた。周囲の魔力をリアノが掌握した証だ。舞い上がる砂埃が抑えられ、視界が晴れる。すぐにハルトマンの声が飛ぶ。
「班長! 『ウルフキャット』を捕捉した、北北東約四千メートルの森の中だ! 規模は小さいが、相変わらず詳細は不明。気を付けてくれ!」
「把握――帝国騎士アラウダ・レムナス、出る!」
言うが早いか、レムナスはまだ減速を始めていない馬車から躊躇なく飛んだ。空中で体を捻り、着地に最も適した体勢を取る。レムナスの足が地面に接する直前、若草色の光が覆った。ヒナの支援魔法だ。
「ありがとう、アストルナ医師!」
片足で着地すると同時に、ヒナの魔法が発動した。足に掛かるはずの衝撃を吸収し、逆に走り出すための力として利用する。そしてもう一つ。四千メートルもの距離を馬よりも速く走破できる脚力。例え五千メートルであっても軽々と走り、そのまま戦闘へ移行できる程度の体力はあるレムナスでも、速力には限界がある。それを補助する支援魔法だ。ヒナが慌てて馬車から身を乗り出した時には、既にレムナスの背も遠くなっていた。
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