第4話 獣の森・3 芸術談議(後)

「班長、これは『デフォルメ』っていう表現技法の一つなの。どこが始まりかは知らないけど、最近帝都では密かなブームにもなっているの。知らない?」

「……なんですか? その……でふぉ……るめ? とは?」

「デフォルメ、ね。モデルの特長を抜き出して、それを強調するように描く技法のことで、例えば班長なら……『濃紺ネイビーブルーの髪と瞳、髪は動きやすいように短くし、ややつり目気味の目は大きい。帝国騎士団、それも誉れ高き近衛騎士ロイヤルガードの一員であることを示す純白のジャケットと胸に輝くバッジを身に着け、その手には自分の身長ほどの槍を携えている』――」

 ヒナはレムナスの全身に視線を送り、指折り数えながら特徴を挙げていく。

「『 肌は程よく日焼けした桃果色ピーチ。表情はいつも自信に溢れた笑顔。ただし若干戦闘狂な面があり、そこが玉に瑕』――こんなところかしら。さっきわたしが挙げたことを……そうね、この挿絵のような大きさの絵にしても、班長を知っている人なら誰のことを描いているか分かるでしょ? 知らない人でも、絵の下に名前を書いておけば誰か分かるしね」

 言いながら本の挿絵を見せるヒナ。実践すればもっと分かりやすいところだが、すぐに使える紙とペンはない。それでもレムナスは深く頷き、改めてじっくりと挿絵を見る。

「……そう言われて見ると、確かにこの絵は陛下の特長をよく捉えています。ですが、陛下が即位後すぐに描かせ、『よく似ている』と絶賛した……そのように伝わる肖像画が残されています。そちらを見て書いたのでしょうが、何故模写ではなく……デフォル、メ? と言う手法の絵を採用したのでしょう」

「模写なんて使ったら本の値段が跳ね上がっちゃうでしょ。そういう絵は版画との相性があまりよくないし、精巧に彫ってあっても結局は職人の腕次第になる。印刷にかかるコストも馬鹿にならなくなるんだから。それに、これはあくまで大衆向けの本。肖像画の模写を挿絵に使う本なんて、贅沢すぎて貴族か帝国図書館くらいしか買えないわ」

 印刷には下絵を元に彫った版を使う。黒のインクのみを使ったものはかかる手間が少なく、値段も安いが、二人が見ている絵は、少なくとも五色が使用されている。色を見るに、黄と赤の組み合わせと濃淡で表現しているのだろう。色が増えるほど必要なインクが多くなり、線が多いほど印刷の際に潰れやすくなる。大衆に向けて作られた本なのだから、価格を落とすためにその二つを満たさないようにしたのだろう。

「あと、ちょっと考えたんだけどね。クラウンって確か金色でしょ? 皇帝陛下の髪も金だし、埋もれないように敢えてティアラにしたんじゃないかな。ドレスの色は『全体のバランスを取りつつ使う色を押さえる』ために絞り出したアイデア……とかね」

 物造りが盛んな領地の役人を親に持つヒナは、こういった制作に関わる事柄に詳しい。一方、かつて傭兵団が作った国があったと伝わる地方に籍を置くレムナスは、武芸に長けるが芸術方面に疎い。しかし疎いだけで芸術を否定しているわけではないため、ヒナの説明で納得がいったらしい。何度も頷いている。

「ありがとうございます。おかげでよく分かりました。……分からないからと否定してはいけませんね」

「そうね。分かってもらえたところで聞きたいのだけど、この本はどうするつもり?」

 じっとりとした視線を向けると、レムナスはばつが悪そうに俯いた。ヒナはわざとらしく溜息を吐き、破れた部分を指でなぞる。

「『修理、修復、修繕、修整。今あるカタチを元ある形へ』――」

 ヒナの髪を纏めるバレッタに付いた、四葉のクローバーを模したストーンから若草色ブライトグリーンの光が溢れる。

「――『医術師ヒナ・アストルナが命ず。直れ、治れ』」

 光は破れた箇所へ集まり、紙の繊維を結び直していく。光が弱まり完全に消え去ると、後には傷一つない本が残された。

「……これでいいでしょ。後で売り物として問題ないか聞いてみましょう。説明は班長がしてね」

 ヒナに睨まれたレムナスは背筋を伸ばし、もちろんですと答える。ヒナが自分の荷物の横に本を置いて息を吐いた。

 ――その時、外から鋭い笛の音がした。

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