第3話 獣の森・2 芸術談議(前)

「まず頭の上を見てください。これはどう見てもクラウンではなくティアラでしょう。陛下には王国から受け継いだ王冠があるのですから、そちらを描くべきではないかと思うのです」

 レムナスが指した箇所には、白のアーチ状の曲線が重なるように描かれている。中心に金橙色ゴールデンイエローの大粒の宝石が、その周囲を鮮やかな赤の宝石が飾っている。言われて見れば確かに、王冠クラウンと言うよりは半冠ティアラに近い。

「本当。陛下が身に着けているものだからてっきりクラウンかと思ったけど、こうして見ると全然違うのね」

「はい。それからドレスの色です。この絵では緋色スカーレットですが、記憶している限り陛下が即位後に赤系統のドレスを着用したことは……そのような記録はありません。即位以前ですと、戦場で指揮を取られる際に赤ワイン色クラレットなどの色を着用されていました。……そのような記録が残っています」

 レムナスの言葉にヒナが顔をしかめる。以前、実験と称して毛虫や百足などの毒虫を壺に詰め、中の様子を延々と観察していた女がいたのだが、それを見た時と同じ顔をしている。

「え、えーっと……その、凄い調査能力と記憶力ね、班長……どこにそんな史料があったの?」

「レムナス家先祖の記録と帝国図書館の歴史書です。前者であれば、良ければお貸ししますが」

 ヒナは丁寧に丁重を重ね、婉曲的に辞退する。そうですか、とレムナスは特に気にする様子もなく、それよりもと話を戻した。

「一番違う……と言うより、疑問に思っていることがあります。何故、陛下が子どものような描かれ方をしているのでしょう? どう見ても即位後のお姿だと言うのに、おかしくありませんか?」

「そう? わたしはそう思わないけど……」

 前述の通り、この絵は四等身に描かれている。全体の大きさに対する頭の比率が大きく、腕が短い。微笑を湛える目は大きく、可愛げと同時に確かな威厳を感じる。長い髪は毛先に掛けて緩く波打ち、それが輝いていることを示すマークも描かれている。何故か鼻が省略されているが、全体のバランスを見るに、敢えて省いたのだろうか。作者ではないヒナに分からないことだが、それはともかくとして、ヒナはモデルの特長を押さえつつ、可愛らしく仕上げてある良い絵だと感じた。

「別に子どもには見えないでしょう」

「いいえ、身長に対して顔が大きすぎます。風刺画ではないのですから……」

 言われて、ヒナはレムナスとの認識に差があることを理解した。どう説明したものかと少し考え、うーんと唸って口を開いた。

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