婚約破棄だ!と叫んだクズの行く末を知ったのは300年後のことでした

笹味サラミ

大聖女ミリアム・ロレイン

「大聖女ミリアム・ロレイン! おまえとの婚約を破棄する!!」


「……はい?」


 第一王子の誕生祭。主役である彼から放たれた突然の婚約破棄に、会場である皇宮の大ホールは静まり返った。


「おまえは大聖女という地位を利用して、ズイモ男爵令嬢アマリールに嫌がらせをしていたことは明白である! すでに何件もの目撃証言が挙がっている!」


「嫌がらせなんてしてませんけど」


 ああ、はいはい。アマリール嬢ね。


 平民から男爵家の養女となったアマリール・ズイモ。


 ピンク色の髪に緑色の瞳。華奢な体躯とは違い巨乳で童顔。


 可愛い顔をしてフィカスに近づいたかと思ったら、あっという間に第一王子の恋人の座を獲得した。


 第一王子の婚約者であるわたしことミリアム・ロレインは、寝取られ聖女と貴族たちから小馬鹿にされている。それ自体は、まあまあどうでもいい。


「ええいっ、この期に及んでしらを切るつもりか!!」


「殿下……わたし、怖い……」


 アマリールが翡翠色の瞳をうるうるとさせて、豊満な胸を第一王子に押しつける。


 フィカスが「大丈夫だ、アマリール」と彼女の細い肩を撫でて、キッとわたしをねめつけた。


「私の心がアマリールへ向いたことに嫉妬するだけでなく、彼女を攻撃するとはあまりに醜い所業だ! そんなにも私を愛していたならば、おまえはもっと謙虚で従順であるべきだった! それだというのに努力するどころか、か弱いアマリールを攻撃するなど……っ! 大聖女にあるまじき行いだ!!」



 なに言ってんの、この人? あなたを愛したことなんて一度もありませんが?



「そもそも私は、おまえと婚約なんてしたくなかった! 出自もわからぬような女が王子である私と婚約を望むなど、あまりにおこがましい!! ゲートを封印して大聖女などと称賛を受け、調子に乗ったのは明白! それでも私はおまえとの婚約に異を唱えなかったというのに……っ! 恩を仇で返すとは、どういうつもりだ!!」



 はあ? いつわたしが、あなたとの婚約を望んだの?

 恩を仇で返す? それを言いたいのは、わたしの方よ。


 魔物が湧くデスゲートの封印には苦労した。最前線でもあるゲートの間近で命懸けの封印術を展開する間に、わたしを護る騎士や兵士の命がいくつも散っていった。


 どれだけ悲しくとも悔しくとも、術を止めれば彼らの死が無駄になる。だからこそ術を展開し続けた。すべては、罪なき人々を護るために。


 すべてが終わったあとで、ようやく涙できたというのに……。


 満身創痍で戻ってみれば、褒賞として与えられたのがこの第一王子だ。


『第一王子殿下との婚約はご辞退申し上げます』


 何度も断った。強く断った。いっそ懇願した。


 それでも第一王子が望んでいるという理由で、国王が推してきた。


 せめて前線で共に戦った第二王子にしてほしい、いいえ、いっそ金貨をくださいと必死に頼んだのに『金貨よりも価値がある』として、国王は第一王子とわたしの婚約を発表してしまった。


 これぞまさに『恩を仇で返す』よ。


 フィカスは王族だけがもつ赤眼のくせに、威厳や畏怖や畏敬を感じさせないのほほん顔のお坊ちゃまだ。


 剣術も頭脳も人並み。第一王子という地位と顔だけが取り柄という事故物件。


 浮気は王子として当然の嗜みたしなと平気で謳い、奴隷売買の組織を解体させる予定が逆に呑み込まれて奴隷を買ってくる始末、その尻拭いを第二王子にさせているあいだに奴隷を散々虐げてポイ捨て、国費はいずれ自分のものと言ってギャンブルにはまり私財を湯水のように使って金鉱山まで売ってしまうような阿呆。


 彼との婚約は褒賞というよりも罰ゲーム。不良債権を押し付けられただけよ。


 どうにかして婚約破棄できないものかと考えて早一年……。

 まさかこんな茶番で破棄されることになるとは思わなかったわ。


 でも婚約破棄になるなら幸いよね。ただ、汚名だけは絶対に雪ぎたい。

 この人を愛していたなんて発言だけは、なんとしても否定したい!!


「殿下、あの――――」


「キャアッ! あの人、今アマリールに攻撃しようとしたわ!」


「なにッ!?」


 なにもしてないけど?


 でもアマリールを護るように抱きしめる不良債権……もといフィカスが、憎々しげな形相で睨みつけてきた。


「よくも、私のかわいいアマリールに攻撃を……ッ」


「いえ、攻撃なんてしてま――」


「おまえは大聖女ではなく魔女に違いない……ッ!! 前々からおかしいと思っていたのだ! ゲートを閉じられるくせにこれまで閉じようとしなかったことも、褒賞に私を欲しがったことも……!! すべてはこの国を乗っ取るための作戦だったのだろうッ!!」


 バカなの? 本当のバカなの? 呆れて言葉もないわ。


「ようやく本性を現したな、魔女めッ!! アマリールがおまえの醜悪さに気づいたから、彼女を攻撃したのだな!! 彼女が私に助けを求めなければ、アマリールはおまえに殺されていたはずだ!!」


 もともと頭の弱い人って思ってたけど……ここまでくると哀れだわ。フィカスに抱かれながらいやらしい笑みを浮かべるアマリールとは、お似合いだよね。


 それはフィカスのそばに並び立つ彼らも同じ。


 王弟の息子である公爵子息に、宰相の息子にして侯爵家子息、騎士団長の息子にして伯爵家子息が、揃いも揃ってにやにやと笑っている。


 彼らは国が大変なときでも剣をとらず、第一王子とともに王宮でお茶とケーキを楽しんでいた。もちろん王子が二人いればひとりは残さないとならない。血筋ファーストの王家として当然よね。


 でもさ、心身ともに疲弊して戻ってきたわたしたちに、この人たちは笑ったのよ。


『生きて戻るとは思わなかった』って。


 彼らは、わたしたちが邪魔なんでしょう。とくに第二王子と、第二王子を優先するわたしが目障りでしょうがないんだと思う。


 本当、ピンク頭とお似合いだわ。


「私とアマリールは真実の愛!! アマリールこそ私の妃にふさわしい! 未来の王妃に危害を加えた者を許すわけにはいかない!! よって、大聖女を騙る《かたる》魔女に処刑を申し渡す!!」


 先ほどまで華やかだった誕生祭が悲鳴やら戸惑いの声やら、違う意味で賑わった。


 婚約破棄はどうでもいいけど、魔女の汚名を着せて処刑とは……あまりに度を越してる。


 二十歳を越えても王太子の戴冠式をしてもらえない第一王子ごときが、国王にでもなったつもり?


「失礼ながら、それは悪手です。わたしを処刑すれば神殿が黙っていません。新たな火種を生むだけです」


 ここでは言わないけど、うちの神殿は強いよ?


 武装集団のうえ、治癒力をもってる人が他にもいるからね。いくらでも戦えちゃうよ?


 まして信仰に厚い国内において、大聖女が王家から害されたとあれば平民が黙っていない。


 平民は、いつだって権力者に不満をもってるんだから。


「そんなたわ言が通じると思ったか! 愚か者め!」


「たわ言ではありません。それと、わたしは魔女ではありません」


「いいや、おまえは確かに魔女だ! アマリールを害そうとした時点で、おまえは魔女にほかならない!」


 バカとは知ってたけど、ここまでひどいとは……。


「なにをしている、衛兵! 魔女を捕えろ!! 明朝に、処刑を執行する!!」


 次期宰相を自負している侯爵家令息が高らかに命令を下す。


 あなた自身にはなんの権限もないのに、なんでそんなに偉そうなのよ。


 とてつもなく腹がたってきた。


 衛兵が戸惑いながらも、わたしの腕をとる。


「申し訳ありません、大聖女様」


「念のため、ご同行願います」


 衛兵たちも狼狽を隠せてないけど、彼らは命令に逆らえない。どれだけ腐っても、第一王子とその側近からの命令だ。平民出身もいる衛兵に逆らうすべはもたないよね。


「あんなバカを生かすために、仲間は死んでいったんじゃない」


 いっそ仕返ししてやりたい。それこそ魔女のように。


 でも大聖女の称号に相応しく、わたしは呪いや悪意の類に力が使えない。

 だからこそ、余計に悔しいのかもしれない。


 はらわたが煮えくり返った。


「よくも……よくも、ありもしない冤罪を吹っかけてくれたわね……っ。殿下との婚約なんて、もともと望んでませんよッ! 何度も断ったでしょう……っ! あなたみたいな不良債権、褒賞でもなんでもない! だったら共に戦った第二王子にしてほしいと言いましたっ! むしろ金貨にしてほしいと懇願しましたよねッ! それでも婚約を強行したのは、陛下と殿下ですよ!」



「ふ、不良債権だと!? 私は、この国の第一王子だぞ!? 王族侮辱罪だ!!」



「あなたは第一王子という称号をもつだけの、不良債権! 事故物件です! 剣術も政治もパッとしない、顔しか能がないお飾りに過ぎない! だから陛下はいまだにあなたを王太子と認めないし、男爵令嬢みたいな性悪に簡単に引っかかるんですよ!」



「貴様あ……ッ! アマリールを侮辱するとは許せんッ! この場で処刑してやる!」


 フィカスが顔を真っ赤にして護衛騎士の剣を抜き、駆け寄ってくる。


 王宮の大ホールに悲鳴が響き渡った。


 激怒するフィカスと、こんな状況になっても楽しそうに笑っている側近たちと男爵令嬢を目に、わたしは祈るように手を組む。


「大聖女ミリアム・ロレインが願い乞う。我に悠久の眠りを与えたまえ、聖なるゆりかごクリスタルゲージ!!」


 パキパキパキッと音がして、わたしの身体が足元からクリスタルで覆われていく。


「あなたの手にかかるなんて、まっぴらごめんよ!!」


「魔女が……ッ!」


 第一王子の怒声とともに、ガキンッと剣がぶつかるような音がした。


 それと同じくして、「ミル……ッ!!」という叫び声がした。


 第二王子フェリクスの声だ。


(大丈夫だよ、フェル。一年くらい眠ったら戻ってくるから)


 駆け寄る足音を聞きながら、わたしは深い眠りの底へと落ちていった。






 その後に第一王子たちが生涯幽閉され、王国が滅びたと知るのは、わたしが眠りについてから300年後のことだった。






++++++++++++++++++++

読んでいただきありがとうございました。

第一王子やアマリールが本当に幽閉されたのかどうか、

なぜ王国は滅亡することになったのか、

第二王子と神殿の激怒っぷりなど、いつか書いてみたいです。

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婚約破棄だ!と叫んだクズの行く末を知ったのは300年後のことでした 笹味サラミ @maomaohoney

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