第11話 嵐のとき ※性描写あり

 空が光った。頭のすぐ上で雷鳴が轟いて、大粒の雨がぼたぼたと音を立てて落ちてきた。

 月彦の背中との距離は縮まっていたが、マンションも目の前だった。オートロックはあの様子ではきっと開けてはもらえないだろう。

 つまり、エントランスに入るまでには捕まえる。

「ちょ待って、先輩っ!

くそっ、足はえーな、あの人……っ!」

 しかし、京弥だって体力や運動能力には自信がある。雨は容赦なくスーツと革靴をびしょびしょにして走りにくいことこの上ない。

 雨は豪雨になり、雷は空を光らせ轟音を響かせている。前を走る月彦のTシャツも濡れて肌に張り付いている。その姿もすれ違う人に見せたくなくて京弥の足を速めさせる。

 マンションの手前でスピードを一気に上げる。月彦が鍵を取り出した瞬間にその腕を掴むことができた。

「捕まえた……!

はぁ、はぁ、やばい、俺、不審者に見えません……?」

 大きく肩で息をする京弥に負けず、月彦もはあはあと喋ることもままならない様子で、ただ京弥をひと睨みしただけで諦めたようだった。

 無言のまま、部屋に入った瞬間、どちらからともなく抱き合ってキスをする。

「ん、んぅ、……は、ん」

 電気も付けずに唇を重ね続けていたが、時折窓が光り、雷鳴が轟き続けている。抱き合う腕に力を込めれば込めるほど、お互いの濡れた服が肌に張り付くのが気になる。

「んっ……は、ぁ、もう、なあもういいから。

今日は、今日だけはまだ、俺のもんだろ。

このまま抱いて」

 唇を離す隙間も惜しむように、月彦が呟く。雷鳴の中でもなぜかはっきりと聞き取れた。

 もつれ込むようにぐちゃぐちゃの靴を脱いで、リビングの床に倒れ込む。

 もどかしい思いで月彦のTシャツを脱がせ、自分のシャツも脱いで放ると、床でべちゃりと音がした。濡れた服を着たままだとさすがに気持ちが悪いという言い訳を心の中だけでし、月彦の重たくなったデニムも足から抜き取る。

 汗と雨に濡れて湿った肌は冷やりとしているのに、舌を這わせ胸の突起に吸い付くとすぐに熱を持つ。固くなった一方を弄び、もう一方を舌の上で転がすと、ふるりと身体を震わせながら噛み殺した息が漏れる。

「は、ベッド、行きます?」

 全裸にすればベッドを少なくとも雨で濡れた服で汚すことはあるまい。

「! だめだ! ……ベッドは、だめ。

ここでいい。ここでこのまましてくれ」

「……。

じゃあ、ローションとかあります? 俺取って来るんで」

 寝室のクローゼットの奥からローションだけを持ってきて、月彦の尻の合わいに手を伸ばす。

「あっ、んんっ」

「柔らかい……。まさかほかに誰かと」

「っ、ばかやろ! ……お前に会うのに準備しないわけないだろ」

 顔を手で覆いながらそう言う月彦に、身体中の血流が勢いを増して、頭が沸騰しそうなほど駆け巡る。

 あれだけ拒絶した態度をとっていたのに準備をして来てくれているという行動が健気で愛おしい。

 たまらなくなり、指を二本挿れてかき回したまま、目の前の月彦のものを咥えた。

「んんっ! んやっ、そこ、同時にするの、やめ……っあん! あ、も、むりだ、てぇ!」

 舌を這わせてやったり、先端を舌でほじってやったり、全体を吸い上げてやったり、月彦はそのどれもに素直に反応した。

「あっ、もう出る! でるからぁ! はなし……!」

 その訴えを聞いても、京弥は口を離そうとはしない。京弥の頭を押さえる月彦の手に力が入り、口の中のものがびくんと脈打つ。熱いものが勢いよく口の中に出された。

 性急過ぎるほどに月彦の身体を開く。

 せっかく濡れた服を脱いだというのに、京弥も月彦も全身が汗と体液とローションで滑る。だが、そんなこと全く気にならないほど夢中で腰を打ち付けていた。力加減のできていない京弥のせいで、月彦の身体はゆさゆさと揺れてひっきりなしに高い声が上がっている。

「岡野っ、名前呼んで!

俺の顔見ながら、俺の名前呼んで。

ちゃんとここに居るって、お前は知ってて」

「月彦先輩、月彦さん、月彦さん、きれいだ。俺だけのものになって」

 月彦も望んでいたのか、より深くで感じようと足が高く大きく開き宙を蹴る。

「岡野、もっと、もっとして。

俺の身体、きもちいい?」

「気持ちいいよ、月彦さん、たまんない」

 月彦が一度や二度達したくらいでは京弥は満足できない。月彦の上半身を抱きかかえて自分の上半身と共に起こし、挿入したまま自分の上に座らせた。

「ひぁ、んんん!

は、あ、んんっ、あ、やだ、おく、おくまで、きてる……ああ」

 下から楔で穿たれているような不安定さを、京弥の首筋にすがることで解消しようとする。しかしそれが京弥が月彦の身体を抱いてさらに強く突き上げる助けになってしまった。

 京弥が少し腰を動かすだけで月彦は自重も手伝ってより深く奥に入り込む。固く閉ざしていた奥が徐々に柔らかくほころんでいく。

「すごいね、月彦さん。前の時より俺のこと受け入れてくれてる……」

「んんっ、は、ああ、きもち、おく……」

「奥、気持ちよくなってきた?」

 深く舌を絡める度に、月彦の中も柔らかくねっとりと締める。反った背中から腰、痙攣する太腿、糸を引く月彦の先端が、月彦が感じていることを示していて京弥の興奮を煽る。

 初めての夜のようにその身体を貪り、何度か欲望を吐き出すと、ようやく二人の間の火照りも収まってきた。

 月彦が頑なにベッドは嫌だというので、薄いタオルケットをベッドから引っ張ってきて月彦をぐるりと包んで抱きかかえた。

「……俺夢中で、こんな床で何度も……身体大丈夫っすか」

「あちこち痛いよ」

「ですよね、ほんとすいません」

 外では鳴りやまぬ雷と豪雨と言っていい程の雨が続いている。その音を聞きながら、月彦を後ろから抱きしめて肩やうなじにキスをし続けていた。

「あんたが“月彦”さん、なんですよね?」

「……そう。俺の名前が“月彦”」

「あの人は?」

 身体に力が入らないと言って、月彦は京弥に体重を預け、首をもたれかけた。そのまま京弥の肩口に鼻を摺りつける。

「……はると。太陽の陽に人と書いて“陽人”。

俺の、双子の弟」

「え、でも、……俺には見分けつかなかったんっすけど……」

「当然だ。身体は一つだからな」

 ますます訳が分からなくなっていったが、黙って先を促す。

「あいつは、俺のことも、自分の状態も、なにも覚えてないからあいつにこのこと言わないで。陽人っていう名前も呼ばないでくれ」

「それってどういう……?」

「陽人は、」

 月彦の顔は、悲しげに歪む。

「中学の頃に、病気になったんだ。入院もして手術も何度もしたのに、どんどん悪くなっていった」

 一卵性双生児だった月彦たちは幼少期には当然のように仲が良く、常に一緒に居て、時折両親すら間違えるほどだった。

 小学生の頃までの月彦と陽人は言葉を要することなく意思疎通ができた。しかし、年齢が上がるにつれ、そういった能力も使うこともなく、それぞれの交友関係も広がり、常に一緒に居るわけではなくなった。

 月彦は社交的な性格で友人関係も元気でやんちゃな友人たちが多かった。対して陽人は、優しく穏やかで年齢の割に大人っぽく読書を好んだ。二人とも、その容姿も手伝って目立つ存在だった。

 一緒に居る時間は少なくなったが、二人の間には常に他人には入り込めない独特の絆があった。

「あいつは入退院を繰り返しながらも受験して、同じ高校に行くのを楽しみにしてた。

でも、高校に入学する前に、陽人は死んだ」

「……え?」

 あの優しくて穏やかな、寝食を忘れて夢中で絵を描く陽人の様子が思い浮かぶ。

一緒に映画を見る約束をして、一緒にアイスを食べながら夜道を歩き、一緒にアート展に行く予定をたてた。あの微笑んでいた陽人は、いったいなんだったのか。

「……信じなくてもいいけど」

 月彦が、まだ湿っている髪をくしゃりとかき上げながら言い淀む。

「話してください。俺は、あんたのこと、あんた“達”のこと、知りたい。

ほかの誰も信じられないようなことも、俺は信じます。

向き合って大事にして支えるって決めたんで」

 月彦がぽかんと京弥の方を見ている。

「まだ何も言ってないのにそこまで言い切れるのすごいな」

 京弥にとっては当然のことだ。好きだ、大事だ、と言いつつその相手の言葉も信じられないようでは、いったいなにをもって相手への気持ちは本物だと言えるのだろうか。

 盲目的に誰のことでも信じると言っているわけではない。月彦と陽人のことだから信じるのだ。

 たとえば、陽人の話しが事実ではなく、全て月彦の作り話、もしくは何らかの病からの妄想だったとする。そうだとしても、月彦の言葉はそのまま受け止めると決めたのだ。

「だって、俺が迷うと月彦さんが安心して俺のこと信頼できないでしょ」

 暗い部屋で雷の光が一瞬、月彦の表情を浮かび上がらせる。その瞳が揺れたように見えた。

「あいつが、いよいよ弱って病院のベッドで意識がなくなって、みんなが覚悟を決めた頃。

陽人は、しょっちゅう俺の夢の中に出てきてた。夢の中でのあいつは元気そうで、いつもみたいに笑って冗談を言ったり、俺の学校での様子を聞いてきたりしていた。

俺は、なんの疑問も持たなかった。

いつもみたいに陽人が一緒に居る。それは、俺にとって当たり前で、普通のことだったんだ」

 毎晩のように夢で会える陽人と話をしたり、一緒に遊びに行くこともできた。いくら陽人が重病だといっても、母親がほとんど泊まりで病室に付きっきりでも、家の中が死の気配で暗く沈んでも、月彦はちっとも寂しいとも悲しいとも感じなかった。

 月彦にとって、自分の片割れのような陽人が自分の一番近くに居ることは当然のことだったからだ。

 夢の中で様々な話をする中で、ある日、陽人がこんなことを言い出した。

『月彦、そろそろお別れみたいだ』

「受け入れられなかったのは、俺の方だった。あいつは自分の状態を誰よりわかってた。最後の思い出作りのつもりだったらしい。

受け入れられなかった俺は、陽人に言ったんだ。

身体が死んでしまうなら、俺の身体に一緒に入ればいいだろ、って」

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