【童話】黒白パンダと黒うさぎバロン そして犬山部長の屋上での会話

菊池昭仁

黒白パンダと黒うさぎバロン そして犬山部長の屋上での会話

 「もうイヤだ。もう絶対に無理。俺は限界だ。

 会社にも家庭にも、そして人生にも疲れた」


 足も竦むような丸の内の23階のビルの屋上。強い風が吹いていた。

 犬山部長は靴を脱ぎ、きちんと靴を揃え、屋上の縁に立とうとしている。


 「失礼ですが、これからどちらへ?」


 犬山部長が振り返ると、そこには黒いシルクハットから耳がピンとはみ出た黒いうさぎとパンダがいた。

 パンダといっても普通のパンダではない。黒と白が逆になった「黒白パンダ」だった。


 「何だアンタらは? ゆるきゃらの全国大会の帰りか?」

 「いえいえ、わたくしたちは「ひこにゃん」や「くまモン」、ちょっと地味なところで言えば福島県のゆるきゃら「キビタン」とかの着ぐるみではありません。

 ましてやあの「ふなっしー」のような「梨ぷしゅー」の妖精さんでもありません。

 これが本当の姿なのです。オリジナルです。

 驚かれるのも無理はないと思いますが、私たちが同類と異なる点はふたつ。二足歩行と言葉がしゃべれることなのです。

 申し遅れました、わたくしバロンと申します」


 黒うさぎは名刺を差し出した。


 「バロン? アンタ、男爵なのか?」

 「昔の話です。亡くなった祖父が貴族でしたので。

 そんな話はどうでもよろしい。ところであなたはどちらへ行こうとされているのですか?」

 「この状況から見ればわかるだろう? 靴を脱いでこの23階のビルの屋上から、北海道にタラバガニを食いに行くように見えるか?」

 「少なくとも博多屋台で豚骨ラーメンを食べに行くとは思えませんな?」

 「もう放っといてくれ。俺はもう疲れたんだ」

 「ではこれをどうぞ」


 バロンは燕尾服の内側ポケットから茶色の小瓶を取り出して犬山部長に渡した。


 「なんだこれは?」

 「ユンケル皇帝液です。お疲れだと申されたので」

 「お前、吉本の芸人さんかなんかか?」


 すると白と黒ではなく、黒と白のパンダが言った。


 「いいかげんにしねえと俺のパンダパンチをおみまいすることになるぜ。

 せっかく男爵様がユンケルをくれるって言ってるのになんだよその態度、さっきから黙って聞いてるといい気になりやがって。せっかくの笹蒲鉾が不味くならあ。ムシャムシャ」


 黒白パンダは仙台名物、鐘崎の『大漁旗』を食べていた。


 「アンタたちには関係のないことだ」


 犬山部長は一歩前に踏み出した。


 「まあまあ、そんなに急がなくてもいいではありませんか?

 いかがです? このキャロトジュースでも一杯?」

 「俺はニンジンは子供の頃からキライなの!」

 「信じられませんなあ! この色艶と甘み、そしてこの大地の香りが嫌いだなんて!

 あなたは人生をかなり損していますよ」

 「俺のこの笹蒲鉾はどうだ? 世田谷食品の青汁よりも旨いぜ」

 「俺はこの世に必要のない人間なの! もう絶望しちゃっの!

 部下はバカなポンコツばっかり、役員たちはロクデナシで社長はゲス。

 女房はパート先のバイトの大学生と不倫して、大学生の娘は口もきいてくれない。

 いっしょに酒を飲む友達も、セフレもいない。

 そんな俺が生きる意味なんてもうどこにもないんだよ!」

 「そりゃそうだ。意味がない。ではどうぞ、どうぞ」


 そう黒白パンダが言った。


 「でもね? 確かにお辛いのはわかりますよ。でもそうなったのは誰のせいなんでしょうか?」

 「俺のせいだとでも言うのか!」

 「ピンポーン! その通りです。誰も悪くはありません。

 あなたが何もしなかった、あるいはそのやり方を誤っただけなのです。

 無知な部下には懇切丁寧に仕事を教えて差し上げればよい、欲張りな役員さんには良いところを探せばいい。

 悪いところばかり見るから嫌になるのです。

 奥さんの浮気は旦那さんであるあなたに不満があるからではないですか?

 あなたは奥さんに「ありがとう」を言って、感謝しましたか? 何をしても当たり前だと思ってはいませんでしたか?

 ご飯を作ってもらったり、ワイシャツにアイロンをかけてもらったり、お弁当を作ってもらっても感謝しない。

 「ありがとう」を言わない。

 奥さんは家政婦さんではありません。やってもらって当たり前ではないのです。

 娘さんがあなたと距離を置くようになったのは、中学生の頃、悩みがあっても話し相手にもなってあげませんでしたよね?

 友人がいないのはあなたが友だちになろうと話かけなかったからです。

 エッチに付き合ってもらえないのはあなたに男性としての魅力が足りないからです。

 敢えて申し上げれば、すべてご自分で招いた結果ではありませんか?」


 黒白パンダも笹蒲鉾をムシャムシャと食べながら言った。


 「お前、自殺すると無間地獄に落ちることになるぞ。

 永遠に終わらない地獄がな? おー、コワっ。

 地獄ってな、冷たくて暗くて臭いんだぞー。そこで独りぼっちにされるんだ。

 おー、やだやだ、思い出しただけでもパンダ肌が立つぜ。モワッツ

 そもそも考えてもみろよ、お前がここから飛び降りたとするわな? 下に人がいたらどうすんだよ? そいつも巻き込まれて死んじゃうんだぞ、何の罪もないのに。

 凄くいい人かもしれないんだぞ?

 そしてザクロみたいに割れたお前の頭から脳みそが見えて、血が噴き出ているのを見た人たちは永遠に焼肉が食えなくなっちゃうんだ。

 おまけにこのビルの不動産価格は10%は下落する。

 オーナーからすると飛んだ迷惑な話だ。

 おまけに女房子供だって一生自分を責めることになるかもしれない。

 「パパが死んだのは私のせいだ!」なんて後追い自殺でもされたらどうすんだよ。

 保険金だって支払いが遅くなって減額されちゃうかもしれないんだぞ。

 そしてそんなバッチーくてキモイ死体を誰が片付けんだ?

 いい迷惑だよまったく!」


 犬山部長には返す言葉がなかった。


 「でもね? わかりますよ、死にたいっていうあなたの気持ち。

 みんなそうなんです。あそこの花屋のお姉さんも、マックのバイトちゃんも、あそこでセメント袋を担いでいるおじさんも、そしてあの背広を着たエリート銀行マンもみんな「死んだ方がマシだ」って考えて生きているかも知れない。

 だってその方がラクだから。

 でも殆どの人たちはすぐにその考えを打ち消します。

 そしてまた同じように何事もなかったかのように振る舞い、生活をしているのです。

 ではなぜ、人間は生きるのでしょうか? 辛くて苦しいことばかりなのに」

 「そんなの、俺にはわからねえよ・・・」

 「自分の魂を向上させるためです。様々な困難によって人の魂は磨かれるのです。ピカチュウよりもピカピカにです。では何のために磨く必要があるのでしょう?」

 「何のためにだよ?」

 「いつかこの世が、そんな心優しい人たちでいっぱいになり、争いや不平等がなくなり、この世を天国にするためです。

 みんながしあわせに暮らせる社会を築くためには私たちそれぞれが成長し、進化、向上してそれを後世にバトンタッチしていくのが生きる意味なのです」

 「そうだよ、バロン様の言う通りなんだよ。まあ、アンタもこっちに来てレッドブルでも飲めよ、ほら」


 黒白パンダも黒うさぎのバロンも消えたが、床にはレッドブルが置かれてあった。



      翼を授ける~う


 

 いつの間にか西の空には「宵の明星」が輝いていた。

 犬山部長は靴を履いて非常階段を降りて行った。




            『黒白パンダと黒うさぎのバロン そして犬山部長の屋上での会話』おしまい 


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【童話】黒白パンダと黒うさぎバロン そして犬山部長の屋上での会話 菊池昭仁 @landfall0810

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