菊原慶介の人生⑳

「菊原さん?」


菊原の顔はどこか爽やかだった。


菊原は微笑むとその場で頭を下げる。


「名取さん、犬飼さん先程ニュースを見て飛び出しました。本当に助けていただきありがとうございました」


「菊原さんよかったですね」


「はい、本当に皆さんのおかげです」


名取は顔から鼻血を出しながら、ソファに座り、ティッシュで鼻を拭いた。


「そうだ、今日あんたの所に行くところだったんだ予定が省けたよ、あんたの名前が決まったぞ」


「えっ?」


名取が指をぱちんと鳴らすと、猫山がクリアファイルを取り出し菊原に渡した。


その中には新しい名前と通帳、免許証などが入っていた。


「こちらが新しい名前になります。またこれから先、菊原慶介という名前は一切使用することができませんのでご了承ください」


「すえなが……らいと?」


「あぁ、それがあんたの新しい名だ、末永頼人……末永く頼られる人って意味だ。大事に使えよ」


末永はしばらく中身を見つめると、ギュッと握りしめ、涙を流した。


「そうですか……本当にありがとうございます」


「それと……そろそろ精算の時間だな」


「えっ?」


名取が時間を確認しながら清算と口にした。


精算は終わったんじゃ……


「慶介さん!」


外から末永を呼ぶ声がする。


末永は声を聞いて涙をボロボロと流しながら外に慌てて飛び出した。


本人にはすぐにわかったのだろう。


美晴も末永の後を追いかける。


「由香……、雄介……それにみんな」


そこには末永の妻の由香と息子の雄介の姿、そして、広告会社の社員が申し訳なさそうに立っていた。


「菊原さん、僕達が間違ってました! やっぱり課長は菊原さんじゃないと!」


「そうです、戻ってきてください!」


「みんな……ありがとう」


由香は末永に急いで駆け寄り、優しく抱き寄せた。


「ごめんなさい慶介さん、私……怖くて」


か細い体を末永はギュッと抱きしめ、涙をこらえる。


「由香、誰だってそうだよ。心配かけてすまなかったな」


「父さん! また一緒に暮らそう!」


「あぁ! もちろんだ!」


美晴はやりとりを見て、


感動したのか目に涙をため、


安堵の表情を浮かべた。


「なにお前が感傷に浸ってるんだ」


事務所から出てきた名取が美晴に話しかける。


「い、いえ……グスッ、名取さんって意外と優しいんですね」


「あぁ? んなわけあるか、あれはあいつの人柄だ。名前を変えようが何しようが、あいつはあいつなんだよ」


そう言って、名取は事務所に戻っていった。


太陽がもうじき頂点に達する。


まるで新しい門出を祝うかのように、


皆に平等に大粒の涙を流させながら―――

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名義販売人の名取さん! Mr.Six @0710nari

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