菊原慶介の人生⑧
菊原慶介の家は一戸建てで、見たところ庭もそれなり手入れされているようだ。
しかし、家からは生気を感じない。
無理もない。
SNSで散々な誹謗中傷に遭い、
仕事も家庭も失ったのだから。
しばらくするとインターホン越しにガサガサと音が聞こえ、
そして、
ゆっくりと玄関の扉が開いた。
「どちら様……あっ! 犬飼さん!」
玄関から顔を覗かせる菊原慶介を見て美晴は騒然とした。
昨日会ったばかりなのに顔が凄くやつれているのだ。
人間極度のストレスを感じると1日で異常が起こると聞いたことがあるが、
まさに今目の前でそういう状況を目にしたのだ。
白髪が増え、無精髭を生やし、
体は痩せ細っている。
おそらく食事が喉を通らないのだろうが、
改めてSNSの恐怖を美晴は肌で感じた。
「大丈夫ですか? 菊原さん」
「えぇ……はい、なんとか」
菊原はチラッと目を名取に視線をうつした。
「その方が、名義販売所の?」
「はい、この方が菊原さんの名義を……」
美晴が説明をしようとすると、グイっと前に名取が出た。
「どうも~、名取名義販売所の代表取締役の名取です~、あなたが菊原慶介?」
名取の口調は飄々とした口調に変わっていた。
私と話すときは荒々しい口調だったのに……
美晴は不満げな表情をしたが、
すぐに気を取り直す。
「とりあえず……中へ」
菊原は2人を中にあげて、お茶を出す準備を始めた。
特に部屋の中は変わった様子はない、
すさんだ生活をしているわけではないが、
窓には目張りし、
外との接触を拒んでいる。
ふと目線を固定電話に向けた。
ケーブルが抜かれているようだ。
「あの、電話の線が……」
「あぁ、毎日鳴りっぱなしなんです、電話番号も特定されたみたいで」
お茶の準備をした菊原は机にお茶の入ったコップを置きながら説明した。
「そうですか……」
美晴はかける言葉が見つからず、
ただ一言だけを呟くしかできなかった。
しかし、名取は空気を切り裂くかのように、
足を机の上にドカッと乗せた。
「とりあえず、商談の話をしていいか?」
名取はニヤニヤしながら資料を美晴に渡した―――
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